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260話 「ぱいすとーりー7」

前回までのお話

砂漠でお散歩した!

 とある休日。レディーは子供達と一緒に遊んでいた。これはそんな日常の一コマである。



「メンテちゃん、ママに何か言うことはありませんか~?」

「えぐ~?」



 レディーはいい加減卒乳して欲しいと思っている。さあ、早く止めると自分から言おうね。えらいえらいしてあげるからという気持ちを込めつつ聞いてみることにした。悪い企みは何もありませんよとしれっとした表情で。


 さあ、我が子は何と返事をするのだろう。少しワクワクするレディー。


 そんなレディーに対するメンテの返事はこうだ。



「まんまだぁ~いちゅき」

「……あらまあ。メンテちゃんは本当可愛いわね」ぎゅっ

「きゃきゃ!」



 思っていた答えとは違うけどこれはこれでありねと思うレディー。ついつい抱っこして可愛がるのであった。


 特に何も考えていないときのメンテの破壊力はすごい。これは幼い今の時期にしか聞けない貴重な一言。にっこにこな笑顔と共に思い出の1ページに刻まれるであろう。そんな回答をしちゃうのだ。


 これは相手の心を読んだとか推測したとかそんなことは一切していない。ただただメンテの本心。すぐ顔とか声に出しちゃうお年頃なので嘘は付けないんだぞ。


 そう、メンテは赤ちゃんらしい演技をしていないときこそ一番カワイイのである!


 ナチュラルに可愛い。それがこの物語の主人公だ!!


 なお本人に自覚は全くない。そのせいで演技とか関係なく赤ちゃん感が凄まじいことになっているぞ。身も心もそのまんま。誰も疑うことなく赤ちゃん扱いされて当然なのである。毎回この解説をしているのだが、彼はいつになったら気付くのだろう? 多分いつまでも気付かないんだろうなあ。



 まあそんな感じでレディーは喜んでいたという。今日は素晴らしい休日だ。


 そして、母親の態度を察してそそくさと動き出す子供達もいた。



「フフッ、何かしたくなっちゃたわ」

「えっ、何か買ってくれるの?!」←アニーキー

「どっか遊びに行きたーい!」←アーネ



 今がチャンスとばかりに母親に近づいて甘え始める子供達。母親の機嫌が良いうちに何か言質をとっちゃおう。そんな抜け目のない兄弟達の動きは早い。


 子は親の機微を敏感に感じとるというが、まさにその通りと言えよう。しかも悪意がないからついつい甘やかしたくなるというもの。子供という小悪魔に親は弱いのである。



「そうねえ、考えておこうかしら。メンテちゃんも何かしてほしいことある?」

「だっこ!」

「フフッ。もうしてるじゃないの」

「きゃきゃきゃ!」



 ここはしっかり空気を呼んでおっぱいと絶対に言わないメンテ。とても賢い赤ちゃんである。おかげでこの家族は和やかな雰囲気に包まれていた。平和な時間が流れるとはまさにこのことだろう。



 そんなやり取りを少し離れた所から羨ましそうに見ている年配の女性がいた。ナンス家の相談役キッサである。


 キッサは近くにいる娘に語り掛けた。むふむふーと鼻息荒く興奮しながら。



「見てカフェ。あれよあれ! ある程度大きくなった子は知恵を付けるからね、どこか行きたいとかあれ買って買ってー! って言うのよ。でも本当の赤ちゃんはそんなこと言わない。抱っこよ抱っこ!! 欲がなさすぎて可愛すぎるでしょ~!! 何て癒されるの光景なの~。……はぁ、なんだか早く孫の顔が見たくなってきたわ。そういえばあの人とはどうなったの? もう次のデートは決まってるんでしょ?? ……あら? カフェどこ行ったの。カフェ! カフェ―!!」



 キッサの話の途中、何かを察して早々と逃亡したカフェ。子供というのは大きくなっても親の機微を感じ取れるようだぞ。さすが親子。言い終わる前に相手のことが分かるのはすごいと褒めた方がよいのだろうか?


