10. 皇太子一団
翌日の朝。
隣国の皇太子一団を国境まで出迎えにいく準備で、ソフィア達は慌ただしくしていた。
ソフィア達は神殿の代表として歓迎の神楽を舞うことになっているが、外交には表立って顔を出す必要がないので後方支援が主たる仕事だ。
まずは皇太子を迎え入れる敷地内に結界を張り終えると、ソフィア達は護衛として警備要所に詰めなければならない。
直接攻撃は護衛騎士が対応するが、魔術による攻撃や広範囲に及ぶ異常事態には神官が対応するためだ。
ソフィアは普段より少し豪華な礼服に着替えた後、青く透明な魔力のベールを創り出し、それを全身に覆うように張り巡らせた。
これは攻撃に対して瞬時に魔法を発動させるためなのだが、キラキラと反射する光を纏ったソフィアは、周囲の注目を大いに集めていた。
ちなみに当のソフィアはまるで自分が電飾になったようで、実に落ち着かない。ピカピカに光るので周囲からの視線も半端ないし、任務に集中するあまり無表情になった自分がクールを通り越して氷のようだと一部から噂されているのも知っている。
「ソフィア、そろそろ時間だよ」
行ってらっしゃいと送り出してくれるミハエルに頷いて、ソフィアは来賓の間に足を踏み入れた。
中は豪華絢爛そのもの、だが表情には出さず、ソフィアは指定された一角にたどり着くと、場に馴染ませるように微量の魔力を部屋中に薄く広げていった。
警護に立つ神官がある程度目立つのは仕方ない。だが、目立ちすぎるのも要らぬ警戒を招く為、こういう目立つ所には女性神官が、外の要所には男性神官が配置されることが多い。
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「レイバーン皇国皇太子殿下のご入室」
侍従の声が響き、部屋に緊張が走った。
ソフィアも一瞬ドキンと心臓が鳴る。こういう大事な場面で、一人で要人の警護にあたるのは初めてだった。推薦してくれたレーゼンを信じ、身を覆う魔力に集中する。
やがてザワザワと衣摺れがし、数人の取り巻きの中、堂々たる佇まいの男性が入ってきた。年は恐らくソフィアと同じくらい。黒髪、深緑の目、背は高すぎず低すぎず、黒地に金の刺繍が美しい詰襟の軍服、シルバーのマント。
思ったより若いというのが正直な印象だったが、考えてみれば今回のような無茶をするのだから、そこそこ若いのは頷ける。
「殿下、ようこそユーフェリア国へ」
「よろしく頼む」
だが受け答えや身のこなしは皇太子、時期皇帝としての威厳に溢れていた。
警護対象を目の前にして、ソフィアは無表情の下で静かに緊張を強める。
異常な魔力の感知はないか、結界は揺れていないか、他の2名の神官から連絡はないか。
目の前で交わされる会話など全く耳に入らなかった。
だから。
気付くのが遅れたのかもしれない。
ふと。
強い視線を感じて、ソフィアは顔を上げた。
敵対するような視線じゃない、だが、じっと見つめるような視線。
誰だろう?
すると、周囲を探るソフィアの目が、ある一箇所で止まった。
皇太子の後ろに立つ、側近の1人だろうか。
ダークブロンドの髪に細身の長身、少し長めの前髪から覗く翡翠色の瞳。皇太子より刺繍はシンプルだが同じく上質な黒の詰襟にシルバーのマント。
少し翳りのある、超がつく美形。
なの、だが。
うわっ…
黒っ!てか、暗っ!?
そこだけ雰囲気が異様に黒い。
ソフィアは目を見開き、そして、その側近の男とバチっと目が合った。




