231話 「比較魔法 その2」
比較魔法。
それは対象物の違いを比べる魔法である。些細な変化を感じ取ることが出来ることから、身体強化の派生した力と呼ばれることも。主に硬貨の偽造を調べるときに活躍している。
これが私の得意な魔法。というよりもこれしか使えない。
私の持っているスキルは4つ。一つ目のスキルは”比較”。
これは何かを比べることが優れている人が持っているスキルである。私の両親は商人。目利きの良さから受け継いだ自慢のスキル。
二つ目のスキル、”粘り”。
父は諦めない不屈の精神を持っていた。精神的に優れている人が持っていることが多い。だが私の場合の粘りは少し違う。私の粘りとは魔力に影響を与えるものであった。物に当たると魔力がくっ付いて離れない。
三つ目のスキル、”操作”
母はたくみな話術で相手をコントロールするのが上手だ。何かを操るときに優れた効果を発揮する人が持っていることが多い。私の場合は魔力に影響している。体から離れる瞬間に魔力の方向を自由に動かせる。似たようなスキルに魔力操作というものがあるが、あれは魔力の出力や強弱に関してなので別物。
四つ目のスキル”身体強化”
私も両親ともに疲れ知らず。そのため色々な場所に出向くことが多かったのはこれのおかげ。力や体力には自信がある。
この4つのスキルを上手に複合したのが私の”比較魔法”。
比較魔法を使うには、対象物に自分の魔力が触れるという条件がある。自分の手足で対象物に直接触れれば発動するが、対象物が体から離れていると失敗する。ようは近距離でしか使えないのが欠点。
私は遠くの対象物に自分の魔力をぶつけ、非接触でも魔法を発動出来るように工夫した。これで弱点を克服。鑑定魔法に近い効果があると思う。そんなオリジナルの比較魔法を生み出した。
身体強化魔法を発動すれば比較魔法も同時に発動する。これが派生していると言われる所以。私は相手を油断させるために身体強化と言わずに比較魔法とだけ呼んでいる。対人では非常に有効。
相手の弱点を探しながらぶん殴り続けるのが私の戦闘スタイル。商売上手の家系からバーサーカーが生まれて来たと言われるが私は気にしない。
「……比較魔法」
ギルドを出るとすぐ私は魔法を使う。
まずは体全体を魔力で薄く引き延ばすように覆う。その魔力を膨らませながらわざと破裂させることで拡散させる。空気がいっぱい入った風船に針を刺して破裂させるイメージ。これで私の魔力が広範囲に飛び散る。
人は無意識に魔力を出している。体を動かしたり感情の揺れがあるときによく魔力が溢れ出るものだ。これが魔力の残滓と言われるもの。私は幼いころからこれの真似を出来ないかと練習を繰り返して来た。その結果、極小サイズの魔力を飛ばすことで魔力の残滓の再現が可能となった。
強すぎる魔力の痕跡があればバレる。分かる人には残滓サイズの魔力ですらすぐにバレるものだ。だから私の魔力を拡散をしていることがバレそうになったら、たまたま溢れ出しただけだと誤魔化している。私は未熟ですと嘘でカモフラージュすることで魔力を飛ばす力があるのを隠している。誰にも言ったことのない私の秘密。
私の魔力はいい感じに飛び散った。コノマチの半分近くは覆ったはず。コノマチの反対側で同じようなことをすれば町全域を覆えるだろう。
これで離れた位置にある物ですら比較する条件が整った。
やはりスキル”身体強化”と”操作”の相乗効果はすごい。普通の人の数倍遠くに魔力をまき散らせるのだ。
観光しながら比較魔法を使っていく。まずは近くにいた若い冒険者に狙いを定めた。
ギルドに入ろうとする若者とすれ違ったとき、一瞬だけ相手を見る。
「……(白い)」
私が比較出来るのは、魔力の大きさやその質の良さ。隠している魔力も感知することが出来る。
比較の基準となるのは私。私よりも大きな力を感じ取れば黒っぽくなり、私より少なければ白っぽく見えるのだ。色が変わるのは私のくっ付けた魔力。色が変わったと感じるのは私だけなので相手に悟られたことは一度もない。
ちなみにだが直接相手に触れたときのほうが精度は高くなる。戦いでは大雑把に分かればいいのだ。詳しく知りたいなら相手を殴りまくれば解決する。
話を戻そう。この若い冒険者は弱い。もっと鍛えるべき。
基本的に魔力量が多い人ほど熟練者の傾向にある。手強い相手だ。
今見た冒険者は私がくっつけた魔力に気付いてすらいない。すぐに魔力が消えないのは”粘り”の効果。魔力の大きさにもよるが数日間は残ったままだ。分析はここまででいいか。
「……(歩きながら観察しよう)」
私はギルドで忠告されたヤバそうなやつを探してみることにした。
ギルドからコノマチの中心、大通りと呼ばれる場所に向かって歩く。道行く人々は白っぽい人が多い。一般人は基本的に白く見えるもの。戦いなど無縁の生活だからだ。
逆に武器を携帯している、戦闘の心得のある人などは少し色が黒よりになる。比較魔法を使えば誰が強いかなど私にはまるわかりだ。
あそこにいるのはどこか誰かの護衛だろうか。上手に変装して見張っているようだが私の目は誤魔化せない。でもあれぐらいの相手なら問題ない。私より弱いから。
それにしても白い人が多く見える。王都だとスリを働こうとする人がおり、そういうやつは魔力が不自然な動きをするのですぐ分かる。コノマチではそういう人物が見当たらない。治安が良いのだろうか。