 ここ最近になって始まった新たなる戦い。今後もこの親子に注目だ。かくして親子の戦いは続く!





 ◆




 繁忙期。それは仕事が忙しい時期のこと。書き入れ時、稼ぎ時、儲け時ともいう。業務が立て込んで目がまわる忙しさなのである。


 ではメンテの両親が営む魔道具店の場合はどうだろうか。



「大変でっせ。すっごい行列がコノマチに向かってますわ」

「商人ですか?」

「違いまっせ。どうやら寒いところから来た国のお偉いさんが乗っている団体だとか。あっしの見立てで早ければ3日後には到着するでしょうねえ。だいたい200人弱。商人風の人も数人見かけましたわ。あくまであっしの推測なので悪しからず」

「み、3日後?! 分かったわ、ありがとう。報酬はギルドに振り込んでおくからね」

「へへっ。またよろしゅう」

「……早く知らせなきゃ。忙しくなるわよ」



 コノマチは元々農村地域にある小さな村であった。ナンスの魔道具の店があるようになってからは発展し、町みたいな規模まで大きさになった。今では王都までの中継地として賑わっている。


 というわけで、季節関係なく人が集まる時期が一番忙しくなるのである!


 そして、情報を売ることで稼いでいる人達もいる。ネットもテレビもない。そんな世界だからこそ足の速さを武器に出来るのだ。商売をする人にとっては情報は大切。そのためギルドで依頼することもあり、ちょっとした小遣い稼ぎの場になっている。もちろん信用第一な職業となるためその道のプロもいたりするのだが、まあこの話はここまでにしよう。


 こうしてナンス家のもとに緊急の用件が通達されるのであった。




「……という連絡が入りました。対策を話し合いましょう」




 情報担当の元に届けられた報告により、レディーは急いでナンス家の首脳陣を招集した。役職でいうと幹部クラスの使用人である。いちいち名前を出すのは面倒なのでここでは割愛する。


 皆を招集した場所は食堂。ちょうど子供達のおやつの時間と重なったのでそのままこの場所を利用することにしたという。


 ここはただの魔道具屋。どこでだって会議をやっちゃうぞ。秘密にするほど重要な内容でもないし、移動が面倒だったともいうが。


 ん? みんなの前にケーキと紅茶が見えるって? それはおやつと会議の同時進行なので仕方がない。頭を使うからエネルギー補給すると考えればむしろ効率的ではないだろうか。それ以上疑問を抱くと女性陣に恨みを買うから気を付けるんだ。


 なおダンディはこの場にはいない。予算度外視で兵器を作ろう! と平然と言うような男だ。話し合いの邪魔でしかない。そのため経営判断に関してはレディーが一任しており、ダンディは会議の結論が決まるまで放置するのはよくあることだったりする。この夫婦、お互いの得意不得を補って仕事をしているようだぞ。



