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238話 「うちの猫が脱走してる?! あふたー」

 私はメイドです。名前は秘密。


 待ちに待った時間がやって来ました。これで仕事の疲れが吹き飛びますよ!



「今日のおやつは何ですか~?」

「え? 先程あなたの猫が食べてましたよ。あげたのではないのですか?」

「ムギぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!」



 最近うちの猫のムギちゃんが楽しみを奪っていきます。



「サボるから……」

「これは猫が正しいわね」

「ぐぬぬ……」



 サ、サボってたわけではありません。昼寝のときは横にいてとメンテくんにお願いされたから動けなかっただけです。少し目を閉じてただけですってば。


 そんな隙だらけの私を見ておやつを狙ったであろうムギちゃん。なんて頭の良い猫でしょう。


 決して無関係の人の分は食べないので被害に遭うのは私だけ。ぐぬぬ……。




「というわけでメンテくん。力を貸して!」

「えぐぅ~?」




 猫が相手ならメンテくん頼るしかないと判断しました。


 助けを求める相手が子供だろうと知ったことではありません!!


 ムギちゃんが勝手におやつを食べるのという話をするとメンテくんは笑っていました。


 う~ん、多分話が通じてないですね。仲良しだねぐらいに思ってそうです。ここは根気よくいきましょう。



「メンテくん猫のこと詳しいでしょ? どうすればムギちゃんおやつ食べるの止めると思う?」

「えぐ~?」

「えぐじゃなくてね。もっと何かない?」

「んぐ~?」

「何でもするからお願い」

「おっぱい?」ギラリ

「……はっ?!」



 急に鋭い目つきになるメンテくん。赤ちゃん感が消え、大人? のようなたたずまいを感じさせます。


 そして、私の背後から何者かの気配を感じました。



 こ、これは?!



 私はすかさず観察眼を発動します。


 ささいな変化を見逃さない。これが私の得意な力。メイドに必要な技能のひとつで観察眼と呼ばれています。


 頑張れば誰にでも使えるようになります。私の場合は、魔法と組み合わせているので普通の観察眼よりさらに優れた判断が出来ます。



 まずは隠れている相手を暴きましょう。



 首を少し傾け、目線を後ろの方向へ向けます。普段使っている視野は中心視野。その外側にある周辺視野を魔法で最大まで強化。これでほぼ背後の様子をハッキリと確認出来るようになります。


 ……困りました。相手は魔法を使っているのかぼやけて見えますね。


 あれはメイドに必要な技能のひとつ、隠密行動を使っています。見るだけでは何も分かりません。別の手段を使いましょう。



「あの子はどちら側かしら?」

「ふふふ、見ものですねえ」

「楽しみです」



 ヒソヒソと声が聞こえます。魔法で隠れてる人、物陰から音だけを拾っている人。こちらを伺っている人が複数いますね。


 みなさん無駄なところで力を使わないで下さい。私に音感のスキルがなければ気付きませんでしたよ。



 そして、一番警戒しなくてはいけないのは目の前のメンテくん。ママとかおっぱいの話をし始めた時に対応を間違えると大変機嫌が悪くなります。


 ここは奥の手を使うしかありません。



「実は私のおばあちゃんも困っているの。勝手に何でも食べるからムギちゃんのご飯を用意するのも大変だって。帰って来る時間もまばらだから毎日どうしようってね」

「……」



 ここは必殺、おばあちゃんが言っていた攻撃です。



「あとね、おじいちゃんもメンテくんに会いたがってたよ。近所の人もメンテくんと会いたいって待ってるよ。朝毎仕事があるたびにメンテくんのこと聞いて来るんだ。まだ時間あるし今からお外にお散歩でも行かない? みんなに会えたらラッキーかな」

「……………………はーい!」



 あ、メンテくんが元に戻りました。返事が遅くて一瞬ダメかと焦りました。


 私じゃなく第三者。当事者以外の人の頼み事による誤魔化しでピンチを乗り切れました。



「……チッ。正体を現さなかったな」

「うまく切り抜けたわね」

「どちら側に付くのかしら」



 ……こわっ?!


