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閑話 シルフ視点 2



皇太子を迎える建物を事前警戒中に、僕たちは一枚の大きな扉に突き当たった。恐らく戦争中は敵からの攻撃を防ぐために活躍したのであろう、鉄製の分厚い扉。

だが今は平和な世の中で、今回の警備上の動線を著しく塞ぐ、無用の長物である。

さて、これをどうするか。外すか?警備計画を変えるか?どちらにせよ、時間もかかるし非効率だ。

考えあぐねるミハエルとネルソンを見て、ソフィアはあっさり言った。



「燃やしちゃう?」

まさか。

今、とんでもない発言が聞こえた気がする。

「ソフィア、燃やすって君は簡単に言うけれど、こんなものを一体…」

「鉄は燃えるわ」

うん、そうだろうね。でも、一体どれだけ灼熱の炎を出すつもりなの、ソフィア。

サラマンダーって一体どういう思考回路になっているんだろう。

この3人で合流して何度目かの、気が遠くなるというか思考を放棄したくなるというか。

思わず頭を抱え込んだミハエルを見て、いとも簡単なことかのように、ソフィアは言った。

「だから言ったでしょう、サラマンダーの炎は真には冷たいの。灼熱地獄にはならないから大丈夫」



ダメだ、さっぱり想像できない…。

「…で、溶けた鉄はどうするつもり?」

壊すとか外すじゃなくて、なぜ第一選択肢が「燃やす」なんだと言いたい。だが、恐らくソフィアに言っても無駄な気がして、とりあえず現実的な線を攻めることにした。

「え?溶けた鉄?後には残らないもの、何も」

当然でしょうと言うソフィアに、僕は今度こそ本当に二の句が告げなかった。





************




「胡散臭いが、仕方ない。いいんじゃないか、攻撃バカがいるんだ、今使わずにいつ使う」

横で黙って聞いていたネルソンが、とうとう思考を放棄したらしい。いいじゃないか、使えるもんは使えよときた。

「失礼ね!攻撃バカって何よ。ちゃんと対象と方法は弁えています」

ブツブツとこぼしながら、ソフィアは安全圏を確保するや否や、青白い炎を杖に纏わせた。

それを見た瞬間。

息詰まるような嫌な予感がして、冷や汗が背をつたった。




それは全く熱を感じない、蜃気楼のような炎だった。

完全な無音の中で炎を操るソフィアの姿は、ある意味神秘的、だが少しでも魔力のある者から見れば絶対的恐怖だろうと思う。


全くの無表情のまま、ソフィアが軽く杖を振る。


と。

パッと一閃ひらめいて、一気に炎が扉へ襲いかかった。


すぐさま分厚い鉄の扉に大きな穿孔が空いて、炎は一気に激しく燃え盛る。




「これは…はじめて見たが、噂以上だな」

ネルソンが呟いた。

彼もはじめて見るサラマンダーの炎に圧倒されているのは間違いなかった。若干、その表情が苦々しげだ。

「そうだね」

僕は相槌を打つことしかできなかった。

何たる威力。何と圧倒的な力。

味方とはいえ背筋が凍った。

もちろんシルフにも秘技とよばれる魔術もある。我々がサラマンダーに劣るとは思わない。

だが…

『今までの経験なぞ子供の遊びよ』と言った上司の言葉を思い出して、ひそかに眉をひそめた。




「威力は分かったが、やはり、手に負えるのか?この炎は」

苦々しげだったネルソンの顔に、若干の焦りが見える。

一閃をうけて、建物全体に張った結界がチリチリと音を立て始めたのだ。

「なんなんだ、あの女。なにが『弁えています』だ!」

このままではマズイと踏んだのだろう、ネルソンが忌々しそうに舌打ちをすると、自身の杖に魔力を沿わせていった。

「ネルソン、手伝おうか」

3人で張ったばかりの結界を強化するのだろうと声をかけたが、ネルソンは首を横に振って不要だと言う。




「ここだけ魔力が馬鹿みたいに強すぎるんだ。この場所限定で結界を張る」

言うなり、ドドドドドドドドと地鳴りがした。

飲み込まれるような猛烈なパワーを地下に感じて、肌がビリビリする。

これは…ネルソンの力か。

初めて感じるウンディーネの津波のような魔力の勢いに、知らず知らず息を詰める。

「あのバカ、弁えてるって言ったよな!」

気配だけで物質を焼失すると言われる最強の炎だ。抑えようにも抑えられない、それでも力ずくで封じ込めようと、腹立ち紛れに叫ぶネルソンに、ミハエルは溜息をついた。

「対象と方法を弁えるって言ってたよね。つまり、程度は含まれてない」

「なんだと、あのバカ!!こっちの身にもなれ!」

だが、そういう端から、ネルソンはサラマンダーの炎を覆うように結界を張り巡らせていく。

たった1人で。




なんなんだろう、この2人は。

1人は最凶といわれるサラマンダーの炎の遣い手、もう1人はその炎を封じ込める結界を張る者。

今まで出会った神官たちと2人は全くの別格だった。

それぞれが得意とする力技で突破しようとしてくる。



考えてみれば、アレクサンドリアがミハエルに同胞たちの真の姿を見てこいと送り出したのだ。

普通の神官であるはずがなかった。




僕は知らず知らずのうちに、顔を綻ばせていたらしい。

「何だ?」

不審な顔で言うネルソンに、何でもないと返すと、

「ミハエルもサラマンダーの炎、好きになってくれたの?」

ソフィアが任務を終えましたとばかりに、ニコニコ顔でやってきた。




それにしても。

誰だ、このソフィアにクールビューティーなんてあだ名を付けたのは。いや、確かに美しい。壮絶なまでに。その凶悪さに肝が冷えるという意味で。あぁ、それが本当の由来だったりして。




「そんな訳ないだろう」

「そ、そんな。サラマンダーの炎は絶対にして唯一の…」

「その遣い手の問題だ。燃やせばいいってもんじゃない」

「そんな!」

相変わらずウンディーネとサラマンダーが無為な争いを繰り広げている。



そんな光景を見ながら、なんとなく嬉しくなるような、楽しくなるような…

え、楽しい?

自分の感情にハッとする。

それは、神殿に入ってからずっと感じたことのない、あったかい気持ちで。

初めての気持ちに戸惑いを感じるミハエルだった。




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