198話 「子猫の死闘 その3」
魔物は後ろ足に力を込め、僕に飛び掛かって来る。ほほう、真っ向勝負がお好みか。すさまじい轟音とともに地面が爆発し、僕にすごい勢いで近づいて……来れなかった。ひっかかったな!
「えい!」
「――グォ?!」
僕は猫土魔法を使い、魔物の後ろ足に落とし穴を掘る。その結果、魔物は地面から一瞬足が離れ空気だけを蹴った。力を解き放つ一瞬の隙。そこを狙った完璧なタイミングで魔法が発動したことによる空振り。それがこの轟音の正体だ!
空気を蹴っただけでこの音の大きさはやばいと思うけどね。成功して良かった。
魔物はバランスを崩して動きが止まる。それでも僕を睨みつけながらすぐに動き始める。空振りした後ろ足を無視し、巨大な前足の力だけで強引に突っ込んでくる。後ろ足がダメなら前足で動けばいいだろ? と全然隙を見せてくれない。本当冗談みたいな身体能力の高さにびっくりだよ。
「猫バリア!」
「グフゥ?!」
ズシィーーーーーン!
僕は魔物の前方に猫の顔をした巨大な猫バリアを作る。僕を中心とした広範囲な守りを可能とする猫結界とは違い、猫バリアは任意の場所からの攻撃防ぐ事に特化した猫魔法である。前足に力を込めただけのタックルだと僕に近づくことが出来ないようだ。これで魔物の動きの完全に止まったぞ!
「グルオオオオオオオオオオ!!!!」
「――!!」
魔物は動けない事を理解した途端、毛をもぞもぞ動かして僕に毛を飛ばす魔法を使った。かかったな、僕はそれを待っていたんだ!
シュシュシュシュ!! ズドドドドドドドドドドドドドド!!!!
「(うわっ、どこからでも飛ばしてくるのか?!)」
魔物の魔法攻撃の瞬間を僕の目はしっかり捉えた。あの毛がどこから飛んで来るのかをはっきりと。
僕がこの魔物の一番ヤバいと思っている問題。それはどこから魔物の毛が飛んで来るのかだ。魔物の体のどこかに毛を発射する場所があり、そこから毛が飛んで来る可能性を僕は考えていた。だってあの威力おかしいもん。そこを把握していればある程度魔物の動きが読めるし立ち回れると思うんだよね。
だが現実は非情だった。魔物の毛があるところであれば自由に飛ばすことが出来る。つまり全身どこからでも発射可能。……これ答えが分かっていても対策しようがなくない? どの方向も危険じゃん。最悪だ、安全地帯なんてどこにもなかった。
僕がこのように考察をしている間、猫バリアにどんどん魔物の毛が突き刺さっていく。そしてすぐに限界を迎えた。数秒も持たないの?!
「――?! 猫バリアーッ!!」
僕は猫バリアが壊されそうになる前にまた新しい猫バリアを作る。それを何度も繰り返して10個ぐらい作ってやっと攻撃を防ぐことが出来た。なんて威力なんだよ。
「ひええ……」
でもね、僕はしっかり見ていた。まさか何本も同時に、しかも連続で何回も毛を飛ばせるなんて聞いてないよ?!
このまま毛がなくなれば攻撃が止むんじゃないと思ったけど、飛ばした後の毛は長さも変わらず毛自体なくならない仕組みだった。攻撃する瞬間に毛先が針のように鋭く伸びていき、その針になった部分だけが飛んでくる。この攻撃、毛が抜けて直接飛んできているわけではないと判明した。
どうやらあの魔物の毛はただ動くだけでなく、針のように毛をツンツンに急成長させる魔法も使っているみたいだね。こんな現象初めて見た。未知の魔法だ。
魔物が今まで全力で毛を飛ばす魔法を使っていなかったのは僕を舐めていたからかな? それとこの魔法に絶対の自信があったからであろう。だから今魔物はこれも防いじゃうの? みたいなびっくり顔をしている。うむ、やっぱりあの魔物には感情がありそう。僕はこの隙を逃さずに猫バリアをいっぱい作って魔物を囲んだ。足止めしつつ様子をうかがうぞ!
「グォ?! グルルルォオオオオオオオオオオ!!」
魔物はすかさず全方向に毛を飛ばす魔法を使った。僕はもっとそれを知るために見る。見る。見る。見る。見る!!
「(――見つけた!!)」
そして、僕は発見する。あの魔法は毛の長さによって変化する。魔法で伸ばした毛が長ければ長い程、鋭く威力も大きくなっていく。猫バリアに刺さった毛の状態でしっかり確認がとれたぞ。これは重要な情報だと思う。
なぜ分かったって? だって僕は赤ちゃんじゃん。見るのは得意なんだよ!