 これが例の裏切り者探しですか。中立、私は中立ですから!




 ◆




「じゃじゃーん、見てメンテくん。うちの家が新しくなりました!」

「ほーれほれほれ」

「きゃきゃ!」

「綺麗になってでしょ。中も変わったんだよ」

「ちょっとあなた、ズルいわよ。メンテくんこっちよ」

「きゃきゃきゃ!」



 私の給料をほぼ全部使っておじいちゃんおばあちゃんの家をリフォームしました。まずは外壁を綺麗にしました。穴があるなら塞げばいい。ムギちゃん対策です。


 さらに家の中も……って話聞いてないなメンテくん。おじいちゃんおばあちゃん甘やかし過ぎです。


 子供の笑い声が聞こえたのか、近所のじじばば達もわらわらと集まって来ました。


 これで散歩に出かけた目的は達成です。適当に誤魔化したことも事実になれば嘘ではなくなります。嘘を真実にするのもメイドの極意です。


 しばらくここでメンテくんに遊んで貰いましょう。私はちょっと休憩でもと思っていたら誰かが近づいて来ました。



「――さん。今大丈夫ですか?」

「あ、コームさん」



 話しかけて来たのはジモトノ工務店のコームさん。私がリフォームを依頼した人です。



「中の作業も終わりました。最終チェックお願いできませんか?」

「はい、わかりました」



 このコームさん、私と年齢近いのにしっかりしてるんです。親から受け継いだ店を切り盛りしてるみたいですよ。あと顔も思ったよりカッコいいし、心地よい声です。コノマチにこんな人好青年いるとは思いませんでした。


 私? 私はまだ十代の乙女ですよ。



「メンテくんおいで。家の中も見ていいよ」

「はーい!」



 メンテくんを家の中に連れて行きます。すると近所の人までいっぱい入って来ました。家の様子が気になっていたのでしょうね。ここ田舎だから噂が伝わるのが早いんですよ。


 綺麗になった家の中を見て、みんなおおっ! て驚いています。


 古くなっていた床や壁は張り替えて新しくしました。残したいと言っていた愛着のある柱を生かしつつ、古い物と新しい物がいい感じに融合しています。モダン風に仕上げたらしいです。


 他にも風呂やトイレも最新設備に変えました。ついでにムギちゃんのスペースも作っちゃいました。さすがにお金が足りなかったのでリビングの片隅に少しだけですが。


 それとコームさんにはムギちゃんが脱走する隙間がないか念入りに調べて貰いました。外に出るにはドアや窓を開けるぐらいしか方法はないようです。


 新しくなった部屋を見回りましたが問題なさそうですね。まさか1週間で完成するとは思いませんでした。仕事も早いし丁寧だし文句の付け所がないです。



 ここまでやればあのおやつハンターも何も出来ないでしょう。ふふふ、ムギちゃんが私を本気にさせたんですよ? 次のメイドの仕事のときが楽しみですね。ニヤニヤが止まりませんよ。



「はーい」

「どうしたのメンテくん? あ、ちょっとどこに…」



 私がニヤニヤしていたら急にメンテくんが手を引っ張って来ました。そのままコームさんに近づいていきます。


 え?! 何をする気ですか?!



「うお?!」

「きゃ?!」

「えぐ!」



 メンテくんがコームさんの手を握りました。メンテくんの左手は私、右手はコームさん。そのままぶらぶらと浮くメンテくん。まるで親子が手を繋いでいるような形になりました。


