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225話 「えんとつさん その3」

 俺はえんとつ。今日は久しぶりにメンテの家にいる。


 突然だが子供部屋にいた猫が俺も含めて全員外に連れて行かれた。


 どこまで歩くんだと聞いたら庭と言っていたがこれ全部メンテの家の敷地らしい。俺が町にいた頃の縄張りより広い気がするんだが……。


 外ではたくさん人間達が運動をしている。ここが目的地? らしい。


 え、俺も一緒にやる? 体を鍛えるため?? 俺人間じゃなくて猫だが。


 よく分からないが俺も運動をすることになった。


 組み手? 複数相手の連携?? 陣形の作り方???


 それ運動といういか戦闘訓練じゃないか?


 何のために訓練をするのか聞いたら戦いに備えてと言われた。本当に戦闘訓練かよ。


 敵は何だと聞いたらそのうち分かると言われた。メンテを見たらえぐぅ~? と言いながら首を傾げていた。カワイイ。



「では準備運動から始めますぞ」



 確かあれはタクシーと言う名前の人間だ。その年寄りの声に合わせて集まった人間達が走り出す。


 先輩猫が人間と一緒に走り出したのでとりあえずついて行く。



「ほほっ、猫達もやる気があふれていますな」

「たくじぃー」

「ほほっ。これをどうぞ」

「はーい! もぐもぐ……」



 メンテとタクシーが運動している人間や猫の様子を見てしゃべっている。


 あの2人は教官? ここでは教官の指示に従うのがルールらしい。


 どこから持って来たのだろう、ソファーと呼ばれるフカフカの椅子にメンテが寝転んでいる。


 わざわざ外まで運んだのか? 重いのによく持って来れるな。


 ソファーは人間が座っていなければ猫達で奪い合う人気の場所。そこでメンテはお菓子を食べながらくつろいでいる。贅沢な使い方だ。


 どうやらメンテはこの訓練に参加せず見ているだけのようだ。


 お菓子の次は飲み物を要求し始めるメンテ。さっきから一歩も動かず飲み食いしている。この教官、全然仕事してなくないか? 


 おーい、タクシーさん。さっきから甘やかし過ぎー。



「まずは基礎となる体力作り。人間達の後に続いて走り続けるんだ! 新入りは次回も参加だからまず慣れることから始めるぞ」



 走りながら俺達に話し掛ける先輩。グレーと呼ばれる初期組の猫が色々と教えてくれる。


 おかげで今日はやたらと顔見知りの猫がいる理由が分かった。


 この訓練は新入りの恒例行事だそうだ。


 俺も新入りなのか? と聞いたら名前貰ったからと言って新入りは新入り扱いのままらしい。未だに俺の立場は低いのか。


 落ち込んでいたらグレー先輩が話しかけて来た。



「お前元気そうだな。明日も走ろうぜ!」

「えっ?! 運動は苦手なのでちょっと……」

「お-、残念」



 グレー先輩に勧誘されたが断っておいた。ここでイエスと言えば派閥に入ったとみなされるからだ。




 今の俺の悩みについて話そう。それは猫の派閥問題だ。


 派閥というのは、猫の仲良しグループのこと。性格が似通っていたり、共通の趣味を持っている猫達の集まりである。町だと強い猫について行き勢力を拡大させるのが派閥だった。だがここでは派閥の意味合いが全く違う。


 この群れでは主にこのメンテの家に来て何をしたいか。その考え方の違いで様々な派閥のグループが存在するのだ。そこに序列は関係ない。特殊な環境のせいかそうなったのだと思う。メンテは部活動でもしてるの? と言っていた。その言葉の意味は分からなかったけど。


 どこかしらの派閥に入ることで上下関係が若干緩くなったり、協力関係を築きやすくなる。また色々な情報を派閥内で共有出来ることが最大のメリットだ。


 グレー先輩の場合、体を動かして遊びたい派閥に属している。というかその派閥の長で代表だ。


 この派閥は主に運動することを目的としている。比較的に若い猫達が加入しており、考えるより体を動かして楽しもうぜという猫が多い印象だ。


 この遊びや運動大好き派閥に入ったら毎回これに参加しないといけないんだろ?


 見ろよあそこの集団。やたら筋肉が膨らんでいるマッスルな猫。


 どれだけ鍛えたらああなるんだ?


