176話 「猫の縄張り その5」
「到着ー!」
僕とシロ先生の2匹は、教会の猫達と別れて今回の目的地であるギルドにたどり着きました。大きさは僕の家の次ぐらいに大きい木造の建物ですね。ところどころ石で出来ている部分があってファンタジーっぽい印象を与えます。そんな見た目です。
「……なんだか静かね。誰もいないのかしら?」
「僕がみんなから聞いた話だと、このギルドは来週オープンするんだって。だから今は準備中なんだよ」
「へえ」
「というわけで今からこの建物の中に潜入したいと思います! 猫探知で人がいないことは確認済みだよ」
「人がいないほうがメンテに都合が良いってことね」
「うん。そういうこと」
ギルドの中の安全性を確認すること今回の目的なのです。もし僕の正体がバレて逃亡するときも建物の構造を知っていた方がよいでしょうし。ついでに設備とかもチェックしちゃおうっと。完成する前なら調べたい放題なのだ。
よし、まずは建物の周辺をチェックするよ!
2匹でグルっと建物を1周してみますが、猫が入れそうな小さな隙間もありません。裏口っぽいドアはあったけど鍵掛かって入れなかったです。残念。最後に正面の大きなドアを確認しましょうか。
コンコン。ドンドン! ……しぃ~ん。
「まあ当たり前だけど閉まってるよね。防犯対策はバッチリかあ。じゃあ魔法で入ろう、猫ドア~!」
「ドアに魔法のドアを付けて強引に入っちゃうのね……。戸締りなんて意味ない行為なのよ」
「うん。まあ壁に猫ドアを作っても良かったけど、今日は堂々と正面入り口から入っちゃおうよ。よ~し、行くよシロ先生ー!」
たとえ鍵をかけも僕の前では無意味なのです。僕は猫なので自由に侵入しちゃうんだ。こうして僕達は堂々と正面の大きな入口からギルドに入ります。
では、おじゃましまーす!
◆
建物の中に入ると、目の前には広い空間が広がっていました。天井も高くて広いですねえ。まあ今の僕が小さいというのもあるけど、ここに大人100人ぐらい余裕で入れちゃうと思いますよ。なんだか前に父やタクシーと訪れたときより広い気がするよ。もしかして建物の面積が広くなったのかもしれないね。あとでそれとなくギルドについて聞いてみよっと。
「へえ。広いわね」
「そうだね。何があるか見ていこう」
では中の確認をしていきますよ。まずは僕の正面から。入口のそばには、受付カウンターや窓口がズザーッっといっぱい並んでいます。カウンターの後ろには作業するような場所がありますね。事務所またはオフィスをイメージしてください。まあそんな感じの光景です。
ここでは冒険者の登録をしたり、依頼の受付をするのでしょうか。あっちの窓口には解体という文字が見えます。場所的に裏口があったところかな? ここに魔物を運んだらお金貰えるのかもしれませんね。覚えておこっと。
あ、あっちに依頼を貼る大きなボートがありますよ! でもまだ準備中なので何も貼ってないや。ここは何もなさそうなので他の場所を見てみますか。カウンターや窓口以外だと、そこかしこにイスやテーブルがいっぱいあるの気になるよねえ。これ何人分あるんだろう?
「あそこで食べ物貰えるのかしら?」
「え、どこどこ?」
「あっちよ」
シロ先生が教えてくれた方向にお店っぽいのがありました。壁に書かれたメニューを見る限り酒場でしょうか? 前に来たときは冒険者ばっかり見ていたので、隅々まで中の様子をチェックしていませんでした。それと酒場とは違うお店っぽいのがありますね。へえ、ギルドの中で飯が食べられたり何か買えたりするようです。さすがシロ先生、こういうの見つけるのは早いです。
今度はあちらを。あれは2階に続く階段でしょう。どうやらこの建物は2階建てみたいです。冒険者が集まるイスやテーブルのあるところ、酒場や店のあるエリアの上は吹き抜けの空間になっています。この建物1階の受付の上にある所だけが2階となっているようですな。これなら誰かが酔って上に魔法を使っても2階は破壊されないのですよ。え? そんなことしないって? 僕の家ではよくあることですが。
う~ん、あの2階にあるのは個室でしょうか? それともここの偉い人の部屋なのかな? ちょっとこの角度だと見えにくいですねえ。僕の予想だと大事な話だったり誰にも聞かれたくないときは上に行って話す感じがします。よし、1階を見回ったら今度は2階を見て回りましょう!
いやあ、なんというかゲームの世界に入ったようにわくわくする建物ですね。ここがこの世界の冒険者の拠点となる場所かあ。
「ちょっといいかしら?」
「どうしたのシロ先生?」
「私よく分からないないんだけど、このギルドって何をする場所なの? 前からここに人間が集まってるのはよく見かけたけど、この建物の中に入ったことはないの」
「そっか。まあ分からないよね」
猫からしたら当然の疑問でしょう。ここは猫であり人間である僕が優しく教えましょう。
「シロ先生が見た人っていうのはきっと冒険者のことだね。やたら強そうな雰囲気だったり武器を持っている人のことだよ。よく町で見かけるでしょ? あの人たちは魔物の討伐やら退治とかをするらしいよ。ここは冒険者が依頼を受けて働いてお金を貰うみたいな場所……かなあ」
「へえ。人間ってお金を集めるのが好きな生き物なのね」
「お金がないと人間は町で生きて行けないんだよ。食べ物も住む場所も着るものだってお金がないと買えないんだよ。だから好きとか嫌いとかじゃなく生きるためにお金は大事なんだよ」
「食べ物が?! それは深刻な問題ね……」
食べ物でお金の大事さを理解するシロ先生。さすがグルメ猫なのですよ。
実のところ僕もあまり理解していないことが1つあります。それはこの世界のギルドってどんな役割をしているのかです。今のところ僕は前世のゲームとか物語に出てくるイメージをしていますよ。魔物を退治したら報酬貰える的なね。父やタクシーは、ギルドはおもちゃとしか言わないのでよく分からないんだよね。これもさり気なく聞いてみよっと。
「……あ! あそこに紙が置いてある」
スタタタタと移動する僕。テーブルの上に紙がいっぱい積まれています。なんでしょうあれ?
