259話 「子猫の気まぐれ散歩」
前回までのお話
綺麗な滝と湖を見た!
僕メンテ。毎日自由に過ごしても誰に怒られない、そんな幼い1歳の男の子。
あれれ、タイトル前回と全く同じじゃない? と思う人いるでしょ~。実はこの物語は話数も含めてタイトルの一部になっている。よって中身はちゃんと違うので安心してほしい。多分この作者の頭の中にはお花畑が広がっているのだ。何も考えていないに違いない。
それはさておき、今日も楽しい楽しい夜のお散歩に出かける猫の姿の僕です!
「……ってどこ?!」
ご覧ください。見ての通り僕の目の前には砂の大地がいっぱい広がっていますね。砂というか岩石だらけというかさ。草らきし植物が全然見当たらない乾燥した場所。
うん、ここは砂漠だろうねえ。
ここまでどうやって来たかというとね、お散歩しようと猫に変身したら空中に浮いているはずの巨大な木の気配をいっぱい感じたんだ。複数方向から同じような気配を感じるのを不思議に思い、試しに距離をぶっ壊して来てみたわけですよ。そしたらここにたどり着いたという。それだけのお話。
どうやら折れて地面に落ちた巨大な木の枝の気配を僕は感じ取っていたようだ。砂の上に大きい木の枝がぶっ刺さっているのでね。あれを見た瞬間、あの木の一部だって分かっちゃったもん。謎が簡単に解けちゃったよ。
何で木の枝が落ちてるんだ? って思ったら前回の僕のせいでしたね。蹴とばしたときの反動かなあ。魔法の扱いは未だに難しいのです。まだ魔法初心者だから許してにゃん。
まあそんな感じでどこか知らない砂漠? に来てしまった僕です。
それにしてもここめっちゃ明るいですねえ。時間的にお昼って感じかな? 対して僕のお家があるところは夜中なので真っ暗でした。すごく時差があるようだぞ。
いやあ、今思うと僕って緑のある森とか山しか散歩してなかったんだなあ。最近も水がいっぱいなところを散歩しましたし。でも今回は空気は乾燥し、水はどこ行っても見当たらないという生物にとって過酷な環境の場所。生きるのに厳しそうだし、風が吹くと砂がサラサラしてるだけで何もなさそうな感じしかない。
……ここお散歩コースとしてはハズレなのでは?
いやいや、待つんだ僕。砂漠にだって何か異世界ならではの珍しいものがあるかもしれない。初めて来る場所に変な偏見を持つのは止めよう。それに今の僕は猫。魔法が使えるし、いつでも自由に帰ることは出来る。よってどんな場所だろうと問題なく楽しむことが出来るはずだ。むしろ誰も人が来ない所を歩いてると思えば悪くない。
何事も体験するのが大事だろう。ポジティブに考えれば楽しくなってきたね。
よし、今日のお散歩コースはこの砂漠に決定だ!
「さて、どうしようかな~」
歩きながら周りを見渡してますが、どこも同じような風景が続いていますね。
皆さん、砂漠と言ったら何を思い浮かべますか? 波のような起伏がある姿を思い浮かべることでしょう。サラッサラの砂で歩いたら足がスポっと入っちゃう砂丘の光景を。あれは砂ばっかりだから砂砂漠というらしいですよ。まさに砂だらけのザ・砂漠をイメージした場所だよね。
でもね、僕の目の前にある光景はそのイメージしてたものとは全然違います。岩石や岩くずで覆われたような砂漠が目の前に広がっていますね。これは岩石砂漠でしょうか。デカい岩とか石がそこら中にあるので凸凹してます。遠くに丘みたいに高くなっている場所もあるにはあるけど、でかい岩なのか山なのかは分からない。とにかくストーンしかないの一言に尽きます。
一応砂と言えば砂だらけなんだよ。砂漠だからね。まあ正直あまり深くないので歩きやすいのではないでしょうか。全体的に硬い岩肌の上に砂が覆いかぶさているだけな感じですし。
