13. 神楽舞
皇太子を迎えた晩、簡略的ながら歓迎の晩餐が催された。
今回は非公式ということもあり、参加するのは皇太子と側近、護衛騎士。こちらからは出迎えの代表である宰相、外務部をはじめとする関係各部署の官僚と護衛騎士、それから神殿から私たち3人だ。
公式の晩餐会に比べるとかなり小規模なのだが、皇太子は寛いだようにソファに身を委ね、目の前の真っ赤な食べ物に手を伸ばしている。
うわぁ、辛そう。
ソフィアは初めて知ったのだが、隣国の皇太子は極度の辛味好きらしい。
唐辛子なのか食材なのか分からないような料理を見て、となりに座る宰相も完全に引いている。うん、皇太子の味覚、終わってるな。
晩餐も半ばというところで、私たち3人舞う神楽の時間がやってきた。
国は違えど創造神や神話はおおむね変わらない。
神楽の趣旨は創造神を称えるとともに、神の加護を祈るというもので、レイバーン皇国でも神に捧げる神楽を舞うのは神殿の人間だし、宴の重要な催しの一つだ。
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「天と地と精霊の名を讃えん」
おきまりの口上を述べれば、あたりはシンと静まった。
神事の一つである神楽は、余興の舞ではない。
ミハエルがそっと笛を奏でると、サッと風が吹いていった。笛の音色と共にシルフの魔力が部屋中に広がる。どこか森のような匂いがした。
神楽とともに太古の時代に戻り、神を称える神聖さに身を置く。その基調となるのが雅楽の役目だ。シルフは風の精霊、場を支配するのに長けており、その役目を得意としていた。
「我は神に仕えし者、神の栄光を世に伝えん」
ミハエルの笛の音に乗って、ソフィアが扇子を持ち上げ、そっと跪いた。
サラマンダーの神楽用の衣装は透けるような青の生地を何枚も重ねた豪華なものだが、宝飾品はチョーカーのみ。シンプルな衣装をチョーカーを媒体とした魔力がキラキラと覆い、幾重にも反射して輝いた。
「神の聖澄満ちて、我ら地の土となり火となり」
ソフィアの動きとともにチョーカーの輝きが広がり、澄んだ青い魔力が陽炎のように揺らめいて舞台を満たした。
「水となり風となり、光たる創造主のもとに還らん」
ちなみにミハエルは白、ネルソンは赤を基調とした、ゆったりとした神官服だ。
ネルソンの持つ短剣がシュッと空気を切り裂いて、赤の衣装がひらめいた。見事な舞だ。ソフィアは横目で見ながら感嘆した。
剣舞が得意そうだとは思っていたが、体幹がしっかりしているのだろう、男性的な動きが多い剣の舞がブレることなく展開され、一振りごとにネルソンの魔力が舞台に広がっていく。
よし。完璧に近いんじゃない?
あとは、地上のすべての植物を愛でたという創造神サイラスへ捧げる花の枝に魔力を捧げ、終わりのはずだ。
あくまで優雅に花の枝を両手で押し抱き、天に差し伸ばした瞬間。
ソフィアの身体をグサッと一閃の視線が貫いた。
うっ!なんなの、この圧!
ソフィアは焦った。なんと神楽舞で3人の魔力で満ちた場で、それをものともせず、向けられる強い強い魔力が一閃。
思わず周囲がザワリとして、その発生源へと視線が集中した。
「誰だ?」
「皇太子の側近か?」
「神楽の最中に不謹慎な」
声が飛び交う中、微動だにしない人影が視界の端に見えた。ダークブロンドの整った容姿。
その翡翠の瞳がソフィアにじっと注がれていた。
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本気で怖いです…。
これって私に向けられてるよね?
舞が終わり、舞台で3人が跪く中、横目で2人を確認すると、やはり警戒するような顔をしている。気のせいじゃない。
「ソフィア」
静かに呼吸に乗せて、ミハエルが呼びかけた。
「大丈夫、今は部屋に戻ろう」
2人の間に誘導されるように舞台を降り、騒めく部屋を後にした。
「なんだ、あの男。非常識な」
声を低く曇らせ、ネルソンが衣装のマントをバサッと脱いだ。
なんとか持ち堪えたものの、彼からの一閃の魔力は明らかにルール違反だったからだ。
「こちらから宰相を通して抗議するけど。正直に言って僕はソフィアが反撃するんじゃないかとヒヤッとしたよ」
本当にホッとした顔でミハエルが言った。
うっ。
ソフィアは声を詰まらせた。
「攻撃に対して即座に抗戦するのはサラマンダーの性なんだろう?理性が本能を抑えたってことだよね、大勝利だよ、ソフィア」
「……ミハエル」
私って本当、何だと思われているんだろう…。
でも確かに反応しそうになって危なかったけど。
ん?
やっぱりミハエルの嫌な予感は外れてない?そんなまさか。ソフィアは愕然とした。
これらは全てソフィアの無表情の下での思考で、周りからは何をもって沈黙しているのか窺い知れないのだが。
「あっちも非常識ならこっちも非常識だな。犬か、お前は」
脊髄反射で攻撃するなと。
「ひ、ひどっ」
「黙っていたのは、ミハエルの言った通りだったからだろう。無表情だからって何も読めない訳じゃないんだぞ」
「なっ!」
図星だけど、図星だけどっ!!
「お前の無表情は3日見てれば大体分かるんだよ」
「ちょっと!酷い!」
ばーかと言いながらソフィアの両方の頬を引っ張るネルソン。今度はその酷い顔に大笑いしている。
「あーあ。ずいぶんとネルソンに気に入られたね、ソフィア」
ミハエルの声は2人に届きそうになかった。




