14. 過去(ユリウス視点)
私の名はユリウス・ルクレール。公爵家の三男で跡取りだ。レイバーン皇国皇太子の友人にして側近。
そして今、私は彼の部屋で酔ってもいない皇太子に絡まれている。
この男、外面だけはすこぶる良いのだが、本当の性格は色々と残念なところがある。
今回のユーフェリア国訪問も実はそんな彼のせいでもあるのだが…
今はそんなことはどうでも良い範疇に入る。
はぁ。知らず知らずのうちにため息が出た。
「ユリウス、君、最近面白いね」
くつくつと笑う男はレイバーン皇国の皇太子、トレバー・ユスティリウス・トラティヌス・レイバーン。長いのでトレバーと呼ぶ。
「面白い?私が?」
「うん、あの女の子の神官だよね、珍しくご執心だ。あぁ、咎めてるわけじゃないよ。君にしては明からさまで直情的だねって言ってるだけだよ」
やはり、そのことか。
「そうだな」
他に何と返答し得るのか、自分の行動は客観的に見て分かっているし、この男に建前は通用しない。というか面倒くさい。
トレバーとは学生時分からの悪友だ。今は仕える立場ではあるが、どこか互いに身分を超越しているような所がある。
「あちらの宰相はじめ神殿の神官たちからも抗議があったよ。ま、当然だよね、神聖なる神事の最中に魔力を乱したんだから」
その辺、自分でケリつけといてね、と。
自室のソファで軽く伸びをしてダラっと伸びきったトレバー。側仕えも護衛騎士も下げた今、この部屋には2人しかいない。大目にみるしかないな。
「分かっている。今夜にでも話をつけよう」
ワイングラスを傾けて、頭の中でどうケリをつけようか算段をつける。
「ん。で、話を元に戻すよ。あの女の子、どうする気?」
珍しく引きずるなと思った。
いつもならユリウスが話したくない素振りを見せるとサッと引くのに。
「どうもこうも。初対面なのに本気も何もない。それにこの手の話は苦手だ」
切るように言うと、トレバーはふぅんと薄く笑った。
「丁度いいじゃない、5回目が上手くいくように神に祈ってもらえば」
おい!
一番痛いところを突かれて咄嗟に言葉が出なかった。
私も公爵家の跡取り。
28歳にもなって独身でいるとは、正直考えていなかった気がする。
1度目の婚約者は公爵家から見て分家筋にあたる伯爵令嬢だった。ツンと澄ました顔に気位の高い女性だった。気は進まなかったものの、政略結婚とはこんなものかと淡々と受け入れた。
その矢先、女性が頓死したのだ。死因は心臓だろうと医者は言った。
私は、突然のことに涙も湧かず、ただ、粛々と1年間の喪に服した。
2度目の婚約者は皇族の遠縁にあたる姫だった。深層の姫君で特に話もはずまず、ただ大人しい女性だったので、互いに粛々と婚約を受け入れた。
はず、だった。のだが、ある日、身分違いの使用人と駆け落ち、途中の湖に転落して溺死。駆けつけた私はまたしても呆然とした。1度ならず2度までも。妻にと思った人が尋常ならざる死に方をしたことに言葉もなかった。
3度目の婚約者は私より年上の女性だった。軍属だったこともあり丈夫で気立てもよく、今までの中で一番親しみやすかった。いまいち情緒にかける所はあったが、私も人のことは言えない。互いに譲り合うべきだろうと思った。
そしてウェディングドレスの採寸に向かう道すがら、馬車が事故にあい死亡。どんなに鍛えていても防ぎようのない事故だった。
4度目はさすがに躊躇した。
これまでの経緯から私を敬遠する者や疑う者が出てきたのだ。私は当然、身の潔白を主張したが、噂は収まらず、私も当分婚約はよいと思っていた。
のだが。
お慕いしております、と。熱烈に私に婚約を迫ってきた令嬢がいた。
婚約に疲れていた私は気乗りしないものの、このまま跡取りが出来ないと困るという周囲の声に押され、婚約に至った。
本人は大層幸せそうだったし、私も何となくこのまま結婚までいくのかと漠然と思っていた。
私があまりにも淡白すぎるのかもしれない。自己弁護するわけではないが、政略結婚をするのだと幼少の頃から覚悟を決めていたのだ。結婚に夢を見ることはない。
そして、その時はきた。
ある日、皇国で大規模な汚職が摘発され、多くの貴族が廃嫡、お家取り潰しの憂き目にあった。そして私の4度目の婚約者の家は、その筆頭家だった。
思い出したくない過去の1つや2つ、あって当然だと思うが、私のそれは現在進行形で私の心を重くしていた。
「私は死神らしいからな」
いつからか、そう呼ばれていた。
自らの潔白は分かっているが、自分はとんでもなく縁起の悪い男なのかもしれないという自覚もある。いつからか「黒い」だの「背負ってる」だの言われ、面倒になってきたのもある。何が黒いだ、我が公爵家のカラーは黒だ、悪いか。そう反発して、かえって黒い衣装のみを選んで着続けたのも追い討ちをかけた。
「救ってもらいなよ、あの『天使』に」
すっかり腐って寝転がったユリウスに、ポツリと一言。
「天使?」
身を起こすと、そこには真剣な目をしたトレバーがいた。
「君が目をつけた女の子のこと。彼女も婚約解消4回だって」
まさか。
ユリウスは息を飲んだ。