 一目で運動好きな派閥に関係するって分かるんだが。


 俺はそこまで全力で運動する気はない。たまに動ければ良いと考えている。


 こういう感じで派閥に入ることにデメリットもある。


 自分に合った派閥を見つけないとひどい目に遭う。俺を含めた新入り猫は皆頭を悩ましているのが共通の話題だったりする。



 派閥についての説明は以上だ。それを分かった上であちらの猫を見て欲しい。



「はぁ、はぁ」

「まだ序盤だぞ。頑張るにゃ」



 新入りや運動大好き派閥以外にもこの訓練に参加している猫がいる。あの猫は太ったからダイエット目的で参加している。


 体型で分かると思うが、あれこそ最大派閥の食派の猫だ。


 この天国に来る目的は食事。食べることが最も重要と考える猫の集団の一匹だ。


 最初はこの派閥に入ろうかなと思ったのだが、数が多すぎて上下関係が全く変わらないことが分かった。


 さらに太る猫の割合が圧倒的に高い、代表のシロさん……いやシロ先生が怖いなどなど。俺にとってメリットが少ないという問題があった。


 しばらくこの派閥は様子見しておこう。興味はあるんだがデメリットも多そうだし。



 猫の派閥について考えながら訓練を続けると、メンテとタクシーが指を差して何かをしゃべっていた。



「たくずぃいいいいい」

「どうなさいましたか?」

「あえ」

「おや、まだまだ元気そうな者がおりますなあ。もっと厳しく……、いや最初からやり直すべきでしょうか」

「やりなおし」

「お、やり直しですな?」

「はーい!」

「みなさん、やり直しですぞ」

「やりなおせ。このくちょやろー」



 メンテ教官が珍しく仕事をしている。


 この厳しい訓練を楽々にこなしている人間がいることが原因?


 ああいうやつが一人でもいると群れの団結力がなくなるんだと怒っている。


 気持ちは分からないでもないが完全に人間側の問題だ。何度も言うが俺は猫。巻き込まないで欲しいんだが……。グレーさんもそう思いませんか?



「いいか。ここでは人間も猫も関係なく平等。連帯責任にゃ。もう一度最初からやり直しだ!」



 あ、聞く相手間違えた。


 このあとは地獄であった。何回やってもメンテはやり直しと連呼するのだ。


 初めて上手に伝えられたとニコニコ笑いながら同じ言葉を繰り返すメンテ。カワイイ声だが言ってることは鬼畜そのもの。


 しかも途中からこっちを向いていなかった。ごろ~んと仰向けにソファーに転がり、空を見上げながらやり直ししか言わない。小さい声で「日光浴最高~」って言ってるの聞こえてるからな。


 おい、メンテは覚えたての言葉を嬉々として使ってるだけだ。早く気付いてくれタクシー!!




 ……うお?! 危なっ。


 何かにつまずいたと思ったら太った猫が倒れていた。


 俺も含め町に住んでいた猫はそれなりに体力がある。生きるために必要だったからだ。


 だが教会の猫は飼い猫なので運動不足気味だ。特に食派と思われる脱落猫にその傾向が多い。


 てかこの坂道を何回登らせるつもりなんだ。アスレチックとかいうやたら作り込まれた木のエリアがきつい。早く終わってくれー!


 何回もやっていたらさすがに終了となった。未だにメンテは「やり直し」としか言わない。とんでもない教官だ。



「ほほっ、では次は戦闘訓練ですぞ」

「きゃきゃー!」

「「「「「にゃ!(ヒャッハー!)」」」」」←運動派の猫達



 まだ続くの?! 休憩くれー!!


 運動派の猫達だけは嬉しそうに興奮していた。


 さすが教官ってどこに褒めるところがあったんだ? メンテの評判が無駄に高くて謎だ。


 この派閥には入らない方がいいのかなと思った。






 訓練が終わると皆で風呂場に直行。


 基本的に綺麗になったらすぐ出て行く猫が多い。だがもっとやれと人間に要求する猫達がいる。


 それが美を目的とした派閥だ。


 美こそ飼い猫の在り方。美しくなるために日々努力を怠らない。ある意味人間社会に溶け込むことに特化した集団である。


 この猫達は美猫が多い。オスもメスもびっくりするレベルで高い。


 派閥に悩んでいた俺は少し話を聞いてみる。


 この派閥のメリットは、人間に気に入られると毎日泊まれることらしい。


 ほ、本当か?!


