232話 「比較魔法 その3」
私はクラベル。
午前中はギルドの初心者講習に参加した。途中から私が先生になっていたが問題ない。
「うん。悪くはなかった」
色々な地形を利用した訓練は面白かった。あれなら若い冒険者も鍛えられる。徐々に参加者が増えるといいな。
昼食をとり少し休憩した後、私は目的地であるナンスの店を目指すことにした。
ここからは常に戦闘態勢。私の魔力がくっついていない人や物を見かけたらすぐに魔力を当てて比較する。
さすがに建物の中まで完全に魔力を拡散させるのは無理。それに今日コノマチを訪れた人にくっ付いていることもない。だから情報をこまめに更新する必要がある。私の比較魔法は情報との戦いだ。
「ついた」
私はナンス家の総本山たるナンスの店の前に着いた。でかいとしか感想が出ない。実家が何個も入りそう。
「きゃきゃ!」
「はっはっは!」
「ほほっ」
ナンスの店と書かれた大きな看板を見上げていると、店に親子連れが入っていくのが見えた。子供は何か見慣れない物に乗って移動している。
あれは魔道具だろうか? 昨日今日と子供連れの人が使っているのは見かけたが、どんな効果があるのかは分かってない。今日はそれも調べられたらいいなと思っている。
比較魔法を使ったところ子供は真っ白。親はややグレーに近い白。普通の親子だ。もう1人の近くにいたおじいちゃん? らしき男性には比較魔法が発動しなかった。なぜだろう?
もう一度魔力を当て直そうと思ったら店の中に入ってしまった。まあ年齢的に戦闘力はさほどないと思う。
昨日から店を観察してみたところ、様々な年齢層のお客が入っているのが分かった。職業も身分もバラバラ。冒険者の姿もよく見るので私も入りやすそうな感じ。
店から帰る人の手には大抵見知らぬ道具を持っている。魔力を当てると少し反応するから魔石が使われていると分かった。
あれがこの店で売っている魔道具か。王都や他の町では見たことがないものばかり。商人の娘なせいかすごく気になる。
店を訪れた人には笑顔があり、ただただ人気の魔道具屋にしかみえない。
……私、警戒しすぎ?
というのも訓練に参加した冒険者に昨日の話をしたら、怖いのはナンスに決まっていると即答されたからだ。犯罪者を見かけると実験と称して魔道具で暴れ、無関係の人まで巻き込まれるらしい。
私はまだナンスが暴れている姿を見ていない。小さい頃も噂でしか聞いたことがない。皆大袈裟に言って私を驚かせようとしたのだろうか? 謎は深まる。
店に入ると同時に魔力を拡散。あれもこれも魔道具、魔道具、魔道具。そこら中に物が溢れ返っている。比較魔法のおかげで私にはよく分かる。
「おお!」
この店は普通に品揃えにがすごい。確か王都にあるナンスの店は、家具が大半だったと父が言っていた。だがここは見たことがない道具だらけだ。
大きさ的にこっちが本店で王都が支店なのかもしれない。そちら方面の勉強はしていないので分からない。考えるより体を動かした方がいいのだ。母に頭まで筋肉で出来ているのと褒められたことがある。全身いたるところに筋肉が付ければ最強だ。やはり母は頭が良い。
入口付近には店内の地図がある。広いから迷わないよう場所を確認出来るらしい。ここは1階入り口の傍。階段が複数個所にあり、3階まであるようだ。
この建物、縦も横もとにかく長い。3階というが普通の家だと10階? ぐらいの高さがありそうだ。1日で見回れるのか? 広すぎて心配になるとは思わなかった。
まずは1階を探索。1階は家具がメインという感じだ。
「……(あれいいの?)」
マッサージ魔道具というコーナーにたどり着いた。大人たちがイスのような物に座りながら寝ている。特にお年寄りが気持ちよさそうに目を閉じている。魔道具を体験出来る場所らしい。
普通の店ではありえない光景である。高そうな魔道具を無防備に置いておくと盗まれるに決まっている。だが誰も盗もうとする気配がない。比較魔法で客の動きはよく分かる。
客のマナーが良いのか、それとも何かを恐れているのか。私には判断しかねる。
家具コーナーを通り過ぎると寝具売り場が見えて来た。ここでもベッドで寝転がっている人が多い。近くで子供が走っているということは大人がくたばって休憩していると私はみた。子供が元気すぎるのは平和な町である証。
