2. シスコン
ソフィアはローズベルグ辺境伯の娘だ。
れっきとした貴族であり、幼い頃から礼儀作法や乗馬、貴族として恥ずかしくないほどの知識と教養を叩き込まれている。
そもそも、基本的に貴族は喜怒哀楽などの感情を表に出さないが、それ以上に普段のソフィアは周囲からクールビューティーとして称されることもあり、感情を周りの者に読ませることはない。
のだが…。
「お兄様ぁ…」
そのソフィアが普段のクールを投げ捨て、ソファに突っ伏した。
「どうしたんだい、僕のソフィ」
そんなソフィアを見ながら、ギャレット・ローズベルグは甘い笑みを浮かべ、ソフィアの横に腰を下ろした。
「4回目です」
なにが、とは言わない。どうせ情報通の兄は知っているだろう。
「あぁ…ソフィ。そんな顔をしないで。僕としては、こんなに愛らしい妹を、あんな平凡な男に嫁がせずに済んで良かったと思っているよ」
と、華やかな笑顔を見せて、兄、ギャレットはソフィアを慰めるように、そっと頭を撫でた。
…ん?
「…あの、お兄様?」
なんという言葉なのか。
身も蓋もないではないかと、ソフィアは顔を引きつらせてソファから身を起こした。涙が一瞬で蒸発しそうだ。
「一応、わたくし、悲しんでいるのですけれど」
「なぜだい?」
「何故って」
絶句するソフィアに、ギャレットは心底不思議そうに首を傾げた。この兄、ソフィアにとっては血の繋がらない兄になるのだが、金髪碧眼の超美貌、恵まれた長身にしなやかな体躯で、王都の貴族令嬢の間では大人気である。
その甘いマスクで目を細めて微笑めば、周囲の令嬢は瞬く間にバタバタと倒れるだろう。
が。
「世界一かわいい私の妹の嫁ぐ相手だよ。あんな男、私は一瞬たりとも認めたことはない。父上にも常々そう申し上げていたのだが、何を考えていらっしゃるのか」
「…そ、そうでしょうか」
「ソフィ、君ももっと主張すべきだよ。もちろん、貴族令嬢は父親の決めた相手に嫁ぐものだけれど、君は私の最愛の妹、私の命、すべてなのだからね」
重っ!!
思わずソフィアは体を仰け反らせた。
この重い愛を告げて憚らない兄、ギャレットは、重度のシスコンである。
巷では王子を凌ぐほどの人気を誇る美貌と、辺境伯の持つ強大な軍隊を率いることのできるほどの優秀な頭脳を持ちながら、妹への愛を前に、自身の結婚はおろか婚約すら断り続けているのだ。
妹への愛情と自身の結婚は別物だと思うのだが、妹に注ぐ愛情が全てで、他の女性に注ぐものを持ち合わせていない、と。
その言葉をはじめて聞いた時、ソフィアは全力でこれはマズイと思った。
ソフィアとギャレットは血の繋がらない兄妹だ。同腹の兄妹ならいざ知らず、法的にギリギリ頑張れば、そう、2人は結婚できるのだ。
だが、ソフィアのギクリとした顔を見て、ギャレットはおやおやと眉を上げ、そして笑って言った。
「ソフィ、安心して。僕は妻はいないけれど、恋人には不自由していないから」
「え」
本気で心配していたことがバレバレだったのだろうかと、少し心配になったソフィアに、ギャレットは安心させるように笑みを深めた。
「君は僕にとって不可触の女神だよ」
だから安心して、と。
意味深に笑う兄に、とりあえず安心してソフィは頷いたのだった。
兄は妹への愛が半端ないけれど、それはそうとして、華やかな恋人遍歴の持ち主であり、スマートに夜の駆け引きを楽しんでいるのだと知ったのは、それから少し後のことだった。
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「わ、私は普通で良いのです。普通の結婚をして、普通の家庭を築きたいのです」
特別なものは何も望みません!と慌てて声を上げるソフィアに、ギャレットは愛しげな笑みを浮かべた。
「ソフィアは本当に無欲なんだね」
い、いや、お兄様、別に私は清廉潔白な人間でも何でもなくて。
「ただ、普通に婚約していたいのですけれど…」
呟く声は兄の笑顔に叶わなかった。




