180話 「媚び媚びベイビー」
前回までのお話
猫の縄張り争い? そんな物騒なことはなかったよ。
ここはアニーキーの部屋の前。メンテが遊びに来たようだ。
「あにきー!」ドンドンドンドン! バシバシバシバシッ!!
……ガチャ。
「この乱暴な叩き方、やっぱりメンテかあ。そう何度もドアを叩かなくてもいいんだよ?」
「えぐぅ~?」
「早く言葉が分かるようにならないかなあ……」
幼い弟の何も分かっていなさそうな顔を見たら諦めるしかない。メンテが”えぐ”と言えば、全てが”えぐ”となる。この家、いやメンテを知る者の常識である。
「入りなよ。何か用があるんでしょ?」
「はーい! こえよーで(これ読んで)」
「ん、何これ?」
メンテの手から何かを渡されるアニーキー。それはギルドに忍び込んでゲットしたコノマチのガイドブックである。メンテが部屋に来た目的は、アニーキーにこれを読んでも貰うことだ。
「これどこにあったの?」
「はーい!」指プイ
「勝手に俺の部屋のやつ持っていっちゃったの?! 悪いことしたらダメだよ。……でも俺こんな本持ってたっけ??」
「きゃきゃー!」←アニーキーを無視して部屋の中に入るメンテ
「あ、もうしょうがないなあ~」
何だかうやむやにされたような気がするけど、きっと部屋にあったんだろうなと思うアニーキー。メンテは嘘をつかないピュアハートの持ち主だと知っているからだ。そのため発言が疑われることはなかったという。
そう、これこそ”ガイドブックはアニーキーが持っていた物にしちゃえ大作戦”である!
急にメンテがガイドブックを持っていたら変に思われる。なにせメンテは力のない普通の赤ちゃんを演じているのだ。疑われるような行動をしない方が賢明である。だがメンテは読みたい。むしろ誰かに読んでもらいたい。お願いすれば中身を詳しく教えてくれることを知っているからだ。勝手に持って帰って来てから扱いの難しさに気付くのであった。後先考えないところは赤ちゃんっぽい。
そこで昼間に堂々と読む方法を考えた結果、兄貴に借りた事にしようと考えたのである!
アニーキーの部屋に入るとベッドの上に移動するメンテ。そして、すっごい可愛い顔でアニーキーを見つめ、母性本能をくすぐる赤ちゃんにしか出せないきゅんきゅんボイスで甘え始めるのであった。
「あにき~?」
「何?」
「こえ。これよーで」
「もしかしてこれ俺に読んで欲しいの?」
「はーい!」←ニコニコ
「どれどれ。ん? やっぱり俺この本見たことないような……」
「えぐ~?」←本に近づきまくるメンテ
「あーもう。そこにいると俺読めないでしょ? だからメンテはここ。よっと。膝の上に座っててね」
「きゃきゃ!」
兄が大好きだから感を出されたらアニーキーも悪い気はしない。ご機嫌取りが上手な弟である。
「んー、これギルドのことがいっぱい書いてあるね。やっぱり俺この本初めて見るんだけど……。ねえメンテ、本当にこれ俺の本? もしかしてさっき嘘ついたの?」
「んぐ」←内心焦りながら指プイするメンテ
「え?」
「……にゃ?」
メンテが指を差した方にいたのは、よくアニーキーと一緒に寝ているモフモフな猫である。よーくガイドブックの表紙を見ると、猫が咥えたような傷跡が残っていた。とっさの判断で猫のせいにしたメンテである。
だが実際猫の姿のメンテが持ってきたので猫が持ってきたのは嘘ではない。昨日の帰り道、しっぽをブンブンしすぎて落ちそうになったのを口でキャッチしたときの傷である。
なんやなんや? と不思議そうに2人を見つめ返すモフモフな猫であった。
「もしかしてさっきメンテは部屋じゃなくて猫を指差してたのかな? ということは俺の本じゃなくて猫が持ってきたって事? え、待って待って。うわあ、本当に噛んだあとあるじゃん。これ怒るに怒れないや。夜来てくれなくなるのは嫌だし……」
「えぐぅ~?」←心配そうに見つめるメンテ
「あ、ごめんごめん。やっぱりこれ俺の本だったみたいだよ。今読むから待って」
「きゃきゃー!」
アニーキーお気に入りの猫がガイドブックを持ってきたなら強く怒れないだろう。少し計画は狂ったがこれはこれであり。こうして嘘がバレるのを回避しつつ、ガイドブックは兄貴の持ち物にする作戦は成功したという。
その後、この本はアニーキーに貰ったのと言いふらし既成事実化していく。前にも同じようなことあったため何も疑われることなく、コノマチのことを堂々と調べられるようになったらしい。
◆
「はーい! あちょぼー」
「……?」
「こえぼー(これであそぼ―)」
「んー」プイっ
今日は、チクバさんとナジミちゃんの2人が僕のお家に遊びにきました。僕はナジミに遊ぼうと猛烈なアタックを仕掛けます。
この家族を忘れている方がいるかもしれないので心のメモでも。偉い人なので全力で媚びますよ!