ここに並べてある大型の家具は基本見本であり、買うときに新品を渡すようだ。持ち運びが難しい物は家まで運ぶサービスもあるらしい。
ではすぐ持って帰れる物はどうだろう。私は近くにあったベッドの付属品が並べられている場所を見ていく。
まずこの青い敷パッド。これは暑くて寝苦しいときに使用するもの。触ると涼しく感じる技術が使われており、繊維に特別な加工をしているらしい。色を見るだけでその効果が分かるようデザインされている。使い方がイメージ出来て分かりやすい。
他にも寒いときは熱が逃げにくい作りになっている敷パッドやシーツ、布団カバーもあった。色や素材もいっぱいあるので自分の好みな物が見つかりそう。
これらは手に取ると違いがよく分かる。色々な国や地域から来ているので、状況に合わせたものが売れることを狙った算段だろう。今の季節に関係ないものまで売られてる。
たしか両親が言っていた。販売機会を逃すと損をすると。これだけ人が集まるのだから欲しい物もバラバラなのだ。それに対応するために同じ物でも様々な種類を揃える。それを意識して商品が並んでいるのだろう。
「これいいかも」
いっぱい並んでいた商品を見ていたら私も欲しくなってきた。魔道具というと極端に値段が上がるもの。だがこの店だと一般人でも買える値段で売っている。クオリティの高いものばかりがだ。
この町を拠点とするなら家を買って家具を一式揃えるのはありだ。というか欲しい。それぐらい安いのだ。
今回は下見ということで買うのは止める。懐に優しい店と思わせて爆買いしそうな罠に引っかかるものか。こんな誘惑に私は屈しない。
で、でもいっこだけならいいよね……?
気付いたら1階を見回るだけで1時間以上経っていた。買い終わった品物をカバンにしまい、店内を見回すとそこらじゅうに時計がある意味が分かった気がした。
このままだと帰る頃には夕飯の時間になる。近くに階段があったので急いで2階を見回ることにした。1階はまた今度ゆっくり見よう。
2階は生活に便利になる道具がメインなようだ。
見たことのない魔道具がいっぱいある。中にはこれ実家で見た頃あるという物もあった。ということは両親はナンスの店に来ていたということになる。知らなかった。
私は昔から店に入ると弱点を探し回ることしか考えてなかった。あいつは弱そうとかこれで殴ったら気持ちよさそうとか。冒険者になってからは物を見ることが楽しくなってきた。両親もこんな気持ちで商品を集めていたのだろうか。
別の場所に移動すると、子供用の魔道具コーナーにたどり着いた。ここは親子や祖父母世代の人が多い。特に赤ちゃんグッズの周りは混雑している。この店はこういうところにも力を入れているようだ。
店の広さを生かして様々なジャンルの魔道具があるのだ。品揃えが強すぎる。さすが世界トップの職人と呼ばれるだけある。
ここは今の私には関係ないから次に行こうと思っていたら大きな声が聞こえて来た。
「ぶきはー?」
「武器は売っていないぞ。ここは魔道具を売っているんだ」
「ぼーぐ」
「防具もない。ここはただの魔道具屋。そういう専門的なものはないんだよ」
「えぐぅ~?」
親子の会話だ。子供が色々と父親に聞いているようだ。声の方を振り向いてみると子供がお父さんに話しかけまくっていた。それをおじいちゃんが見て微笑んでいる。親子三世代で買い物中だ。確か店の入口で見かけたのはこの家族だったはず。
「ふくはー?」
「服は服屋だ。ここにはないぞ」
「ほんはー?」
「本もないな。魔道具屋だからな」
「おかちは?」
「食べ物の取り扱いはしていないんだ」
「ほほっ。いろいろ興味があるようですな」
「そうみたいだ」
この子供は何でも聞きたくなるお年頃なようだ。可愛い女の子みたいな声だなあと思って振り返ると、黒い髪の子が男の子っぽい色の服を着ていた。あの子の性別はどっちなんだ? 私の比較魔法は魔力しか分からない。真っ白に見えるから普通の赤ちゃんなのは分かるのに。
それにしてもあの子供はやけに目に入る。なぜだが他の子供達より輝いて見えるのだ。この世のすべての可愛さがあそこに詰まっているみたいで不思議だ。
ここは子供たちが騒がしいけどほのぼのとした空気を感じる。子供が生き生きとしているのは平和である証。まあ少し見回してもいいだろう。だが、耳を疑う言葉が聞こえて来た。
「へーきは?」
