32話 「笑ってはいけないね その3」
「旦那様、メンテ様。お呼びでしょうか?」
「大きな声を出してどうしたんだい。廊下まで聞こえたわよ」
僕達親子ののヘルプミーでタクシーさんが来ました。あとカフェさんとキッサさんもいます。
……あれれ~? 味方を呼んだつもりが敵まで増えてません?
「はっはっは、ちょっとタクシーに用があっただけだよ。カフェさん、ありがとうね」
父はカフェさんに感謝しているようであまりしていませんね。カフェさんがタクシーさんを呼びに行ったら、夫婦揃っていたために敵味方まとめて来ちゃったもん。
なんて運が悪いことでしょう。しかし、タクシーさんが有能ならなんとかなるはずです!
「ちょっといいかいタクシー?」
「?」
タクシーさんが父に近づくとコソコソっと話を始めました。
でもなぜでしょうね。僕には丸聞こえなんですが。
ダンディ「ママに魔物倒したのかと疑われている」
タクシー「流した噂のことは?」
ダンディ「話したがダメだった。それと途中で店を出たのもバレている」
タクシー「それは痛いですな」
ダンディ「多分キッサとカフェもそのことを知っている」
タクシー「?!」
ダンディ「メンテは嘘をついたら笑うから注意だ。あとは私に話を合わせてくれ」
タクシー「……かしこまりました」
父はタクシーさんに助けじゃなく、道連れにするつもりで呼んだようですね。それと僕が笑ってしまうのも完璧に理解していたようです。
僕のことを理解しているのはさすがです。それでこそ父親ですよ!
まあ母には負けているんだけどね。
「……パパ、もういいかしら?」
「はっはっは、今までしていた話を簡潔に教えただけだよ」
「ええ、魔物騒動で町が騒がしいという話をしていたそうですな」
白々しい嘘ですね。でも半分は本当なので僕は笑いを我慢出来ました。今のうちに僕は笑わないように準備しましょう。ふーんとお腹に力を入れるんだ。
「そうね、合っているわ。そのときタクシーさんも一緒に町に行っていましたね?」
「そうですな、3人でお店に行きましたよ」
「お店を出たあとは、家に帰らずどこかに行ったそうですね。どこに出かけたのかしら?」
「あら、それは初耳だわ。あなたどこか出かけたの?」
おっと、キッサさんは知らなかったようです。これは予想外の事態です。一瞬父とタクシーは目を合わせました。おい、話が違うとかヤバいみたいな感じですね。
「ええ、少し町を散歩したのですよ」
「……ぷっ、きゃ、きゃきゃきゃ!!!」
「「「……」」」
あ、笑っちゃった。ごめんね。
「タクシーさん、メンテちゃんとどこに行ったか詳しく聞かせてもらえる?」
「ほほっ。町中をぐるぐるお散歩していただけですよ」
「はっはっは、どこの店にも寄ってないさ。ただ散歩しただけだよ」
「……きゃ、えぐう」
ふぅ、危なかったです。父が本当のことを言ったので笑わずに済みました。
「そうだったのね」
「メンテにはいい刺激になる! と旦那様が町の散歩の提案をしたのですよ」
「はっはっは、前とは違う道を歩いてみたのさ。メンテに町を知ってほしくてな!」
「んぐぅ!」
僕が笑わなかったので、町から出なかった=本当のことになりました。
「……ごめんなさいね。あなた達が魔物を倒したのだと思っていたわ」
「おおかみ見なかったんだ~」
「やはり噂通りでしたか。父さんではないのですね……」
よし、母も子供たちも誤魔化すことが出来ました。でも兄貴はなんだか残念そうですね。
「メンテちゃんが町から帰ったらすごく楽しそうだったからね。カフェさんに頼んでいろいろ調べて貰ったのよ」
「ほほっ、それは気になりますな。私たちが魔物を倒して帰ったと疑いたくなるのも分かりますぞ」
「はっはっは、メンテは店で新しい魔道具や魔法が見れたからずっと興奮していたぞ」
どうやらカフェさんが母に情報を伝えたみたいです。話をしている間ずっと黙っていましたが、ずっと母側にいたようですね。母とカフェさんを騙せたからこの話は終了でしょう。
一応ですが、誤解は完全に解けたようです。
「旦那様、タクシーさん。ご迷惑を掛けてしまい申し訳ありませんでした」
カフェさんが謝罪をします。
「はっはっは、それぐらい許すよ。ママにしっかり報告しただけだし謝る必要はないさ」
「ありがとうございます」
「娘を許していただき感謝申し上げます」
「はっはっは、だから謝らなくてもいいよ」
父は心が広いですね。
「カフェちゃん、気にしないでいいのよ。たまにパパ達は暴走するから見張っておかないとね」
「はっはっは、さすがにメンテを連れて危ないことはしないよ」
「さすが旦那様です。子供が生まれてからしっかりと状況の判断が出来るようになりましたな」
「フフッ、昔のパパだったら魔物に突っ込んでいたわよね」
ほお、昔の父はやんちゃだったみたいです。
「はっはっは、新しい魔道具を作るといろいろ試したくなるものさ」
「ほほっ、そうですねえ。相手は魔物ですから手加減なんて必要ありませんな。ましてやナンス家を狙うなんて言語道断ですぞ。町の外なら何をやっても許されるでしょう」
「その通りだ! もし私一人だけだったなら魔物の討伐に参加しただろう。研究にもなるからな」
「さすが旦那様ですな。もしあの日にメンテ様がいなければ、私も旦那様と一緒に町の外で暴れていたでしょう。誰かは分かりませんが旅の冒険者にはお礼が必要ですな」
「私の代わりにこの町や私たちを守ってくれたんだ。褒美でもあげねばな」
「そうですなあ。外に出ていれば会えたかもしれませんね。噂だけでは顔はわかりませんな」
「はっはっは、それなら名乗り出るのを待とうではないか。いやあ、私も一緒に戦いたかったなあ」
「はっはっは!」「ほほっ!」「きゃきゃきゃー!」
もう誤解がなくなったと安心したのか、二人とも調子に乗っています。ここぞとばかりに俺たちは外に行ってない、むしろ行きたかったぜ! とアピールしちゃいます。
今回タクシーさんが話を合わせてくれたおかげで助かりました。僕もほっとして笑っちゃいましたよ。
これで僕の笑ってはいけないの時間は終わりだよー! きゃきゃきゃ!!