そんなでかい岩とか石多めな砂漠に巨大な木の枝が落下したようです。木の枝の周辺だけ砂が明らかにサラサラしてますもの。落ちた時の衝撃で岩が木端微塵に砕けまくったんだろうなあ。岩より木の枝の方が頑丈だなんてびっくりだよ。そのうち他の場所に落ちた木の枝も見て見ようっと。
とまあいろいろ思いつつ、軽く歩いたけど石とか岩以外だとこれしか目立つシンボルがない。もう見るもんなくない? これが僕の素直な感想である。う~ん、何か面白そうなものはないかなあ。ただただ歩いているだけだもん。
「……」
じぃーっと巨大な木の枝を見つめる僕。
猫探知すると小さな生き物が巨大な木の枝に集まっているのが分かる。砂漠に住んでいるようなネズミやウサギみたいなのがね。あとはトカゲとか虫みたいなのも多数。なんかこの木に周辺の生き物が皆引っ越して来たような気がする。だってこの木の周りにしか生き物の気配がないもん。木の枝のせいで生態系変わっちゃったんだろうなあ。
せっかく砂漠に来たけどこれしか見る物がないという。どこを見ても同じような景色なうえに生き物もあまりいなさそう。今のところ巨大な木の枝が名物のただの岩石砂漠。観光スポットとしては残念感がすごいです。
でもね、巨大な木の枝の一番上。
さっきからずっと僕を見張っている生き物がいるのだけ気になるかも。
「……あれはフェネックかな?」
フェネックって知ってますか? 乾燥地帯に住むキツネです。大きい耳が特徴的で、毛が白に近い薄い茶色いクリーム色の小さめなキツネ。そんな感じの生き物が見えますね。
なんかそのフェネックにだけ他の生き物と比べて違和感ありまくりというか何というかさ。変な感じがするんだ。
「ウワァン!」
んんっ? 今フェネックが僕を見ながら声を上げましたね。
警戒されているのかな? 僕ただ散歩してるだけなんだけど。
「キャオン!」
木の枝から飛び降り、地面に立つフェネック。
とても堂々とした立ち姿で僕を睨んでくる。まるでこの木に近づけさせないぞと言わんばかりに。
……ん? 今めっちゃ高いところから飛び降りなかった?? 多分5、600メートルぐらいあると思うんだけど。
「ワオォオオオン!!」
ひと際大きな声で鳴くとフェネックの周囲に爆発的な風が吹き、砂が舞い上がる。
ドバーッと吹き荒れる砂嵐。目の前が何も見えなくなった。
砂嵐がおさまると、そこにはしっぽが巨大化したフェネックが立っていました。
「おお?!」
何かよく分からないけど、フェネックがデカくなったしっぽでアピールしてくる。
どうだ、すごいだろ。俺の方が大きいぞ。やーい、このちび助がー。
そんな感じで喧嘩を売るような視線を感じる。
ん~、これはあれかな? 動物の世界でいう俺の方がお前より優れているぞというアピール。子孫を残すための戦い的なやつ。
このフェネックみたいな生き物はしっぽの大きさで勝負をするのだろうか? まあいきなり攻撃されるわけではなかったので安心する僕です。
きっとフェネックは俺の縄張りだと主張しているのだろう。あのフェネックとこの世界の猫は同じサイズ感の生き物。同じ種族だと勘違いされてもおかしくはない。
「よし、穏便に済ませよう!」
やはり平和が一番。まずは相手のことを知ることから始めよう。
あのフェネック、そんじょそこらにいない強者感を醸し出している。魔力らしき力を感じることから魔物なのだろう。多分この木の枝に住んでいる一番強い個体だな。みんな怯えて隠れちゃってるし。
僕が出会ったことのある魔物は皆好戦的だった。問答無用で攻撃してくる頭のおかしいやつばっかり。会話なんで出来やしなかったよ。
だがあのフェネックは違う。戦わずにアピールする道を選んだのだ。多分相当知能が高い生き物だと思う。
その心意気よし。僕もしっぽを使ってアピール合戦に参加しよう!
「しっぽのび~る!」
しっぽを伸ばす僕。どうだ? 君と僕とは同じような大きさだぞ。お話しませんか~?