「どこの国の来訪者なんです?」

「国名は聞き忘れたそうですが、寒い地方から200人程来ているようですね。今うちの者が確認しに行っています。正確な情報は夜までに届くでしょう」

「寒いならテンプレとは違う方向ですよね」

「よかった~、テンプレじゃなくて」

「ふぅ、安心だな」



 ナンス家の中でもテンプレート共和国の評判は最悪である。それ以外の国は会話が通じるのでまだましという認識だ。なんとかなりそうと一安心したという。



「ということは冬物が必要になるのか」

「在庫ありましたっけ?」

「200人規模だとすぐ足りなくなりそうです」

「急いで量産しないと間に合わないね……」

「あえて夏物だけ買っていったら嫌がらせだね」



 とまあこんな感じで比較的スムーズに会議が進行していった。


 だがしかし、こういう緊急事態があるたびに労働者は権利を求めて動き出すというもの。



「今のままだと人手が足りないでこっちに多めに応援をよこしてくれればと……」

「いや、こっちにも人数必要だからね?! ズルいこと言ってんじゃないわよ。今だけでもどれだけ忙しいのか分かってるの??」

「臨時でいいのでバイト増やしてくれると嬉しいです」

「……そうね。メイド達を総動員しても足りなさそうだし、考えた方が良さそうね」

「「「やったー!」」」



 いつもなら無理ですと却下される要望。それがこういう非常事態のときは叶いやすくなる。忙しいから対価に何かがあってもいいよね? やら人材管理どうにかしろといった待遇を改善してくれという交渉事。そういった提案をする者が増えるという。


 ここはブラックではなくホワイトな魔道具屋。仕事が大変なときは何かしらのご褒美は必要だとレディーは考えている。労働者の気持ちをいたわり、暴動を起こさないようにと多少のことは目をつぶる。だが甘やかし過ぎるとつけ上がるので普段からそのバランスをとるよう心掛ける。そういう采配がレディーの得意とするところ。


 今回の場合、皆の負担を減らす意見はレディーも賛成だ。相手は何日居座るのか分からないが、忙しさのあまり体力の限界が先に来ることも予想される。そのリスクを少しでも取り除くために必要なことだとレディーは判断したという。



 よって人数を増やして対応する方針は可決されたのである!



 このように様々な意見を取り入れるのがナンスの魔道具店。意見を言えばしっかりと考えてくれるトップがいるんだ。労働者にはとても働きやすいお店なんだぞ。



 よし、色々と個人的な意見も言えそうだなと感じ取った幹部達。レディーの前でも臆することなく話し合うのであった。


 そして、ここは食堂なので集まっている全員に会議の内容が丸聞こえだったりする。近くにいたというか聞き耳を立てていた使用人やどこぞの部下たちにも幹部達の今日はいける日だ! という思いが伝播していった。


 この流れなら私達だっていけるのでは? 今のレディーさんは優しい。普段言いづらいことも今なら快く受け取って貰えそう。当たって砕けてもいい。乗るぜこのビッグウェーブに! とナンス家で働く使用人達は意見を考えるべく頭をひねり始める。中には協力して訴えようぜとチームを組む者もいた。


 このように食堂では様々な思惑が渦巻きながら会議は進んで行ったという。




 しばらくして会議は終了した。終わった瞬間を見計らい、俺だって幹部のように勝利をもぎ取るぞ! とひとりの使用人が立ち上がる。それに続け! やら待ってましたと言わんばかりに他の使用人も続々と席を立ち、レディーの周りを包囲した。


 どうやら皆レディーに自分の個人的な意見を聞いて欲しいようだ。権利を我が手にー! とやる気満々だ。



 さあ、交渉開始の時間である! カーン!!



 まず先頭に立つ一人目の使用人が代表し、皆でまとめた意見を提案しようとしたとき。



「レディーさん、どうせならその期間中のお給料の方も……ん?」



 ダメもとで給料上げてくれないかなあと交渉しようとしたその瞬間、皆が恐れている()()()()がやって来た。





 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!