「フフッ、私の勘違いだったからよかったわ。カフェさんに聞いた話だけどね、町の門番の人が浮遊するベビーカーに乗った赤ちゃんと大人の男性2人が、町の外へ向かったのを見た言っていたらしいのよ。本当に不思議な話よね」
「「「―――――ッ?!」」」
「あら? メンテちゃんどうしたの? もう笑わないのかしらね~、よちよち」
Oh……、僕は笑わなければいけないのでした。笑わない=本当のことになります。これは母にうまくやられてしまいました。3人とも固まってしまい声が出ませんな。
そういえば町から出るとき門番の人に散歩すると挨拶しましたね。帰りに町に寄ったときは、魔物が出たから危険だと教えてくれました。このとき初めてあの狼が魔物と知ったのです。
このミスは致命的というか即死級だよ。
よくよく考えればタクシーの失言が悪いよね。調子に乗り何回外に出ていないアピールしたのでしょうか。今日は優秀だなと思っていましたが、母にとってはいい感じにポンコツなのでした。今更になって気づいても手遅れなのです。
僕たちバカ3人は、最初から最後まで母の手のひらの上で踊らされていたのですよ。この話を振られたときから、僕たちの運命が決まっていたのでした。
母だけでなく、みんなが僕を見てきます。笑わないのかと確認されていますね。そのまま視線は父とタクシーさんへ向かいました。
「あんた……」
キッサさんが状況を察してしまいました。まあ僕を連れて魔物を戦ったことですね。よく考えれば、赤ちゃんに狼の死体を見せるなんて絶対ダメだよね。
タクシーさんの汗がすごいです。必死で言い訳を考えています。
お、何か浮かんだようですね。タクシーさん、頑張れー!
「――実は!! このベビーカーの新機能のテストをするため、町の外周を走ってみたのですよ」
みなさんハテナマークが浮かんでいます。しかし、父は言いたいことが分かったようです。
「ば、ばれてしまったか~!!」
父はしまったみたいな演技をしています。うまく話を合わせました。僕もなんとなく言いたいことを理解しましたよ。あれですね。
「妻の腰を心配して旦那様に相談をしました。それで私たち二人で秘密裏にあるものを開発し、それをベビーカーの新機能として付けてみたのですよ」
「タクシー、ここでその魔法を披露しよう。すまないがベビーカーを持ってきてくれ。残念ながらバレてしまったから隠す必要はないさ」
「ほほっ、サプライズは失敗してしまいましたな」
と誤魔化しながら新機能の実演をしました。そうです、身体強化の魔法のやつですよ。
驚かせるためにずっと秘密にしていたみたいなことを言っていますが嘘です。
町の周りを走って魔物がいないか調査をしていたも嘘です。
僕は父が抱っこしており、タクシーが一人で走っていたも嘘です。
他に新機能はないも嘘です。
二人はうまいこと言ってみんな騙しています。必死の嘘ですが今は効果的なのでした。
その間、僕はにっこにこでしたよ。本当は笑っちゃいけないんだけど、みんなは魔法に興奮して笑っていると誤解しているので利用してやりました!
そういうわけで、僕がニコニコ笑っているのもある意味嘘です。きゃきゃきゃ!
「……あんたって人はもう」
「母さん、よかったね」
「フフッ、私にも内緒だなんてパパもタクシーさんもズルいわ」
「キッサさんよかったねー」
「俺もそれ使ってみたいです」
キッサさんの目がうるうるしています。周りの人もいい話だと感動的な雰囲気です。僕と父とタクシーさんの3人だけはずっと冷や冷やでしたが。
そんなわけで僕たちは魔物に会っていません。キッサさんのために魔法の実験していただけ、そういうことになりました!!
こうして真相は闇に消えたのでした。今回ばかりは危なかったです。ふぅー。