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16. 羞恥


恥ずかしすぎる。

ガタガタ揺れる馬車の中。

隣にユリウスと。正面に、なんと皇太子と。

ソフィアはひたすら馬車の外を見ながら無表情に徹していた。

私は護衛。護衛!護衛の任務に集中しよう。




「お菓子でもど〜う?」

そんなソフィアの内心などお構いなしとクッキーを差し出す皇太子に、内心、うっ!と声を詰まらせた。

「お気遣いありがとうございます。ですが任務中ですのでご遠慮申し上げます」

「いいのに、ユリウスもいるんだから、リラックスして。ね?今は私の休養時間なのだから」

秀麗な顔に浮かぶ彼の笑みが、微妙に儀礼上の笑みを逸脱している気がするのは気のせいではない、きっと。




あれよあれよという間にユリウスに抱っこされたまま登場したソフィアを見るなり、皇太子はクククッと口の端を上げて静かに大爆笑していた。器用な。

それだけではない。

ハッと気付いた時には遅かった。護衛騎士や果ては自国の宰相にまで見られてしまったのだ。

恥ずかしさのあまり、逃げるように案内された馬車に乗り込んでしまった。そして気付けば、なんと皇太子の馬車だったという訳だ。私、迂闊すぎる。




無表情下で猛烈に凹んでいるソフィアを面白そうに眺めながら、皇太子は自らも外に目をやった。

「久しぶりだ。アメリアのもとに何度も通った、この道には思い出がたくさんあってね」

感慨深そうに皇太子が言った。

アメリアとは、つまり彼の想い人なのだろう。

「そうですか」

無視する訳にはいかず、相槌を打ってみるが。

「君は、少しだけ、アメリアに似ている」

突然の爆弾にソフィアはまたしても声を詰まらせた。

「……ご、ご冗談を」

「さっきのこと、まだ気にしている?ユリウスに抱きかかえられて現れた君は可愛らしかったよ。顔を真っ赤にして、伏せ気味な目は」

「トレバー」

手元の書類に目を落としていたユリウスが、さっと皇太子の言葉を遮った。そのユリウスを横目に見て、ちょっと肩をすくめる。

「やれやれ。君の失態だというのに。あんな可愛らしい顔、ほかの男に見せてしまって。その上、今の彼女の様子だ。ご覧」

と、ソフィアに目を流す。




え!?

ご覧って、私なにか変?

「あの…?」

「恥ずかしさを隠そうとして隠し切れず耳まで赤い。もう可愛いを通り越して食べ」

「トレバー!」

またして言葉を遮り、ユリウスが声を上げた。

「いい加減にしろ」

剣呑な光をやどす瞳、心底不機嫌そうなユリウスに、トレバーは今度こそ両手を挙げて降参の姿勢を見せた。

「今度から気をつけろという友人からの忠告だよ、ユリウス」

そしてため息を1つ、零した。




*************




やがて到着した男爵家のエントランス。

男爵家とはいえ、こざっぱりとして趣味のいい館だ。

出迎えに出た執事の後ろに、ひときわ美しい女性が一人見えた。

あぁ、彼女だ。

「アメリア、会いにきたよ」

「殿下、お待ち申し上げておりました」

ルビーのような真紅の美しい髪、ピンクの瞳、柔らかそうな頬。その全てを愛おしむように、皇太子の瞳が和らいでいく。

まぁ、久しぶりの逢瀬なわけだし、席でも外せたら外したいけど…

そう思っていた矢先。

「殿下、お付きの方々もいらっしゃいますし、客間にお茶を用意させていますので」

さらっと皇太子の抱擁を流す男爵令嬢の言葉に、ソフィアは固まった。

えっ?なんだか、冷たくない?

あくまで礼儀を逸脱しないレベルでニコニコ笑ってるけど。

それに、流れも微妙な気がするんだけど?

だが周りを見ても、ユリウスも護衛騎士も顔色1つ変えていない。




修羅場かなぁ、痴情のもつれとか苦手だし、勘弁して欲しいかも。

内心で盛大に距離をおきながら、ひとまず館全体に結界を張った。

「殿下、私は扉の前に控えております」

護衛騎士は部屋の中にいるのだから、私は外で待機しても良いだろう。

そう思って声をかけると、アメリアがソフィアを振り返って礼を取る。

「はじめてお目にかかります。ドルッセン男爵の娘、アメリアでございます」

ソフィアの佇まいを見て、貴族の令嬢だと悟ったのだろうか。丁寧な礼を取るアメリアに、ソフィアも優雅に礼を返した。

「ソフィア・ローズベルグです。はじめまして」

「遠目からではございますが、存じ上げておりました。今後どうぞお見知り置きくださいませ」

愛らしい仕草で少し恥ずかしそうに笑みを浮かべるアメリアは本当に可愛い。

ソフィアもつられて顔をほころばせた。

「今は殿下の護衛の任にあります。そのような礼は不要にございます。頭を上げてくださいませ」

ソフィアの言葉に、アメリアも頷いて礼を解いた。

「ご配慮ありがとう存じます」




そこまで見ていた皇太子が、口を開いた。

「ソフィア、しばらく客間に防音の魔術をお願いできないかな」

「畏まりました」

防音の魔術は警備上あまり推奨されないが、今はユリウスに護衛騎士もいる。問題ないだろう。

「それから君も、部屋に入って貰えないかい?」

「え?」

「アメリアが女性一人だけの状況は良くないと言ってね。そのために今日君に来てもらったんだよ」

「…」

いまさら??

いまさら、世間体がどうとか気にする必要ある?

盛大に疑問符が並ぶソフィアに、今度はアメリアがお願いする。

「ソフィア様、初対面でこのようなお願いは不躾かと存じます。が、何卒、殿下の仰る通り、ご同席をお願いできませんか?」




逃げたい。

逃げたいけど、味方はいないようだ。残る2人を見ても、反対の意を唱える様子はない。

戸惑うソフィアに、隣に並んでいたユリウスがそっと身をかがめて耳元に口を寄せた。

「ソフィア、他国の人間の君に命令はできないけど。大丈夫、私が必ず守るよ。そばにいてくれないか?」

「……っ!」

なんだか色々恥ずかしい台詞だ。勘違いするわけじゃないけれど、もう顔を上げられそうにない。

俯いたままのソフィアに、ユリウスが問いかける。

「ソフィア」

返事を促され、小さく頷いた。

「ありがとう」

ホッとしたようなユリウスの気配を感じて、耳まで赤くなる。

私、どうしちゃったんだろう。

この人達、色々と凄すぎる…。




真っ赤になって俯くソフィアを見て、瞳を和らげる者、面白がる者、無表情の者、それから若干羨ましそうにため息をつく者。

それぞれの思惑に気付く余裕はソフィアにはなかった。




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