 凄まじい形相で意見を言おうとした人を睨みつける来る赤ちゃん。


 そう、メンテである。


 レディーの膝の上に座っている彼は、何かを言おうとした人どころか食堂にいる全ての大人達を威圧し始めた。




「えぐううううう!!(調子に乗りやがって。ぶっ殺すぞ)」

「ヒエッ?!」




 唸るような声を出す赤ちゃん。不思議なことに彼が言いたい言葉が皆に伝わって来たという。


 そのせいで最後まで言葉を出すことが出来なかった。とんでもない迫力なので。




「もしかして忙しくなるから給料を増やして欲しいのという相談かしら? あなたたちも今の会話を聞いていたのね」

「……いえ、なんでもないです。給料を増やすぐらいならそれを全てバイト代にまわすべきです。そのほうが皆も楽になりますから。ははは。ね?」

「えぐううう(おい、まだ何か言い忘れてるだろ? 早く言えよ。ほら、ほら)」

「ヒエッ?!」

「ん、どうしたの? メンテちゃんが何かしたの?」

「いえいえ、今日もおカワイイ。レディー様が可愛がるお気持ち分かります。失礼します」



 こうして本当に言いたかった意見を言えずにそそくさと引き下がるのであった。


 急に様子がおかしくなったので何かあったとかしら? とレディーはメンテと顔を合わせてみた。するとメンテは、ママと目が合って僕嬉しいとニコッと笑うのであった。とてもカワイイ。そこにはいつも通りのメンテがいただけである。


 メンテちゃんを見て驚いていたのは気のせいかしら? と不思議に思いつつも再度意見を聞いてみることにするレディー。みんな集まっているから何かしら相談したいことがあるんでしょうねぐらいの感覚である。





 ……さて、お分かりいただけただろうか?


 今メンテはレディーの膝の上に座っている。距離が近いどころか身体が触れているので何をしているのかほぼ丸見えの状況だ。


 な・の・に、レディーは全く気付いていない。メンテの憤怒の表情およびおぞましい声に。



 実はこれ、メンテの演技をさらに進化させたお顔トリックのせいである。



 いやいや何を言っているんだと思う方が多いだろう。


 まずはこれを見て欲しい。


 こちらは正面から見たメンテの顔。赤ちゃんの表情とは思えないとても怒った顔である。


 横から見て見よう。やはり怒っている。


 上からも下から見てもそれは同じ。怒っている。


 だが、レディーの視線から見て見ると普通の可愛い赤ちゃんである。




 ……????




 本当何を言っているんだと思うのでもう一度確認しよう。


 上下、左右、前後。どの方向から見ても怒っている。だがレディーの角度で見えるときだけ普通の顔に見える。はてさて、まことに不思議な現象が発生しているようだ。


 実はこれ、美術館にあるようなトリックアートの技術が使われている。目の錯覚により立体的に見えたり、観る角度によって印象がガラリと変わるあれ。



 なんとこれはメンテがママの前でも常に可愛くあるために生み出した努力、いや技術の結晶なのだ!!



 前々から機嫌が悪いときに表情がおかしかったり、怖いオーラが出ているように感じたことだろう。実は無意識でこの技を使っていたようだ。なら見間違えても仕方がない。今はその真実が解明されたと喜ぶべきではないか。



 そして、声に関しても同様だ。トリック? 的なボイスの技術が使われている。


 声が二重になるよう発せられていると言えばいいのだろうか。母親には普通に聞こえるのに他の人には別の言葉が聞こえてくる。今回の場合は、レディーだけえぐえぐ聞こえているが、他の人は激怒しながらしゃべっているように聞こえるみたいだ。


 そんな声の出し方をどこかで覚えたのか分からない。だが出来ている。なぜだと疑問でしかない技術である。




 まあそれよりもなぜ今こんなに怒ってるんだ? と思う方もたくさんいるだろう。


 その理由を端的に言うとおっぱいである。


 お昼寝の時間を邪魔されたことによりおっぱいの時間がなくなったと怒っているのだ。寝るときはおっぱいを吸いながら寝る。それが彼のルーチンワーク。それが出来ないからイライラしている。まさにメンテならでは。突発的な怒りが原因である。


 うんうん。皆が言いたいことは分かるよ。だが彼は赤ちゃんなので諦めよう。



 そんなわけでビッグウェーブはクレイジー赤ちゃんによりせき止められた。それだけのお話である。





 他に意見はないかしら? と何事もなかったかのように言うレディー。メンテは母親すら完全に騙し切っているようだぞ。


 その言葉を聞いた食堂に集まった人達は皆、内心びっくりである。今のスルーするの?! だとかちゃんとメンテくんの顔を見て下さいとか変な声で気付いて等々。言いたいことは山ほどあったという。