少し攻略の糸口を見つけたかもしれない。と思ったら魔物がニヤリと笑った。すると右前足を軸にして横に回転した。まるでコマを回すかのように体を動かして猫バリアを全て一撃で薙ぎ払った。は? 何あれ。聞いてないんだけど……。
◆
「グルオオオオオッ!!」
「にゃ?!」
猫バリアを破壊した魔物の見た目が完全に変わっていた。全身の毛がうごめき、毛が逆立っている。サラサラヘアーのお利口さんからどこぞのヤンキーになったかのような印象だ。魔物から謎のオーラとか変な音とか出ていないのにここまで変化するだろうか? 僕にはただ毛が動いただけにしか見えないのに何かが違うんだよなあ。
んー、よく分からん。けど先程まで無かった圧迫感と嫌な予感がする。あれはいったい何のスキルで何の魔法を使っているのだろう。正直魔法を使っているのかどうかも分からない。初めての戦闘だし経験不足すぎてね。
おっと、そんなことよりこっちに魔物来たよ。本当しつこいねえ。
「猫バリアー!!」
「ガアアアアアッ!!」
僕は魔物の周辺に猫バリアを設置し続けるが、バキーン! といとも簡単に壊され続ける。魔物は毛を飛ばさずに己の肉体の力だけで対応してきた。先程までとは比べ物にならないパワーを見せつけて来るぞ。もう完全に猫バリアの強度がバレているみたいだ。
うーん、これはヤバいなあ。あの魔物も僕と同じように相手の力を見ていたのかもしれない。全然油断しないどころ慎重すぎて恐ろしい。今更ながらこの世界の魔物の危険性を実感したよ。
「グルアアアアッ!!」
「うおっ?!」
ズシイイイイイイイン! ズシイイイイイイイン!
魔物の前足が地面を叩きつけるたびに森が揺れまくる。木々は倒れ、岩を砕き、耳が痛くなるような轟音がそこらじゅうで発生する。夜中なのに小さな生き物が一斉に目覚めて避難を始めた。僕も逃げたいんだけどそれは許されない。他の生き物なんて見もせず僕だけをしつこく襲って来る。
チラッと魔物の叩いた地面を見るとクモの巣のような超巨大なひび割れが出来ていた。それだけでなく地中で何かが爆発したのかな? っていう盛り上がりもあった。でも地面から魔力を一切感じないんだよなあ。よってこれは物理的な力だけで起きた現象なんだろう。いやいやいや、前足だけで地震起こすとかどんなパワーの攻撃だよ?!
厄介なのはパワーだけではない。魔物の動きにキレが今までより増しているような気がする。何もかも今までの攻撃と違い早すぎる。あと爪もそうだが牙も思っていたよりヤバかった。木も岩も地面も何でも関係なく嚙み砕く。あの魔物絶対肉食だな。生き物なんて真っ二つになるよ。
でも今のところ何とかなっているのは、僕の体が小さくて狙いづらいからかもしれない。魔物の肉体を使った攻撃は基本的に単発だ。一撃でも当たればアウトだが避ければなんとかなる。物陰にかくれてヒュイっと回避し続ける。今の僕にはそれしか出来ない。
ズドーン! シュババババ!!
「うにゃ?!」
うお?! 危なっ。毛を飛ばす攻撃の対策を早く考えねば。物理的な攻撃と同時に毛が飛んでくるのがきつい。ほぼ勘というか運で回避している。多分長く持たないぞ。
毛を操るだけであんなことになる? あれは何の魔法なんだ? 全然分からない。頭を使いすぎておっぱいが欲しくなってきた。…………ん? なんだっけ。何かが引っかかるぞ。最近あれと同じようなことをしている人を見たことがあるような……。
あー、思い出した。おっぱいで思い出したぞー! あれだ!!
◇
「ままあー」
「おっぱいはないわよ」
走って近づいて来るメンテをスッと避けるレディー。メンテは必死に追いかけるがレディーに触れることすら出来ない。目の前にいるのに近づくと風のように消えてしまう。大きな動きをしているわけではないのに気付いたら別の場所に移動している。メンテは混乱しつつも何回も近づくのだが、全て無駄であった。
この勝負、最終的にメンテは足がもつれて転んでしまう。もう体力の限界なのだ。
「うえええええん!」
「はいはい、泣かないの」
しょうがないわねえとメンテに近づくレディー。よし、今だとメンテが立ち上がろうとすると、おでこに乗せられる1本の指。その力でメンテは全く動くことが出来なくなる。
「おっぱい! おっぱい!!」
「ママ忙しいの。あっちで遊んでなさい」
「うえええええええええええん!」
◇
あの後は僕が立ち上がると同時にドアが閉まった音がしたんだよね。僕の母親は動きが信じられないぐらい早くなったりする時があるんだ。他にも漫画やアニメの世界かよってぐらい力が異様に強くなるときもあるよ。今の状況はこれとそっくりだ。
なんとなくだけどあの毛を動かす魔法の正体が分かったかもしれない。あれは身体強化の一種だと思う。誰かは忘れたけど身体強化にも個人で差があり、全身強化出来る人もいれば部分的に一部だけを強化出来るって聞いたことがある。僕の母親も足とか指先だけを強化しているの見たことあるしね。
毛も体の一部。だからあの魔物は毛を強化している可能性が高い。またほぼ全身が毛に覆われているから部分というより普通に全身の身体強化しているようなもんじゃないか。僕はそう仮説を立てた。
「……にゃ?(ん?)」
と、ここで僕はある気配に気付いた。おや? 人間が近づいて来るぞ。確かあれはさっき死にかけていた冒険者だね。逃げればいいのに何で戻って来たんだろう。今から試したいことがあるのに邪魔だなあ。よし、こういうときはこの魔法だ!
「猫の霧」
僕は周囲に黒い霧を放つ。これは町に行った時に犬に使った魔法。世界を闇の世界へと変化させるいたって普通の目くらましの演出。僕の姿を見えないように隠しちゃえば多少見られても問題ないよね。よし、バトル再開だ!