「はっはっは、あるに決まっているじゃないか! ここをどこだと思っている。魔道具屋だぞ?」
「当たり前ですな。魔道具と言えば破壊兵器ですな。まさに専門店と言っても良いでしょう」
「あとでとっておきの物を見せてあげよう」
「ほほっ、楽しみですなあ」
「きゃきゃ!」
そう言っておもちゃコーナーに消えていく親子達。びっくりしすぎて比較魔法を使うのを忘れて見ていた。
あ、そういえばあのおじいちゃん色が見えなかったの忘れていた。私の比較魔法は目で直接見ない分からないのだ。物陰に隠れた相手を感じ取ることは出来ない。わざわざ追いかけてまで見に行く必要はないと判断した。
父親とおじいちゃんが子供を喜ばせようと冗談でも言っていたのだろう。その場しのぎでもしたに間違いない。子供に甘そうな顔をしていたからだ。子供との触れ合いを邪魔するなんて無粋だ。
「あ、これは……」
店に入る前に調べたいと思ったものが見つかった。これはベビーカーだったのか。浮いているのは魔力を感じる部分に何か仕掛けがあるのだろうか。
気になったので手で触って比較してみる。すると驚くべきことが分かった。
「全部同じ品質……?」
なんとこのベビーカーという魔道具、どれも魔力が同じ感じがするのだ。
普通魔道具と言えば同じ物であっても一個一個出来が違うものだ。出力の違いと言えばいいのか。それにバラツキがあるので個体差が出るのが世の常識である。
だがこの店で売っているベビーカーは全て均一。どれを買っても全く同じ性能なのである。違うの表面に塗ってある色ぐらいだ。
あり得ない。全部同じ品質の物を作っているとでもいうのだろうか?
もしそれが可能だというのならとんでもない職人がいるということ。この技術力がナンスということだろう。多分ナンス本人に比較魔法を使えば黒どころか真っ黒に見えるに違いない。
その後、この店で使われている買い物かごを入れて押すカートというものが同じ技術だと分かった。まさかこれもと思った私の勘は当たっていた。これを考えたナンスは天才だ。
昨日今日とここは時代の最先端とよく耳にしたが、今の私なら同意出来る。世界中から人が集まる町というのは本当のようだ。
「時間もあれだし3階に行こう」
3階は冒険者の姿が多かった。ここは外でも使えるような道具がいっぱいある。2階は室内で、3階は外で使う物がメインに並べられているようだ。
この3階は私のような冒険者御用達と言っても過言ではない場所。
まず目に入ったこれ。これはキャンプをするときに使う物だろう。見本みたいな感じで一式並べられたところに近づくと全部欲しくなってしまった。なんて罠だ。
どれもこれも便利なのが分かるような置き方をするなんて卑怯だ。まあニッチすぎるというか特定の人しか使わないだろうという物まで売っているのには驚いた。
私の周りに冒険者らしき人も少し高めの値段に悩んでいる。その気持ちよく分かる。男女別に使いやすくなっているし、右手用や左手用と細かい配慮もある。さらに全ての商品がオーダーメイドまで可能らしい。なんて至れり尽くせりの店なんだ。
あとで調べたところ、ギルドがナンス家に手出し出来ないのはそういう革新的技術を提供しまくっているからだそうだ。特に不思議なカバンはダンディさんしか作れないから手を出したら世界中が敵になると言っていた。皆が恐れる理由を知ったのはそういう経緯もあるのだろう。
3階は今すぐ仕事で使えそうなものが物が多い。少し買って帰ろう。そう思っていたらまた聞いたことのある子供の声が聞こえて来た。
「ぱぱは~?」
「ほほっ、少し急用が出来たようです。終われば戻ってきますぞ」
「すこし?」
「すこしですな。冒険者の依頼が……、いえ何でもないですな。すぐ戻りますので」
「へーきはー?」
「それも今は……」
言い訳をしているおじいちゃんの声を聞いた私が振り返ると、そこには今日よく会うせいか見慣れた子供がいた。先程2階で見た子だ。印象的だったので覚えている。3階まで来ていたのか。
どうやら2階にはこの子の欲しがるおもちゃがなかったようだ。この子の親達は大袈裟に言い過ぎたのだと思う。子供は真に受けるので発言は気を付けるべきだなと思う。
機嫌も悪そうなところを見ると父親と離れたのも原因みたい。見知らぬ私が手伝っても警戒されるだけだろう。ここは頑張れおじいちゃん!
