216話 「季節魔道具 暖房編」
前回までのお話
冷房が涼しかった
まだ外が明るくなる前の朝。
「ううううう、さっむ?! 昨日はアホみたいに暑かったのに……」
今日の平均気温は0度。前日は35度を超える猛暑日だったのだが、今では口から出る息が白くなるほど寒くなっていた。異世界ではあるあるの激しい気候の変化である。
自分の部屋から出たアニーキーは子供部屋へと向かった。子供部屋は一定の温度で保たれた快適空間である。子供部屋というが元々あの部屋はリビング。つまり居間である。風呂、トイレ以外のことなら何でも出来るリビングである。ただ子供の物が多すぎて子供部屋と呼んでいるのだ。
「うううー」
アニーキーが部屋を出るのとほぼ同時にアーネも部屋から飛び出して来た。
「あ、お兄ちゃんおはよー。寒すぎるよ」
「アーネおはよう。昨日夏用の布団出したら寒すぎて死にそうだよ」
「冬来た?」
「来たんじゃない? 早くあそこ行こうよ」
「分かったー」
冬は来るもの。異世界では常識である。
「さむぅううう、うわあ……」
「お兄ちゃん……」
子供部屋に入った二人。すると昨日と同じ光景が訪れる。思わず顔を見つ合う二人であった。
「なんか昨日より増えてない?」
「あー?! お兄ちゃんあそこ」
「あそこって?」
「エアコンの前ー」
「……ん」
エアコンの前を見るとメンテが寝転がっていた。そして、その周りに小さな猫達が群がっているのであった。
「すごーい。小っちゃい子がいっぱいいるよ」
「あれ子猫だね。昨日はいなかったと思うんだけど」
「見てー! メンテが子猫と一緒だよ」
「うわあ、メンテが猫に子猫扱いにされてる。あそこだけ密度がおかしい……」
エアコンの暖かい空気の出る前には子猫とメンテが陣取っていた。その子猫の周りに親猫らしい猫が集まっているようだ。子育てしない猫はエアコンの前から追い出され、部屋の隅々に散っている。今日は昨日の倍以上の60匹以上の猫が集まっていた。
「メンテおはよー」
「……」チラッ
「あ、メンテ起きてたー」
「目だけこっちに向いたね。でも全然動く気なさそうだよ」
温かい場所から動こうとはしないメンテ。末っ子である彼は本能のまま動く赤ちゃんなのだ。
「あ、パパだー」
「え? 父さんいたの?」
「はっはっは。二人とも今気付いたのかい?」
部屋の隅っこにいるのはアニーキー、アーネ、メンテの父親であるダンディだ。
「パパ―。なんでそこにいるの?」
「エアコンの暖房用の魔石をとって来たら猫がパパの周りに集まっていてな。今日のパパは人気者だなと思っていたらメンテと猫達にあっち行け邪魔だとここまで押し出されてね。どうやら皆エアコンの暖房のスイッチをつけて欲しかっただけらしい。パパは肩身が狭いよ、はっはっは……」
「パパがんばったねー」
「父さん……」
可哀そうな父親の姿があったという。
「そういえば父さんに聞きたかったんだけど、この猫のグッズはどうするの?」
「まあ合格なんじゃないかな? 昨日置いたという話は聞いたがここまで馴染んでいるとは思わなかったよ。ここに来る猫達は警戒心がないうえに協力的だから助かるよ」
「この猫達どんだけ賢いんだよ……」
異世界の猫は賢いのだ。二人の会話が終わるとアーネが待ちきれなかったのだろうか。アニーキーの服を掴んで強引に移動されようとし始める。
「お兄ちゃん、あっち行こ―」グイグイ
「え、俺もエアコンの前行けって? あそこ危ないよ。昨日はミスネがボコボコにされてたし」
「でもメンテいるもん」
「あれは特別だって。猫に赤ちゃん扱いされてる人間なんてメンテしかいないよ」
「えー。一緒に行こうよ」
「父さんと行ったら?」
「パパ邪魔だからあっち行けってなるから無理―」
「はっはっは……。アニーキー、行くだけ行ってあげなさい」←しょんぼり
ダンディの提案により、グイグイとアーネに引っ張られるアニーキー。猫達はその様子を見ているが動く気配はないようだ。
「えい!」
「危ない?! ……え?」
アーネはゆっくりとメンテに近づく。すると何事もなかったかのようにメンテの横にたどり着いた。
「やったー!」
「おお、本当だ?! 昨日は近づいたらめっちゃ怒ったのに……」
「えへへ、今日は大丈夫みたい。ここ暖かーい!」
「いいなあ。じゃあ俺も俺も」
「「「「「しゃあああああああ!!!!」」」」」
「なんで?!」
アーネとメンテは猫に子供扱いされているがアニーキーはダメらしい。アーネはメンテと一緒にごろんと床に転がった。その周りにメンテや猫が集まっていく。温もりいっぱい、子供だらけの可愛いの空間の出来上がりである。
俺もあそこで温まりたいとくやしそうなアニーキー。すると子供部屋のドアが開き、誰かが入って来た。
「みんな、朝ごはんの時間よ」
やって来たのは子供達の母親であるレディーだ。どうやら朝ごはんが出来たらしい。
レディーが部屋に足を踏み入れる猫達がササッと動き始める。彼女の動きを邪魔してはいけないとまるでモーゼが海を分るかの如く、猫達が道を作り出す。
「あらあら」
レディーが温かい空気の出るエアコンの前に向かうと何も障害物はない。すぐにメンテとアーネのもとにたどり着き、自分の子供達の頭をなで始めるレディー。
「メンテちゃんおはよう。ここは暖かそうね」
「えぐぅ」ぎゅっ
「アーネも起きなさい。時間よ」
「えー。ちょっとだけ」
「食べ終わってからにしなさい」
「はーい」
レディーがやって来ると急に甘え始めるメンテとアーネ。しょうがないわねえと少し休憩した後、レディーはメンテを抱っこしつつアーネを連れて食堂に向かった。するとこの部屋にいた全ての猫達も一緒に移動を始める。こうして子供部屋に猫は1匹もいなくなった。まるで嵐が過ぎ去ったかのように。
以下はこの様子を呆然と見ていたアニーキーとダンディの会話である。
「……行っちゃったよ」
「アニーキー、いいかい? あれが本当のボスの姿だ。部屋がどれだけ変な状況だろうがどっしりとしているんだ。だからみんな気を遣う。それに比べ男の扱いは雑になる一方だ。もはや気付かれもしなかっただろう? アニーキーも将来気を付けるんだぞ」
「うん、何となくわかった」
今日もナンス家は平和であった。