【フルク・オッサーナ】
ダンディと古くからの親友、親しみやすそうな顔のおじさん、現在はこの町長
【チクバ・オッサーナ】
レディーの竹馬の友、優しそうな雰囲気、現在はフルクの妻
【ナジミ・オッサーナ】
フルクとチクバの娘、年齢は僕より1か月ほど下
「メンテくんすごーい。臆せず近づいていくわ。ナジミ固まっちゃったわよ(笑)」
「ナジミちゃんは人見知りしているのかしら」
「そうなの。今もメンテくんの顔を見ようともしないでしょ~? ナジミは他の子とあまり遊ぼうとしないのよね」
「メンテちゃんはアーネとよく遊んでいるから慣れているのよ。もうちょっとしたらアーネが来るからみんなで遊び始めるんじゃないかしら?」
「そうね、アーネちゃんならありそうだわ」
「はーい!」
「……」プイっ
「あちょぼー」
「やー」プイっ
ナジミに嫌がられても積極的に話しかけるメンテ。僕はナジミのこと嫌いじゃないよと母親たちにアピールを頑張っていた。今日も絶好調な媚び媚びベイビーである。
「そういえばまた大変なことが起きたらしいわね」
「それ町のこと? レディーは耳が早いのねえ」
「……んぐぅ?!」
遊びつつも母親たちの会話をしっかり盗み聞きするメンテ。気になるものは気になるのだ。
「フフッ、聞いたわよ。今度はギルドで事件があったそうね」
「そうなのよ。フルクから聞いた話だと、ギルドの2階で何かが爆発して周囲の建物に被害が出たらしいわ。新しく来たギルド支部長も一緒に吹き飛んだそうよ」
「あら。それは災難ね」
「保管していた高価な物が全部吹き飛んだって喚いていたらしいわよ。でも具体的に何があったのかは答えようとしないから怪しいってフルクがね。それと他の職員から、この新支部長が魔法耐性の建物を無理やり止めさせたのが事故の原因って話も出てるの。調べれば調べるほど余罪が出てきて今大変みたい」
「また支部長が変わりそうね……」
「本当退屈しない町だわ」
話を聞き終わったメンテは少しホッとしたという。そして、僕あの夜ぐっすり寝てたから何も知らないの。えぐぅ~? という表情でレディーに近づいて行った。まさか本当の犯人がこんな近くにいるとは思うまい。だってこんなに可愛いベイビーなのだから。
「ままー!」
「どうしたのメンテちゃん?」
「おっぱい!」
「…………え? 今ナジミちゃんと遊んでたでしょ? 急にどうしたの??」
「おっぱい! ぱいぱい!」
「そういえばメンテくんってまだ乳離れしてないんだっけ? 可愛いわね」
「ぱいぱいぱいぱいぱいぱいぱいぱい!」
「ああもううるさいわよメンテちゃん。早く吸いなさい」
「きゃきゃー! ちゅぱちゅぱぱ~」
「あらあら、大変ねえ。ナジミはだいぶ前に卒業したわ。もう要らないんだって」
「すごく羨ましいわね。メンテちゃん全然卒業しようとしないのよ」
「まあそのうちするでしょ。可愛いのは今だけよ」
「おっぱいは今だけ、そう思ってからもう1年経ってるわね……」
急におっぱいを求めるメンテ。母親たちは苦笑いするしかない。人前ならレディーが強く出れないだろうと見込んでの行動であった。が、実はナジミの気を引くための作戦なのだ!
すっごく嬉しそうな顔をしながらナジミをジロジロ見るメンテ。そして、お尻をふりふりしながらおっぱいを吸い始めた。どう? 僕ってこんなにママに愛されてるんだよ? いいでしょ~。僕これが一番好きなことなんだ。君は何が好きなの? とナジミにアピールしまくるのであった。いや、ただ楽しんでいるだけかもしれないが。
「……」
おっぱいを吸って幸せそうなメンテをガン見するナジミ。だんだんと羨ましそうな表情になっていく。そして……。
「まみー」
「どうしたのナジミ?」
「おっぱい」
「……えっ?!」
「おっぱい!」
「ナジミはもう卒業したでしょ?! 急にどうしたの??」
「……」ガサガサ
「えっ?! 何をしてるの?!」
何も言わずチクバの服の中に潜り込もうとするナジミ。それを阻止しようと必死になるチクバである。
「ちょっとメンテちゃん?! ナジミちゃんにうつっちゃったじゃない。早く止めなさい!」
「ちゅぱちゅぱ」メキメキメキ……
「くっ?! どこにそんな力が?! 恥ずかしいから早く離れなさい。メンテちゃん、メンテちゃーーーーん!!」
今日も母親たちの戦いは続く。