 が、とある一点において皆の意見は完全に一致した。




「「「「「(甘やかし過ぎじゃない?!)」」」」」




 そう。皆、レディーがメンテのことを大目に見すぎと勘違いしてしまったという。


 誰も彼もが完全にメンテの演技に騙されていた。そのせいで勘違いが勘違いを呼び、収拾がつかない。ただただカオスな状況になっているだけだ。


 もはやここまで来ると技術というより魔法みたいなものだぞ。


 だが皆が勘違いするのには根拠はある。特に長年ナンス家で働いている人ほどその傾向が強かったという。



 その根拠の理由は、ただひとつ。他の兄妹とメンテとの違いにある。



 ことの始まりはアニーキー。彼がここにいる皆に一番影響を与えた人物と言っても過言ではない。


 アニーキー・ナンス。彼は一番最初に生まれたレディーの子供である。一人目ということでみんなに随分可愛がられた。が、彼は幼い頃から彼は頭が良かった。というか良すぎた。


 可愛がっているのに全然甘えない。それどころかそんなのどうでもいいから早く新しい知識を教えろと可愛がらせてもくれない。大人びているというより甘やかされることに興味がなかったのだろう。しゃべれるようになってからは俺にそのやり方教えろ。うん、覚えた。もう用ない。また何かあったら来るからという独自のスタイルを貫いていた。


 つまり何が言いたいかというと、全然甘やかしがいのない子供だったのである!


 そんなアニーキーを喜ばせようと大人達は頑張った。こうしたら甘えて来てくれるはずと過保護なほどに相手をしていたのだが、いっこうに性格が改善することはない。祖父母は小さい頃のダンディに似ていてごめんねと謝って来るほどであった。


 そして、あるとき。誰かがふと気付く。


 この子放置してたら勝手に育つんじゃね? と。


 試しにその育て方に変更したところ、正解だった。自分から大人達を頼って甘えることを覚えたのだ。可愛げが出てやっと普通の子供らしくなったなあと思ったとき、二人目の子供が生まれた。



 アーネ・ナンス。二人目は女の子だった。


 一人目が男の子ということで女の子の育て方が分からない。しかも一人目が厄介すぎたので普通って何だと迷走することとなる。まあアニーキーに可愛がれなかった分、アーネを存分に可愛がっちゃおうと愛情を注ぎこまれたのだ。


 その結果、あまりにも過保護にしすぎて窮屈に感じたのだろうか。1歳後半ぐらいから魔力を暴走させて遊び始めた。彼女は頭より体で覚える感覚派の天才。感情の赴くまま全力で物をぶっ壊しまくる姿はダンディそっくりだと祖父母に謝られたという。


 そして、案の定あれ? この感じ覚えが……。と誰もが気付く。


 この子もある程度放置した方がまともに育つんじゃね? との意見が飛び出るのは必然であった。


 もちろんこの育て方は大成功する。一人でノビノビした時間が欲しかったアーネには効果てきめん。感情とは何か。それを学んでいくうちに魔法をぶっパする回数は少なくなったという。


 こうしてナンス家の人および関係者たちは子育てに奔走されまくった。ある程度大きくなった頃には、アニーキーもアーネも普通の子供らしい子供になっていた。話せば理解してくれる賢い子に育ったという。


 これでやっと子育てに一息つけるなと皆が喜んだそうだ。それぐらい幼いころは手間がかかりすぎたのである。



 そして、ある程度落ち着いた頃に三人目の子供が生まれた。この物語の主人公メンテである!


 彼は先に生まれた兄弟達と違って初めて父親に似ていない、母親そっくりなただただ可愛らしい子が生まれたと話題になる。


 育て方は実に普通。それどころか他の子よりチョロすぎて笑っちゃうぐらい楽ちん。親や大人達どころか先に生まれた兄弟にもコイツ赤ちゃんすぎるとお世話されまくり。でも周りを笑顔にしていく愛らしさがあった。


 つまり何が言いたいのかというと、メンテはとても甘やかしがいのある子なのだ!!