 メイドと呼ばれる人間に気に入られた猫が存在すると教えてくれた。


 そんな方法で地位を上げれるのかと驚いた。


 この方法を考えたメンテは素晴らしい! とこの派閥でもメンテの評判は良かった。


 美に関して考えた事なかったけど、この派閥はありかもしれない。






 風呂から上がり、廊下を歩く俺。するとある集団に遭遇する。


 お前もやるか? と近づいて来たのは最大派閥、食派に属する先輩猫だった。



「何をすればいい?」

「ここに来る人間に媚びるんだ」



 誰かが来たらお腹を見せて誘惑するらしい。するとエサが貰えるそうだ。こっそりと食べ物をくれる人間がいるとは知らなかった。


 興味が沸いたので派閥について聞いてみた。


 一言で食派と言ってもその考え方は様々ある。この集団ではいかに貰える量を増やすのかと日々研究しているそうだ。


 メンテはこのような猫達を見ても怒らない。むしろもっとやれと言うので堂々と媚び始める猫が増えた。そのため食派ではメンテは神扱いされていた。


 試しに俺も媚びてみたが何も貰えなかった。


 全然相手にされないし見向きもされない。心が折れそう。


 なかなか面白い経験をした。食派の中にも俺と気が合いそうな猫もいるんだな。





 媚びるのを止めて子供部屋に入る俺。


 どこでくつろごうかと探していると目の前を子猫が通り過ぎる。楽しそうに遊んでいた。


 あー、そういえばこの派閥もあったな。


 この天国に子育てをするために集まる猫がいる。それが子育て派だ。親猫はほぼ全員参加している。中には他の派閥と兼任する猫もいるようだが。


 この派閥は、みんなで育児やその悩みを解決しようという考えで動いている。親世代だけではなく、年を取った猫の多くが属している。運動派と比べて落ち着いた猫達の集まりといえよう。


 最近では子猫だけを天国に残すわけにはいかないと教会に帰らず居座っている。メンテから長期の滞在許可が出ているお墨付きの派閥だ。


 まあ今の俺は関係ないから入れない。子供がいないから。


 でも子育てをするときにお世話になりそうだから挨拶は欠かさない。怒らせたら将来が怖いのだ。皆それを分かっているので不満を言う猫はいない。


 ついでだから子猫の相手もしてやろう。それそれ~。


 そんなことしてたら子猫やその親猫と仲良くなれた。


 派閥とは違う質問をしてみよう。人間の姿のときのメンテはどう思うのかを聞いてみた。


 意外にもこういう答えが多かった。


 抱っこされたら動かなくなる姿が首根っこを掴んで移動する子猫の姿とそっくり。だから人間の姿をした子猫ねと。


 ここでのメンテの評判はただの子猫だった。


 本当にそうか? と思うのは俺はおかしいのだろうか。





 子猫と遊んで疲れたのか、それとも訓練の疲れが急にきたのか。すごく眠いので休憩する場所を探す俺。


 ……あまりいいところがない。


 それもそのはず。ここは快適な生活を送る派の集団が陣取っているからだ。


 町で住む猫なら分かる。屋根もあり食べ物もあり天敵もいない。そんな天国で静かに過ごしたくなる気持ちが。


 この派閥では、良い場所で過ごしたい猫が協力し合って成り立っている。特に温かい場所は奪い合いが激しいのだが、この群れに入ると圧倒的に有利になる。みんなで場所を奪い取って分け合う縄張り意識の高い集団なのだ。


 また新入りが知らない秘密の場所も教えてくれると噂がある。派閥に入った猫だけが教えて貰えるそうだが嘘か誠かは知らない。


 やっていることは町の暮らしと変わらない。そのためか新入りが多い印象だ。


 俺としてはありな派閥だと思う。そういうことは町で慣れているからな。


 それとメンテの評判は良かった。快適な場所を増やしてくれるから嬉しいって。


 俺はこの天国を使っていいというだけで感謝している。





 このように猫にはたくさんの派閥がある。


 運動、食事、美しさ、子育て、快適さなどの5つの派閥が特に大きい。


 どこに入ろうかと悩んでいたら衝撃の集団を見かけた。


 運動は好きな時だけ、食事は好きなだけして良い、美しさを保つために人間に色々やってもらえる、子育て派にも参加している、快適空間が約束されている。


 そんな究極の派閥があったのだ!!



 それがフワフワポヨンポヨン派。



 滅茶苦茶太った猫の集団である。


 メンテの兄に気に入られた特別な存在、それでありながら他の人間にも愛されまくっている。どこに行っても人間達に可愛がられる。


 まさにこの天国のマスコットと言える猫であった。



 こ、これだー!!



 俺が探していた派閥はこれだったのか。


 時代は太った猫だー! と食べまくったら皆にダイエットしろと怒られた。


 フワフワポヨンポヨン派はああ見えて筋肉がすごいがお前はただのデブ猫だと。


 解せぬ……。




 最終的に俺は全ての派閥を掛け持つことにした。というか先輩猫も普通に掛け持ちしていたのだ。


 群れのトップが自由すぎるから派閥選びもゆるゆるだった。もっと早く教えてくれよ。


 以上。えんとつの派閥調査でしたにゃー。



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