……と、そのとき。
「えぐううううう!」
一瞬だが、この子供の姿が見えなくなった。
「……?!(えっ、何今の?!)」
無意識に使っていた比較魔法、それが原因か。それとも私のまばたきのタイミングが悪かったのだろうか。
私はこの子が一瞬だけ黒色に見えたのだ。見ているだけその闇に引きずり込まれて永遠に戻って来れないようなそんな初めて見る色の黒。
さすがにおかしいと思いまばたきの回数が激増する。
「てくじぃいいいいい」
「ほほっ、怒らないでください。旦那様も大変なのですよ」
ベビーカーから子供を出して抱っこしてあやすおじいちゃん。でも旦那様といことは本当のおじいちゃんではいのかな? まあそれはいいとして子供が泣き叫んでいる。私じゃどうにもならなそうなので見守ることしが出来ない。他の客もそんな2人の様子を見ていた。
と、そこで私は気付く。あの子に引っ付いていた私の魔力がなくなっていることに。
多分泣き叫んでいるときに体から魔力が溢れ出ているのであろう。魔力には魔力で対抗すればあり得る話。実際それをされると戦いづらいから。
この子は、子供にしては大きい魔力の持ち主なのだろう。私の魔力を弾き飛ばしたぐらいだ。気になったのでもう一度色を見て見たいなと魔力を拡散してみた。
すると。
私の魔力がコントロールを失って全て子供の手の平に集まった。
まるでそこに吸い込まれるかのように。
「ほーふく。びりびりー」ぺち
「ほほっ、ここでは皆様の迷惑になるので移動しますぞ」
よく分からないが子供は泣き止んでおじいちゃんと移動した。騒ぎはすぐにおさまった。
私は内心でびっくりしていた。子供の手が一瞬真っ黒に染まったように見えた気がしたからだ。何事もなかったの気のせいだろうとすぐに分かったが。
これは私の仮説。子供の近くにあった魔道具が魔力に反応したのではないだろうか。魔道具を使うと比較魔法で危険度をより強く感じ取ることが出来る。使う前の状態より使っている最中の方が魔力の総量を感じ取り易いのだ。
これはよくあること。この場所は魔道具が多すぎて見間違えたようだ。あんな小さい子供が黒に見えるはずがない。
広すぎて歩き疲れたのかもしれない。まだ回りきっていないから明日にしよう。こうして何度もこのナンスの店に通ううちにコノマチを気に入り、定住するとは今の私は知るよしもない。
帰り道、ギルドによると髪の毛がチリチリになっている冒険者を多く見かけた。どうやらギルドの入り口付近でスッ転んだ酔っ払いの冒険者の魔道具が暴発し、周囲の冒険者まで感電したらしい。その様子を見ていた通行人、特に子供が面白いと大声で笑っていたとかいないとか。
なんてうらやましい。私も一緒に感電したかった。慣れれば痛くない。やれば慣れる!
私の力説により初心者講習でビリビリを耐える訓練メニューが増えたが、1回やっただけで不評すぎて二度とこの訓練が行われなかった。なぜ?!
後日談。これはクラベルがコノマチに住むと決まったときの両親の会話である。
「あの子頭悪いけど大丈夫かしら? ナンスのいるコノマチに住むって連絡があったわ」
「性格の良い子だから大丈夫だ。多分」