221話 「釣り」
前回までのお話
うさぎ「この飯絶対渡さねー!!」
私の名前はレディー・ナンス。3人の子を持つ母親よ。
今日は末っ子の遊び相手をしている。名前はメンテちゃん。パパとママ離れが出来ない1歳の男の子。とても甘えん坊でみんなに可愛がれているわ。皆甘やかしすぎな気もするけれど。
今は私の膝の上に乗って全然離れない。疲れたのかしら? 目がとろ~んとして寝そうなんだけれど。そろそろ夕食の時間になるから起きていて欲しいわね。
メンテちゃんの他に長男のアニーキー、長女のアーネの2人の子供がいるわ。お友達と遊ぶ方が楽しいって2人とも出かけたわ。手が掛からないから楽ね。それに比べてメンテちゃんはまだまだ赤ちゃんよねえ。
夕方になってアニーキーとアーネ2人が同時に帰って来たわ。バラバラの時間に出かけて行ったのに。
「ママー。ただいまー!」
「ただいま」
「おかえりなさい。二人で帰って来るなんて珍しいわね」
「うん、みんなで釣りしたー」
「教会の友達と川で遊んでたんだ」
「……えぐ?」
釣りとか川という単語が聞こえた途端、メンテちゃんがピクッと動いたわ。興味を持ったのが分かりやすい。なんて単純なの。そこが可愛いのだけれど。
「まんまあ」
「どうしたのメンテちゃん?」
「ちゅり」
「釣り? 釣りが気になるの?」
「いく」
「行く? メンテちゃん、釣りって何か知っているの?」
「えぐぅ~?」
二人が遊んで来たのが分かったメンテちゃんは一緒に行くと言い出したわ。釣りが何かを分かっていないのに。
「メンテに釣りは無理だよ」
「ねー」
「ううう……」
メンテちゃんが泣きそうな顔をしながら私の顔を見上げて来る。どうしても行きたいらしいわ。しょうがないわね。
「次行くときメンテちゃんを連れて行ってくれないかしら?」
「絶対嫌だよ。だいたいメンテが釣り竿持てるわけないよ。重いからね。それに歩いたらすぐ疲れるじゃん。この前なんて家から店に行くまで歩いたら途中でバテてずっと抱っこされたでしょ? ずっと抱っこやおんぶしろって無理だよ。それに川に落ちたら危ないしさ。水の事故は怖いの知ってるでしょ。何するか分からないメンテの面倒なんて見切れるわけないって」
アニーキーがサラっと正論をぶちかましたわ。さすが私の子。
コノマチの中にも川は流れているわ。そこから少し上流に向かうと自然が広がるスポットがあるの。定番のお散歩コースだけれどメンテちゃんの体力のなさを考えると途中で寝ちゃうわね。
「ママといったらー?」
「まんまあ……」
「ママはお仕事があるから忙しいのよ」
「えー。行けばいいじゃん」
メンテちゃんが私が川に行きたくないのを感じとったのか可愛い声で甘えてくる。そういうところを敏感に感じ取るのが上手ね。
それとアーネ、その意見はもう言わないように。なんで? と言ったら明日のおやつ抜くわよ。あと魚の匂いがひどいから早くお風呂に入りなさい。アニーキー、あなたもよ。ぼさっとしない。そして、私が行きたくない理由も察しなさい。
ふう、やっと二人ともお風呂に行ったわね。魚だけでなく泥臭かったわ。
「ただいま」
「あら、いいところに」
丁度良いタイミングでパパが帰って来たわ。昔パパと川でデートしたことがあるの。魚が可愛いと言った次の日に川を氷漬けにして魚を乱獲してたわね。こんなの釣りより簡単って言っていたから釣りに詳しいのは間違いないでしょう。全てパパに押し付けちゃいましょう。
「はっはっは。そういうことならパパに任せなさい」
「きゃきゃ!」
釣りに行けると分かってメンテちゃんが喜んでいるわ。機嫌も良くなったし早くお風呂入って来なさい。メンテちゃんも一緒にね。
「タクシー! 次の休みの日はいつだ? なるべく大物が連れそうな天気の良い日を教えてくれ」
◆
数日後。
コノマチの入り口付近の道にて。道のど真ん中に小さな男の子がいた。ベビーカーに乗せられているが周りに親はいなかった。
そこに1台の馬車が通りかかる。
「うわ?!」キキ―ッ。
「おい、どうした。急に止めるんじゃない。危ないだろうが!!」
「み、道に子供が」
「あ? なら見て来い」
馬車から出る太っちょで偉そうな人物。とても高そうな服とアクセサリーを見せびらかしながら馬車を引く御者に命令を出した。道にいる子供を確認させた。
「親はどこだ?」
「最初から見当たりませんでした」
「はあ? 親の怠慢だな。引き殺せ」
「しかし……」
「貴族の言うことが聞けないっていうのか?! たかが御者の分際で口答えを……」
ドゴーーーーン!!!