「……!?」
たまたま見た酔っ払い冒険者集団の中に灰色がいた。これは私と対等、もしくはそれ以上の実力の持ち主ということ。サボりとかではなくそこそこ出来る連中だったようだ。
他にも同じような実力のある冒険者を何人を見かけた。コノマチの冒険者でも割と強いやつはいるようだ。クソみたいな冒険者しかいなかったら拠点を変えていたであろう。
冒険者の強さの質は合格だと思う。町で大きな問題が起きても対処出来るであろう、あとは性格がどうなのかが問題。こればかりは比較魔法が使えないのでしばらく滞在することになるだろう。ヤバそうなのが1人でもいたら去る準備をしよう。
そういえばギルドで話したあの人たちの実力を調べていなかった。どこかで会ったときにこっそりと使ってみよう。
しばらく歩いていたが、皆が恐れるような人物には出会わなかった。相手は人じゃないとか、先輩冒険者の嘘だったということもあるだろうけど。
「あっ」
ぶらぶら歩いていたら鍛冶屋を見つけた。私の経験則だと武器や防具関係の店を調べるとその町の冒険者のレベルが分かる。だから初めて来た町に着いたら必ず寄る私の定番スポット。
店の中に入ると日に焼けた筋肉質なおじさん、いやおっちゃんが出迎えてくれた。
「へいらっしぇー」
「こんにちは(おお、黒よりだ!)」
私の比較魔法だと、良い職人ほど黒色に見える。それは物を作るときに魔力を使った作業をしている証拠。ここは信頼出来る腕の持ち主がいると判断した。
人の次は並べられた商品を見る。このとき同時に魔力を拡散させながら比較魔法を使う。さすがに建物の中まで魔力の残滓は入らない。窓が開いていれば別なのだが。
「こ、これは……?!」ごくり
「ほぉー、真っ先にそれを見るとはお目が高い姉ちゃんだ」
びっくりした。普通に王都の高級店にありそうな魔法効果のある布製の服や鉄の防具がズラリと並べられていたのだ。
しかも値段も安い。王都だとこのレベルの品はなかなかないと思われる。人も多いから窃盗事件が起きてもおかしくないはず。
このように比較魔法を使えば特殊な物とそうでない普通の物との違いも分かる。よく両親の手伝いで品選びはしていた。これで殴れば強そうだなと。
「店主、こちらの物はいったい……」
「これか? こりゃオーダーメイドの失敗作だな」
「失敗作?! にしても安すぎないか?」
「もしや姉ちゃんは来たばかりなのかい?」
「なぜそれを……?!」
どうしてバレた?!
「コノマチの店は、昔から他の店と協力し合って商売させて貰ってるのさ。ライバルというより一緒に町を盛り上げようとする仲間というわけよ。外から来ると驚くらしいがねえ」
私の反応でよそ者だと分かったそうだ。逆に比較されて負けた気分だ。
店主にいろいろ話を聞いたところ、この店では魔法の付与サービスというものがあるらしい。防具に特殊な魔石を使うことでプラスアルファな効果を与えるそうだ。
失敗作はこの効果が予想と違った結果になったからだそうだ。使えないこともないので一応販売しているらしい。
「まあうちが出来る付与はスキルの関係で服や防具だけよ。武器なら直接ダンディさんのところに行った方が早いかもしれんぞ。特殊な付与の原料やお金に余裕があればの話だが」
「ダンディさん?」
「なんだ、姉ちゃん知らないのか? ナンス家のダンディさんだよ。魔道具職人の」
また出たナンス家。ナンス家ってどこかで聞いたことがあるんだけど思い出せない。
「ダンディさんというよりナンス家がまず分からないんだけど……」
「え、そうなのか?! てっきり姉ちゃんの使ってるそのカバンからファンかと思ったんだが」
「これ? ……あ」
さすがにここでナンスについて思い出した。
ナンス家。それはこの国どころか世界で一番有名な魔道具職人の名前。その職人の店で売っているのが私の見た目以上の物が入るこの不思議なカバンだ。
私が子供だった頃、王都の店に被害が出たから金を出せと城に魔道具で攻撃をしまくっていた。むしり取ったお金でさらにパワーアップさせた攻撃を繰り返す。実験実験言いながら国王を脅しまくっていた覚えがある。そのせいで王都の警備が厳重になったのは有名だ。
最近はそういう話を聞かなくなっていたのでナンスと聞かれてもピンと来なかった。王都から引っ越したのだろうか。
「ナンスの店っていうのはコノマチにあるの?」
「あるもなにもコノマチで一番でっけーとこだよ、見りゃ分かる目立つ建物さ」
まあそんな予感はしていた。さっそく行って見ようと考えていたら店主が話しかけて来た。
「そういや姉ちゃんは宿は予約したのか?」
「まだ着いたばかりだからしてないよ」
「ナンスの店に行く前にしたほうがええぞ。安全なところは今頃争奪戦だ」
「え?」
ナンスの店の近くだと魔道具の実験に巻き込まれて店ごと吹き飛ぶそうだ。安全な場所にある宿は人気なので争奪戦が勃発、それ以外の宿だと安いが身の安全を保障出来ないらしい。
こうして私は宿の争奪戦に参戦し、無事確保したのである。だが時間を掛け過ぎて日が暮れて来ている。
お腹が減って来たなあ。コノマチ名物の料理探しでもしよう。
おお、これはうまそうだ。屋台がそこらじゅうにあるから買い食い出来そうだ。やはり旅の醍醐味と言ったら食べ物だ。
もうナンス家は明日でいいかと頭の片隅に追いやった。今日は料理を楽しもう。