17. 衝撃
足を踏み入れた客間はエントランス同様、趣味の良い調度品で整えられ、男爵の人柄が窺われた。
まずは杖を出して防音の魔術を施すと、部屋中が一瞬だけ真っ青に色付いて、そして消える。これで外の音は聞こえても、中の音は漏れない。
「ソフィア様、こちらへどうぞ」
アメリアに促された席は、薔薇の咲き誇る庭が見える場所だった。
「失礼します」
本当は部屋の端で良いのだが、既に人数分のお茶は用意されているし、護衛騎士は扉の前で待機している。今更ソフィアが並ぶのも変だ。
でも、それにしても良いのだろうか?
目の前にはアメリアと並んで座る皇太子に、やや離れてユリウス。
どういう配置?ちょっと自分の立ち位置が分からないんだけど…。
遠慮がちにお茶に口をつけるソフィアの前で、皇太子が寛いだ様子でアメリアに語りかけた。
「アメリア、ソフィアは大丈夫、信頼できる女性だから同行をお願いした。だから君もいつも通りにして」
甘い言葉にソフィアは頭を抱えそうになる。
完全に空気と思われてる?私?
まぁそれはいいとして。どうしよう、いつの間に私は皇太子にとって信頼できる人間になってしまったのか。
「トレバー、ソフィア様がお困りになっているわ。あのね、わがままは相手を見て程々にしなさいね」
ピシャリと。
アメリアの態度が男前だ。
これ、どういう関係?既に熟年夫婦っぽいんだけど。
混乱するソフィアの前で、トレバーがだらしなく眉を下げた。
「あぁ、君の声で怒られるなんて幸せだ」
変態?!
変態なの、これ?!
もはや無表情を貫くのが難しいのだが、そこは何とか踏ん張る。
「周囲に誤解を招くような態度はやめなさいって何度言ったら…」
呆れたようにため息をついて、アメリアは頭を抱え込んだ。
「君の希望通り、同席して貰う女性も連れてきたでしょう。これで不埒な関係だと思われない」
ね?と、皇太子はニコニコと笑う。
「違うの。ね、トレバー、分かって。世間から見て、あなたは皇太子で、私は男爵令嬢。身分違いの恋人って思われて、私困るって、何度も言っているでしょう」
え?!
ど、どういうこと?!
「だから、僕も何度も言っているでしょう。君が嫁ぎたい相手がいたら、ちゃんと祝福すると。寂しいけれど、それが君の望みなんでしょう」
「このままじゃ、そんな相手がいても結婚できやしないわ」
「だったら僕の妻に」
「嫌。今世では別の人と結婚したいって、私、言ったわよね?!」
「はぁ」
「はぁ、じゃない!だいたい皇太子妃なんて一朝一夕になれる訳ないでしょ、あんたナメてんの?」
「僕が皇太子だから、嫌なの?」
「違うわ。それだけじゃないの。確かに前世では共に生涯を分かち合う約束をしたわよ。だけど、前世は前世。私は今世で前世の延長をやる気はないの」
えーと?
えーと??
息するの忘れてました。
この2人、本気?なにかのお芝居?
目を瞬かせて持ち上げたままだったカップをソーサーに置くと、それを見計らったかのように、ユリウスが身を傾けてソフィアの耳に囁いた。
「驚いた?」
低い声が響いてくすぐったい。
「これは、どういう?」
「簡単に言うとね、2人には前世の記憶があって、そして夫婦だったらしい」
「……」
うーん。
うーん。
「信じられないのは分かる。証拠もない。けれど、2人には真実なんだ。トレバーが留学していた時に2人が再会して、以来こうして時々会っているけれど、それだけ。アメリアはあんな感じだしね」
視線の先で、やれやれと零しながらお茶を飲むアメリア。彼女は愛人ではなく、前世での元妻?
大方の予想を遥か斜め上に振り切っていくなぁ。
「どうやら仲の良い夫婦だったらしいけれど、…妻は生まれ変わったら別の人と結婚したかったらしいよ」
と、ユリウスはクスッと声を潜めて笑う。
返事に困ったソフィアは曖昧に相槌を打って返すのみ。
「私はトレバーの気持ちに近いけれど、ソフィアはどう思う?」
「私ですか?」
顔を上げると、ユリウスと目が合った。
「以前は政略結婚を当然のものとして受け入れていたというのに、自分でもおかしくなるけどね」
そう言って苦笑する。
「ルクレールの男は一途だよ。父上は母上に千通の恋文を送って口説いたしね。それに比べ、私は淡白な方だと思っていたけれど、やはり違ったね。私もきっと、その血を受け継いでいる」
千通のラブレター!?
一体、何年越しの恋だったのかしら。
うーん、イケメンに限る執着だ。
「1人の女性を愛して、生涯離れず尽くすよ。トレバーはアメリアが望めば他の男に嫁がせると言うけれど、私には…きっと出来そうにないな」
最後はまるで困ったような笑みを浮かべて。
ユリウスは静かに身を引いた。
うん。
頭が色々飽和状態です。