「?! ……キュワ」
一瞬驚く表情をするフェネック。するとコイツやるなという顔をしながらしっぽをさらに大きくし、長~く伸ばす。
僕も負けじとフェネック同様にしっぽをぐんぐんと伸ばします。
ふふ、体を使った会話は出来ているようだな。この魔物やりおる。
お互い巨大な木の枝をぐるっとして掴めるぞ~というサイズにまでデカくなった。勝敗はどっちなんだろうと思っていたところ、フェネックが動いた。
「……キャン」ニヤリ
「うお?!」
しっぽをゆらゆらと横に揺らし始めたかと思った次の瞬間、しっぽが二つに分裂していたという。
な、なんだとー?!
まるで手品のように僕を驚かして来たぞ!!
俺のしっぽは2本。お前は1本。その違い分かるよな? お前より俺の方が格上。そういう強者の余裕的な表情を浮かべるフェネック。
このままでは勝負がつかないと思ったのだろう。大きさから数の違いで攻めて来たようだ。
「し、しっぽが2本?! 猫にそんなこと………出来るな。うん」
「キャオ?!」
僕も負けるかとしっぽを増やします。
皆さん、猫又という猫の妖怪をご存じですか? しっぽが2本に分かれている猫ですね。
僕はそういうしっぽが複数ある猫の存在を知っているので真似すればいいわけです。はい2本。これでイーブンだよ。
「……ワオォオオオオオオオオン!!」
フェネックも負けじとしっぽの数を増やしていきます。
でも大丈夫。僕は妖怪じゃなく魔法が使える猫。魔法のしっぽは何本でも作れるのだ。
フェネックが増やした数だけ僕も増やせばいいだけです。魔力がある限り何又だろうといけますよ。今の僕猫なので。
「「……」」
フェネックが9本しっぽを生やしたところで動きが止まりました。
何かを考えているような悩む素振りをしながら僕をじっと見てきますね。
あ、何かを閃いたのかな? ニヤっと笑うとしっぽが華やかな色に変化していきます。オレンジとか赤っぽい色が混ざり始めました。毛皮がとてもカラフルです。
今度は美的なセンスの競い合い勝負に変更したのかな?
「おお。なら僕も派手にいこう!」
派手さで勝負を仕掛けて来たからには僕も負けないぞ!
魔力で光を生み出し、しっぽをよりド派手に目立たせて映えを狙う僕。遊園地のパレードのような光のイリュージョンをお見舞いします。
どだーっ!
…………おや? フェネックはお気に召さなかったのでしょうか。お前毛の色変わってないじゃん。ぷぷーっという顔でニヤニヤしてくるフェネック。
ぐぬぬ、このアピールは効果的ではないようだぞー!!
確かに今の僕にはあそこまで綺麗な色を作り出すことは出来ない。毛の色は変えられるけどフェネック程色鮮やかに出来ないのである。だから光を使った奇策に出たのだが、これが不味かったようだ。
よってこの勝負、経験の差が出たといえよう。
「ココッ!」
「にゃぬっ」
上機嫌で僕を馬鹿にしてくるフェネック。
ぬぬぬ、僕に勝った思ったのだろうか。ドヤ顔がうざったい。
アピールの基準は全然分からないけど、フェネックの中では既に勝敗が決したような雰囲気だ。今なら普通に会話を聞いてくれそうだなあ。
ん~。平和的に解決とは言ったけど、これはこれで何かムカっとする終わり方である。
負けたまま終わりなのは悔しいので、こっちにだって考えがあるぞー! というところを最後に見せつけてからお話しましょうか。
「ゴゥォオオオオオオオオ!!」
「キャア?!」
砂漠の猫で有名なのはスナネコ。砂漠の天使とも言われていますね。そこで僕は考えた。砂漠に適応した異世界ならではの猫になってみようと。
虎のような巨体でスーパーマッチョな最強ボディ、ライオンのようなカッコいいたてがみ、さらに世界まるごと怒りでぶっ殺すぞという覇気と意地でも負けないという気迫を持たせてみましょう。舞台も昼から夜に変更し、小悪魔的な可愛さも見せつけますか。ついでに空間も支配しとこっと。
よし、出来た。これですっごくカワイイうえに迫力満点な猫の出来上がりです!
「……質よりリョオオオオオオオオオ!!!!!」
ここからは僕のターン。
フェネック、しっぽの本数で勝負だ!!
綺麗な毛並みでは負けたけど、これなら負けないぞ~という分野で勝負を挑みます。
フェネックのしっぽは9本。なら僕は桁を増やして99本だな!