 長々と話が続いたが、こういった過去があり今にいたる。それを踏まえた上でレディーの心情を考察してみよう。


 レディーは幼かった頃の我が子をあまり甘やかすことが出来なかったと不満が溜まっていたのだろう。なにせメンテ以外の兄妹たちは、ある程度理性が伴う3歳ぐらいまで放置するのが最善の策だった。その間はあまり構ってあげられなかったのである。暴走しっぱなしだったので。


 だが3人目にして、ようやく普通の子供らしい子が生まれた。普通に接しても大丈夫。むしろ距離感近すぎなぐらい自分から甘えに来るような超甘えん坊である。


 よって、レディーの幼い我が子を甘やかしたいという欲が大爆発。他の兄妹たちの反動が大きかったのだろう。まるで空白期間を埋めているようだ! と皆に思われても全然不思議じゃなかったという。


 もちろんメンテはこのことは知らないだろうが、なぜかおっぱいが欲しいという要求をプラスに持って行く材料のひとつとなっている。狙ったわけではないのになんて運が良いのだろう。恐るべき悪運の持ち主である。



 そういう事情から皆がレディーがメンテを甘やかしていると勘違いしながらも物語は進んでゆく。




「……さっきの意見はみんなでまとめたものだったの? ということはもうおしまいかしら?」

「あります、ありまーす!」

「えぐ(おっぱいは?)」

「それは我慢して下さぃ……きゃああああ?!」




 意見を言おうとした女性の使用人は、乱入してきたメンテから目を逸らす。今はレディーさんと給料アップの交渉をしたいの。あとで相手してあげるから許してねと。


 が、その逸らした目が何かをとらえる。猫の集団がある場所に集まっている姿を目撃してしまったのだ。


 ……え? あれ私が座ってた席じゃん。交渉後の勝利の美酒にはあれだと楽しみにとっておいた大好物のデザート。月に1回出るか出ないかなうえに毎回争奪戦。1年ぶりにやっと食べるあれが猫の大群に狙われている?!


 いつの間にか食堂に集まっていた猫達。完全に奴らはデザートをロックオンしている。まずいと思ったのか、レディーに意見を言う前に自分の座っていた席に向かって走り出したという。


 これを見ていた順番待ちしていた使用人はこれヤバくね? と思い始める。メンテくんめっちゃ怒ってるじゃん。しかも猫までやってきた。噂に聞いたあかんときの状況と同じだぞと。


 皆がそんな不安な状況に陥っているにも関わらず、そのことに全く気付いていないレディー。まあ仕事の話よりデザートのほうが大事よねと何の疑問にも思わなかったとか。今はおやつの時間なので猫が興味を持っても不思議ではない。


 目を離すと大変ね。あらあら、猫も諦めていないみたい。一口でも貰おうとしてるわ。おいしいとわかっているんでしょうね。なんだか見ていて面白い光景ねと紅茶を口に含みながら微笑むのであった。


 そんな笑みを見た使用人達はというと……。




「お前先いけよ」

「いや、あとでいい」

「順番譲るよ」

「なんでこっちに振るのよ?! いらないわよ。返すわ」

「私も絶対いらない」




 さっきまでの威勢はどこへやら。急に静まり返る使用人たち。ついには小声で順番を押し付け合い始めたという。


 今の状況は前門のメンテ、後門のレディー。メンテの肩を持ってもレディーからは不評を買うだけ。かと言ってメンテをないがしろにすれば恐怖の猫の集団がやってくる。あの猫達、うちの子をいじめやがってとブチ切れて襲ってくることで有名だ。どちらを選んでも良いことなどない。


 いつもなら会議の場にメンテがいても何ら問題はなかった。給料を上げてくれとか前借したいとか言った相談に何も意見することはなかった。ただただレディーに抱っこされて機嫌が良い姿しか見せてなかったし、難しい話なのか聞いている素振りもなかったという。完全に会議のマスコット的な立ち位置であったのだ。



 だが、今回は違う。



 ついにレディーの前で堂々とおっぱいあると言えコノヤローと要求してきたのだ!!