「何か見つけたの?」
「この紙に『初心者歓迎! 君も冒険者になろう!』って書かれてるよ。もしかしてこの町って冒険者が不足しているのかも」
「それ町にあった看板と同じ内容じゃないかしら?」
「ん~、そうだね。冒険者の仕事の内容も書かれてるね。やっぱり魔物関連が多いみたいだね。他にも素材の採取とか町の依頼とか様々あるみたいだよ。この紙って求人広告? ……ん? あそこに荷物重なってるね。まだ準備中なやつかな? 気になるから開けちゃお~っと」
近くに資料らしきものを発見した僕は、勝手に開封して中を漁りまくります。あとで元に戻せばばれないでしょう。ん? これは別の紙が出てきました。では読んでいきましょう。ふむふむ、何々……。
「こ、これは――地図?!」
「地図? その絵のことかしら?」
「あれ、もう1枚出てきたよ。これもこの町の地図かな? ……いや違う、これは森の地図?! ん? あ、違う。…………へえ。なるほど。そういう計画なのか。お、これは?!」
「なんだかメンテ楽しそうね。何か面白いことでも書いてあったの?」
「そうなの。えへへ、説明するから待ってね」
僕が見つけたのは、この町を初心者冒険者の町にしようとする計画書、およびそれを実現するための大量の荷物でした。それをシロ先生に見せながら説明していきます。
「ここに来るまでに冒険者が使う訓練場があったでしょ? あそこを利用して、ここを初心者冒険者を応援する町にしようとしているみたいなんだ!」
「へえ。じゃあ町に人が増えるってことかしら?」
「そうだね。冒険者として働きたい人がいっぱい集まるだろうね。どうやらここは、強い魔物があまりいない土地らしいよ。だから初心者の冒険者でも死ぬような脅威が少ないのと、町の中で訓練も出来るから新人の育成にはもってこいな環境だね。この町がまさにチュートリアル。ゲームの最初の町みたいな役割になるんだね!」
「チュートリアル? 最初の町??」
「あはは、そこは例えだから気にしなくてもいいよ」
おお、これは朗報です! 町の周辺には魔物が少ないらしいと判明しました。これなら少し遠くに行っても大丈夫そうかも? 今の僕の実力って少し魔法の使える猫だから心配だったんだよね。
「で、これが一番びっくりしたよ。これはこの町の地図なんだけど、冒険者が使うような店や施設をピックアップしているみたいだよ。まさに初心者のためのガイドブック!」
「へえ。人間は絵と文字で場所を伝えるのね」
「人の知恵だね。でね、これをめくると近くの森の地図も書かれているんだ。初心者はここが危ないから近づくなとか、どういう物が採れるかと書いてあるね。しかもこのガイドブック無料で配布するらしいよ。本当に手厚いサポートだ!」
まさにこれは僕が欲しかった情報がてんこ盛りのガイドブック。家の中に冒険者の本があまりなくて困ってたんだよね~。
どうやらギルド職員の方はこのガイドブックを大量に作っているようですよ。出来掛けの物がそこかしこに散らばっているので僕の推測ですがね。頑張れと応援したくなりましたよ。それに本気で初心者歓迎のギルドにしようとしてるのが素晴らしいと思います。僕にも好都合なのですよ。
よ~し、もし新人にひどい態度をとる輩を見かけた場合はタクシーにボコボコにしてもらいましょう。そのほうが冒険者も働きやすくなるでしょう。ナイスアイディア~。
「あとこの紙も見てほしいんだけど、これにパパのお店の名前が書いてあるんだ!」
「パパのお店?」
「うん。なんと初心者冒険者にはナンスの店から魔道具をプレゼント! だって。僕のパパのお店も協力しているみたいだよ」
「それってすごいの?」
「よくわからないけど応援の目玉みたいな感じだね。僕のパパってすごい人気の道具を作る仕事をしているんだ。で、ある程度冒険者として実績を積んだら無料で魔道具を貰えるんだってさ。太っ腹だよね。……ん?」
この紙をよ~~~く読むと、非常に小さな文字でうっすらと「冒険者登録後、ナンス家の被害は自己責任。ギルドは一切関与しません」と書かれてありました。…………うん、ここは無視しよっと。何も不都合なことは書かれていません。ちゃんと読まない人が悪いのです。だからおもちゃ呼ばわりされるのかな?
「……? 急に黙ってどうしたの?」
「いや、なんでもないよ。配布のガイドブックいっぱいあるから1つ貰っちゃおう。えへへ、いいもの見つけちゃった~」
いや~、本当に良いもの見つけちゃいました。この世界を知る手がかりゲットだにゃー!
「1階はもういいかな。次は2階を探索しようよ!」
「いいわよ」
こうしてご機嫌な僕とシロ先生の2匹は、2階に移動して部屋を見回るのでした。
◆
「ん? あそこって猫住んでたっけ?」
「ここにか? ここに飼い猫がいるにゃんて聞いたことにゃいぞ」
「いや、でも今2匹の猫が入っていったよ。確か白と黒色っぽい猫だった気がするけど。見間違えかな?」
「……それってお尋ね猫の親子じゃにