90話 「噂の新人冒険者 その8」
「僕も本気でいきます。ウインドネイル!」
トマ兄は魔法を唱えました。すると、4本の足から生えた爪が緑色に変化します。ちょっとリーチも伸びていますね。
この配色からしてもう間違いないでしょう。あれはトマトのヘタなのですよ。あの赤くなった体と緑色の爪から連想するもの……。
絶対にトマトです!!!!!
僕が変なことを考えていると、まるで突風が発生したかという速度でイブシじいじに突撃していました。狙いは頭の紙風船です。
「貰ったぁあああああ!」
「ふむ」
オーラが鞭のようにしなって伸び、バシンっとトマ兄の手を叩きました。トマ兄の狙いが少しずれ、イブシじいじは紙一重でその攻撃を避けます。そのまま鞭の先端にオーラが集まり、ハンマーのような形になります。トマ兄を潰そうと振りかぶられます。
トマ兄は咄嗟の判断で体を回転させてなんとか回避しました。しかし、ウインドネイルが砕け散ってしまいましたね。
「えぐぐぐぐぐぐぐ!(トマトのヘタがとれた!)」
「今何が起きたの?」
「お兄ちゃんが頑張って攻撃を避けたんだよ。イブシさんのカウンター狙いの攻撃は本当に恐ろしいの」
「俺、早すぎて全然わからなかったよ」
兄貴には見えなかったみたいです。よそ見でもしたのかな?
それと、いぶし銀の戦い方について教えてくれました。鉄壁の防御で相手の攻撃を防ぎつつ、冷静な判断でカウンターを決めるそうです。その戦闘スタイルがカッコいい! と人気らしいですよ。見た目が渋くていぶし銀って呼ばれてるのかと思ってたけど違いましたね。マト姉、解説ありがとう!
その後もトマ兄は足を止めません。またイブシじいじに突撃と見せかけ、攻撃をせずに背後に回り込みました。イブシじいじはどこにいったのか気付いてなさそうです。今度こそ攻撃が当たりそうな予感がします。
静かに正拳突きの構えをします。それにしても2足の人間だったり4足の獣になったりと戦いのスタイルが自由自在だね。こんなすごい動き見た事ないです。これがアニマルパワーですか。すごいね!
バシーーーン!
「うお、びっくりしたわい。あと少し遅れていたら危なかったのう」
「これも防ぐのか……」
トマ兄もイブシじいじもお互い驚いたような表情をしています。でも僕はイブシじいじの秘密を知っているので笑っちゃいます。あのオーラは、自分の意志とか関係なく自動で防いでいるのです。まるでワシが気付いて動かしたからギリギリで防げたみたいなことを言っていますね。
「きゃきゃきゃ!」←嘘で笑ってる
「うほーーー、すごい一撃だったね!」
「……ウー」
マト姉が小さな声で唸ります。それを聞き取ったトマ兄は、イブシじいじの死角からの攻撃をし始めました。イブシじいじもどこにいるのか分からなくて困惑していますよ。
これ密かにマト姉さんがメンタルチェックしてますね。これが本来の二人の戦い方なのでしょう。イブシじいじの弱点らしきところをどんどん攻めていきますよ。さっき名前を呼んだ時にこれを伝えたのかな? お互い通じ合っていなければ出来ない作戦ですね。
確かにこの二人の力が合わさると強いです。双子の相乗効果とでも言うべきでしょう。まあ相手がイブシじいじでなければですが。
僕はイブシじいじのスキルの秘密を何でも知っています。自動で防御しちゃうこと、オーラで武器や防具など何でも作れること、オーラを強くすればするほど力が増すこと、体の一部分に纏うことでそこだけ更なる身体強化されるなどいろいろです。
なんで知っているかって? それは話を聞いた孫の僕が喜んじゃうからですよ(笑)
まだ言葉分からないから別にいいかのと実際に見せながら秘密をしゃべりまくっていたんです。イブシじいじもまさか僕が完璧に理解しているとは思わなかったでしょう。話をしている間だけめっちゃ可愛い孫がいたはずです。
そんなわけで僕はイブシじいじが何を考えているか分かっちゃいます。
急に攻撃されるとオーラが発動するのでイブシじいじはびっくりしちゃってます。その焦りをマト姉が読み取り、トマ兄に伝えています。メンタルチェックで心を読み取ってもそれでは意味がないのです。何度そこを攻撃したって勝手にガードしちゃうからね。それは弱点だけど本当の意味で弱点ではないことにトマト兄弟気づきません。
逆にイブシじいじのオーラが勝手にメンタルチェックの対策しているような状況になっていますね。本人が気付いてやっているかと言われると……。まあ多少はあるんじゃないかな? 贔屓目に見ての話ですが。
「固い。これが本気のいぶし銀…」
「がははは! まだかすってすらないぞ?」
「くぅっ!」
頭の紙風船を指でちょんちょんしながらイブシじいじが挑発します。トマ兄頑張れ~!
さっきから見て思ったのですが、ある程度の嘘は必要かもしれませんね。イブシじいじもオーラの自動防御については隠しているようですし。スキルの秘密を全てバラさないほうが良さそうなこともあるのです。
ここはスキルが存在する世界。多少隠し事があったほうが、生きるには有利そうだよねえ。
よし、僕の猫魂の重要な力が分かれば秘密にしちゃいましょう!
そんなことを思っていたら稽古が終わりそうでした。トマ兄は肩で息をする状態になっています。
「へばるのが早い。もっと体力をつけると良いぞ」
「はぁはぁはぁ……」
トマ兄は息切れしてますね。これで稽古はおしまいかな?
イブシじいじは勝手にオーラが防御してくれるので、基本的に何もしていませんよ。相手が疲れたところを攻撃するだけです。世間では攻撃を耐えてからのカウンターとカッコ良く言われてるみたいですが、本当のことを知っている僕は笑っちゃいそうです。戦うとき本当は何も考えてないんだよねえ。
「ふぁ~」
「――ッ! グラァアアア!!!」
イブシじいじはわざとらしく欠伸をして隙を見せます。その瞬間を逃すまいとトマ兄は紙風船に最後の攻撃を仕掛けます。一瞬でフルパワーの身体強化状態になり素早くパンチします。あれは猫パンチですね!
パーンと紙風船が破裂するような音がしました。
「――?!」
破裂したのは紙風船ではなく、イブシじいじの格好をした人型のオーラでした。なんということでしょう、いつの間にかイブシじいじが人型のオーラと入れ替わっていたのです。
「がははは! 今のは良かったぞ」
「……参りました。はぁはぁ、強すぎる。魔力がもたないよ」
トマ兄が気付いた時には地面に縫われていました。イブシじいじのオーラで動きを完全に封じられていたのですよ。
まあ僕には空高くジャンプしているイブシじいじが見えましたけどね。そのまま落下し、オーラで動けないよう地面に拘束したのです。トマ兄はオーラがまぶしすぎてジャンプしたことに気付かなかったようですよ。
「ふおおおおおおおおおおおお!」
「きゃきゃきゃ!」
「にゃはは、さすがに甘くはないの」
大興奮の中、稽古は終わりました。それと防音の障壁は何重にも重なっていたので大丈夫でした。いやあ、迫力満点でした!
スキルを秘密にしちゃおうと思ったお話です。