 話の最中に強引に割り込んでくる赤ちゃん。お前らママに言う言う言って何も言わず逃げてるの知ってるんだぞ。早く言えよおっぱいって。僕ママの前でちゃんと言うの確認してるからなとご立腹のご様子。


 迷惑を通り越し、使用人たち計画を全て破壊していくのであった。




 そんな使用人たちの姿をレディーは微笑んで見ていた。本気で意見を言い合っているからこそ揉めているのね。それは仕事に真面目に取り組んでいる証。しばらくこのままにしておきましょう。そのうち意見がまとまるでしょう。あら、このケーキおいしいわね。誰が作ったのかしらと。


 今日に限ってなぜかとことん鈍感なレディー。完全にオフモードであった。他の人からしたらオフというより畏怖。そのせいで皆が誤解しまくったという。






 そんな中、醜い争いをする使用人とレディーとメンテの様子を遠くの席から見ている人達がいた。



「馬鹿ですねえ。メンテくんのあの様子に気付かないなんて」

「危機管理がなってませんね」

「こっちは何年付き合ってると思ってるんですか」

「アニーキーくんとアーネちゃんなんてカフェさん連れて早々と外に避難したのにねえ」



 そう、メイド達だ。いつもメンテの相手をしているので感情の変化にいち早く気付くことが出来たのは彼女達だけであった。今はゆったりおやつを食べながら休憩を楽しんでいる。


 皆が意見を言うぜと立ち上がった中、彼女達だけは食堂の席で座りながら事態を観察していたようだ。あいつら馬鹿だなあと話しつつ、何かの準備を始めていく。



「じゃあ裏切り者リストを作るわよ」

「賛成ー!」

「丁度良い機会ですね!」

「あいつらの中の何人が協力者なんでしょうね」

「裏切り者をかばう奴らもあぶり出しましょう!」



 どこからか出した紙に何かを記入していくメイド達。



 あいつはメンテくんを庇ったから黒。仲間確定。

 あいつはメンテくんにしっかりダメだと言って猫に噛まれた。白。素晴らしい。

 あいつは他人に先に行けと何か焦っている。バレるのが怖いから逃げてる。黒。

 あいつは奥様の味方をしようとしているが嘘っぽい。グレー。要観察。

 あいつは白、だが交友関係に黒がいるため偽装している可能性あり。

 あいつはダメ。裏切り者は撲滅すべし。



 メイド達に更新される似顔絵付きの裏切り者リスト。


 これを提出すれば奥様に評価されて給料アップよ! とメンテのおっぱいタイムを逆に利用するたくましい姿がそこにはあったという。一部の人達から悲鳴があがることは間違いない。



「それにしても奥様の策略ヤバいですね……」

「わざとあの状況に追い込むことで裏切り者を見極めようとしている」

「そうそう、メンテくんを上手に利用しているね」

「あれじゃ誰も意見言えませんって」

「それより演技が上手すぎて怖いです」

「確かに変顔や声に気付いてるのに気付いていない振りが上手すぎる」

「さすがですとしか」

「あの笑顔が逆に恐ろしくなってきました」

「さすがレディー様」

「さすレディ!」



 ナンス家のメイド達は指示待ち人間ではない。自分で考え行動する力を備わったエキスパート軍団である!