どんどんしっぽを増やしてアピールする僕です。
「ドヤァアアアアアアアアアアー!」
「……」ポカーン
……おや? フェネックの反応が薄すぎる。
全然足りなかったようだね。ならもう一桁増やして999本でどうだ!
ん、それ本物なのかって? 当たり前だよ、全部動くよ。ほら。しっぽ一本一本意識を持って動くんだ。その証拠にドーンと軽く地面を叩いて見るね。太鼓のリズムにのせちゃうぞー!!
ドドドドドドッドッゴゴゴゴゴゴゴゴ!
スド、バーン、グオオーン、ドガバグォオオオ!!
グラグラグラグラグラグラグラグラグラァアアアアアアアアア!!!!
「……」スッ
「あ、待って!」
反応はどうだとフェネックを見たら、姿が霞のようにゆっくりと消えていった。
魔法で幻影を作ってその場から逃げ出していたようだ。ふう、姿が消えるまで気付かなかったよ。高度な魔法だねえ。
もー、砂漠の蜃気楼みたいな技を使って逃げないでよ。ちょっと地面が揺れたからってびっくりしすぎだって。日本人はこんな揺れじゃびっくりしないよ。
そ・れ・に、まだ僕のアピールタイムは終わってないんだよ??
バリバリ―ンとフェネックが逃げた空間を全て猫パンチでぶっ壊し、フェネックを強制的に元の位置に戻しつつ僕のアピールを続けます。
急に僕が目の前に現れたせいか、それとも太鼓の振動にびっくりしたせいかまた逃げようとするフェネック。思ったより臆病な性格なのかな?
そうだ! 逃げないようにしっぽでグルグル巻きにしておこう。ちゃんと終わるまで見ててね。
よし、続けるね。ん、なんでそんなに震えてるの? あー、まだしっぽが少ないってこと? 違うとかいいつつもちゃんと首を横に振るフェネック。
なるほど、まだまだ足りない。そんな程度で自慢するなって意味だろう。
なら9999本に増やすか。
え、もういい? 次は999999本にするから待っててよ。見たいでしょ。もっともっと増やせるんだよ。まだ力の半分も見せてないからね。
空間に裂け目が出来て危ない? ああ、あれはよくあることだから気にしないで。地面が爆散するのも大きな音が出るのも猫に取っては遊びの範疇だよ。普通普通。
周りの石がない? あー、そこらへんにあった岩のこと? さっきの太鼓のリズムで砕けちゃったんだね。ちょっと音を大きくしすぎたかなあ。まあサラサラになって歩きやすくなったと思ってよ。
色々質問して来て僕としては嬉しいんだけどね、まだ僕のアピールはまだ終わってないんだ。あとでゆっくり話し合いしようよ!
「キャオーーーーーーーーーン?!!!!!!!!」
とまあこんな感じでフェネックとお話をし、勝負は互角。お前やるなあと新しいお友達が増えたんだ。仲良くなれる魔物も世の中にはいるんですねえ。
◆
毎日メンテのところに遊びにやって来る猫達。ナンス家の屋敷に入る前は必ず身体を洗うことが彼らなりの礼儀。今日も猫達がナンスの家の風呂場でメイド達に綺麗に洗われていた。
「なんかやたら毛並みが綺麗な子いますね。私初めて見ました」
「……どこから来たんでしょうね。あれ絶対どこかの金持ちの家の子ですよ」
「え、どの子?」
「ほら、あそこにいる子ですよ。あの子」
「キュワ……ン」
「……なんかあの子の鳴き声おかしくありません?」
「気のせいでは?」
「確かに個性的ですけど」
「それに骨格が猫というより犬に近いような気がしますし」
「うーん、どうなんでしょう」
「私飼ったことないので分からないです」
なんかすごい新入りの猫が来たなと興味を持つメイド達。そんなメイド達の前で先住猫が厳しい教育的指導を行っており、新入りの猫はビシバシと頭を叩かれていた。
「にゃ(よお新入り。てめえは一番下っ端な)」ビシッ
「んにゃお(こっちだぞ、早くしろ新入り)」バシッ
「キュナ……」
「な、なんかめっちゃしつけられてません?!」
「あんまり見たくない光景ですけど、あれって仲間と認められたからだと思うよ。……声変だけど」
「猫の世界も世知辛そう……」