その瞬間、太っちょな貴族は遠くへ吹き飛んだ。
あまりに急な出来事に御者は目で追うことが出来なかった。なぜなら太っちょな貴族と入れ替わるかのように老人が立っていたからだ。この老人の足から煙が立ち上がっているように見えるが……。
「ほほっ、高いエサに獲物が食いつきましたぞ」
「きゃきゃ!」
「……」←ポカーンとする御者
御者はこの老人が何を言っているのか分からなかった。あと子供は笑っていた。
「はっはっは! 見ろ、脂がのった特上の魚だぞ」
「え?!」
馬車の方から別の男の声が聞こえて来た。いつからいたのだろう。馬車の中を物色しているようだった。
「見ろ、金貨……じゃなくて卵がいっぱいだ。これは雌の魚だな!」
「おお、これはなかなか大きい獲物でしたな」
「いや、あなた方は何を?!」
「きゃきゃー!」ポチポチポチポチ!!
「ぎやああああああ?!」
ドドドドド!! と御者に向かってベビーカーから攻撃が放たれた。馬車に向かうのを止め、命かながら逃げ出す御者。必死すぎて謎の老人にぶつかって倒れ込んだ。
「ほほっ、主人を間違えましたなあ」
「しゅ、主人?! あんなの主人じゃないですよ。俺はただ雇われただけで……」
「なるほど。人件費を節約をした結果、あなただけが雇われたようですな。護衛も従者も連れて来ていないのは不思議でした。たしかにこの辺りは盗賊は出ませんからなあ。なかなかの知恵を持った魚のようです」
「おかげで油をため込んだ大きな魚に育ったのか。これは珍しい。高級なエサの役目もバッチリこなせていたぞ。さすが我が息子だ」
「きゃきゃー!!」
貴族を魚という謎の集団に困惑する御者。あと子供は笑っていた。
「ほほっ、あなたは賢明な判断をしましたな。コノマチに害する魚ならあれと同じようなことになっていたでしょう。それと毒を持った魚の集団とは関係なさそうですな。小さな魚はキャッチアンドリリース。大きくなったら捕まえましょう。ようこそ、コノマチへ」
「は、はあ……」
なぜか解放される御者。意味が分からない。どっかに飛ばされた貴族は要らないからせめて馬車だけは返してくれと言ったら普通に返された。馬も震えながらついて来た。静かに振り返って吹き飛ばされた貴族の方角を見ると……。
「金目の物かと思いきや偽物しかありません。残念ですぞ」
「はっはっは。見た目だけ派手な魚だったな」
「食べられるところがありませんな。牢屋に向かって蹴り飛ばしますぞ」
ドゴーン!
「きゃきゃー!!」
「ほほっ。今日は大きな魚の集団がやってきますぞ。毒を持っているから注意ですぞ。しっかり準備をしましょう」
「はっはっは。今日の釣りは大量だ!」
御者は何も見なかったことにした。その後、コノマチで違法な薬物を持ち込もうとしていた集団が大量に捕まったらしい。
コノマチはヤバいと思った御者。絶対悪い事はしないと心に誓うのであった。
「まんまあー!」
「おかえりメンテちゃん」
「ちゅり、たのちかった(釣り楽しかった)」
「良かったわねえ。何が釣れたのかしら?」
「ぷっくらにゃさーな(ふっくらした魚)」
「……なんて言ったのかしら?」
「はっはっは! 大きな魚が釣れたと言っているんだよ」
「はーい!!」
「あら、そうなの。良かったわね。魚料理楽しみだわ」