 彼女たちは誰かの暴走に巻き込まれ過ぎてこういう事態には慣れっこ。なのでメイド達はただでは転ばない。出来ることを考え抜いて動くので対応が早いのだ。


 まあ今回レディーの鈍感さに関して盛大に勘違いしているようだが、それが結果的に良い方向に進んで行った。後に褒められたという。今日の彼女たちもメンテ同様に運が良いようだぞ。



「だんだん人が集まって来ましたね!」

「んふふ、噂を流したからここに集まってるねえ」

「今のこの状況誰も知らないからなあ」

「みんな騙されてこっち来て慌ててますなあ」

「ひひっ、利用しない手はないです」

「一人残らず見つけてやるわ。げへへへ」



 ニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべながら使用人を観察するメイド達がいたという。


 ここにいない他のメイド達は、屋敷や店の中まで隅々に噂を流しに行っている。明日からの方針が決まるよだとか、奥様に給料アップの交渉が出来るのは今だけかも? などなど。皆が興味を引くようなことを言ってこの食堂に人を集めているようだ。


 なお噂を流しに行ったメイド達はメンテのおっぱいタイムの前に出て行ったので、今の悲惨な状況になっていることは知らない。そのせいか騙しているという自覚もなかった。


 おかげでノコノコと食堂にやって来る被害者が続出。メンテ派か、それともレディー派か。ついて早々究極の二択を迫られることになる。休憩なり仕事終わりに自ずとやってきては精神が死んでいく者の姿が相次ぎ、やべえ笑みを浮かべるメイド達を見て更なる絶望の淵に追い込まれていったという。




「……おい、なんか食堂から悲鳴がしないか?」

「確かに変な声がするな」

「もしかしてこのまま行くと碌な目に合わない?」

「うし、引き返そう!」

「そうだな。……ん?」



「「「「「にゃあ」」」」」



「し、しまった?! 後ろから猫の大群が押し寄せて来やがる」

「これは罠か?!」

「……いや、ありえるぞ。あいつら最近メンテくん案件に過剰だよな?」

「じゃあさっきのメイドに一芝居打たれたってか?!」

「クソ、やられたぜ」

「お、押すんじゃねえって。今すぐ離れなきゃいけねえのに」

「そう言われても猫達がが邪魔でどうしようもねえんだ」



「いやあああ、どっちも選べないいいいいいいい?!」



「ふあっ?!」

「な、なんか食堂からすごい声したぞ?!」

「やっぱ俺達あのメイドにハメられたんだ」

「逃げてえ、今すぐ逃げてえのに猫のせいで食堂に近づいて行くぅううう」

「「「助けてくれー!!」」」




 ぱいすとーりー。それは悪魔のささやき。甘言に誘われた者を地獄に叩き落とす物語。


 この日以降、メイド達の笑みが悪魔のごとく恐れられたという。










 おまけ。


 アニーキー1歳。


「これ。はやく。つづき」

「え、まだ続くんですか? もう寝る時間ですよ。奥様、どうしましょうか?」

「アニーキーちゃん。これママが教えてあげようか?」

「いや。ままじゃま。はやく、つづき」バシバシ

「……今日もアニーキーちゃん当番お願いできるかしら?(この子全然私に甘えてくれないわ)」

「かしこまりまし……いたっ、叩かないで!? 奥様助けて下さい」

「はやく、はやく」バシバシ



 アーネ1歳。


「アーネちゃん。ママでちゅよ」

「えへー!」ドゴーン!

「ぶふぉ! ごほごほ……」←レディー

「きゃあああ?! 奥様が水浸しよおお」

「嬉しすぎて水魔法ぶっ放し始めましたね……って天井に穴が?!」

「奥様、甘やかし過ぎてはいけません。お嬢様は感情が揺れ動くたび魔法を暴発させるのでいったん離れましょう。落ち着いてから話し掛けましょう。ね?」

「えへへ。えへへへへへー!!」ドガーン!!

「「「きゃあああ」」」←メイド達




 メンテ1歳。


「ぐぅ~。ちゅぴ~」

「……今までの子育てって何だったのかしら。こんな簡単に寝ちゃうなんて」

「奥様、メンテくんは普通の子よりも断トツでチョロいですよ」

「メンテくんはチョロチョロのチョロちゃんです」

「私もこんなチョロい子見た事ありません」

「最高にチョロカワイイですねえ」




次回、あふたー

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