 叫び声を聞き、何事かと私達を見た近所のじじばば達の目が光り出しました。



「ほほう」

「これはこれは」

「春が来たのでは?」

「来年ひ孫に合えそうだわ」

「良かったねえ」



 何を勘違いしたのかコソコソ話さないでください。特に私のおばあちゃん、あなたが一番興奮してますよ。



「えっと、この子は……」

「この子は職場の子で、今お散歩してたんです。メンテくんって名前で……」

「職場? 確かナンス家でしたっけ?」

「は、はい。そうですね」

「ということはこの子がナンス家の子ですか。可愛い子ですね」

「あ、いえ」



 ……あれ? なんだか緊張してうまくしゃべれません。



「お子さん好きなんですね」

「可愛いですから…………。ち、近い?!」



 近い近い、コームさんの顔が近いです。なんだかコームさんの顔を見ると、顔が熱くなってきたような気がします。


 なんでしょうこれ。変な気持ちがします。


 戸惑っている私からメンテくんは手を放し、コームさんに喋りかけました。



「だご!」

「抱っこして欲しいのかな? 抱っこしていいでしょうか?」

「え?! えっと……いいかと思います。嫌がってないので」

「わかりました。メンテくんおいで」

「きゃきゃ!」



 コームさんに抱っこされるメンテくん。絵になるような光景です。私の頭の中でこのような未来がある予感がしました。よく分かりませんが不思議な感覚です。


 その後も私とコームさんが話しているとメンテくんが乱入して来ます。話が途切れたり、変な間が出来たときに限って話し掛けてくるような……?


 うーん、きっと気のせいでしょう。



「ところで今更かもしれないのですが……」

「はい? なんでしょうか」

「あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「え? 言ってませんでした?!」

「はい、娘さんとしか分からなくて……」

「あ?!」



 そういえば名前を教えてませんでした。依頼を出した時もファミリーネームだけ伝えていましたね。


 チラッとメンテくんを見ると変なポーズをしています。いけ、言うんだ。このチャンスを活かせ。恥ずかしがるな、勇気を絞り出すんだ! という力強さを感じさせます。


 私は衝動的に口を動かしていました。不思議とためらう気持ちはなかったです。





「わ、私の名前は――」





 この後のことはよく覚えていません。コームさんも私も顔が真っ赤だっような気がします。


 気が付けば食事に誘われて了承していました。外野のじじばば達の声がうるさかったけど何も耳に残らなかったです。


 私がぼーっとしてるとコームさんが近所のじじばば達に捕まるところが見えました。帰ろうとしたところを囲まれたようです。


 彼女はいない? 好きな食べ物は肉料理ならなんでもいい? 田舎のじじばば達の全く遠慮しないパワフルな力で個人情報を引き出しまくってます。コームさん彼女いないんだ……。


 それにしてもあのときのメンテくん。なんだか不思議と天使の姿に見えました。あと口元がニヤリとしていたのは見間違えだったのでしょうか?


 ……ってメンテくん?!




「忘れてた?!」




 今仕事中だったことをすっかり忘れていました。


 メンテくんを探すとすぐ見つかりましたが、なぜ一人でこの部屋に入ったのでしょう?


 あ、よく見るとメンテくんと一緒にムギちゃんもいますね。もしかして帰って来たムギちゃんをメンテくんが見つけて追いかけたのかな? それでこっそり誰もいないこの部屋に入ったのでしょう。それなら納得ですね。



「あぐあぐー(いっぱい設置したからどこからでも外に行けるよ)」

「にゃ~(ありがとにゃ。これで安心にゃ)」

「えぐ。えっばー(壁なくなったら魔法の効果消えるんだね。それにしてもあの二人いい感じじゃない?)」

「にゃにゃあ(あの人間のオス、うちのどんくさ娘をずっと見てにゃ。気があったに違いないにゃ)」

「きゃきゃ(こうも上手くいくとはね)」

「ふにゃあ(お膳立てしたんだからこれからもお菓子食っていいよにゃ?)」

「はーい(いいんじゃない)」

「にゃふー!(いえーい!)」



 なんか分からないけどメンテくんとムギちゃんが楽しそうにおしゃべりしてます。本当仲良しですね。


 ではお散歩は終わりにしてお家に帰りましょう。行くよメンテくん。






 翌日。



「今日のおやつは何ですか~?」

「え? 今食べてますよ。ほらいつもの子があそこで……」

「ムギ?! なんでいるの……って半分以上食べてるんですけど?!!」



 結局ムギちゃん脱走の悩みは解決しませんでした。



 後にコームさんとお付き合いすることになるのですがそれは別のお話ですね。悩みと幸福が同時にやって来るとは思いもしませんでした。今思えばメンテくんのおかげなのではないでしょうか。私からは以上です。


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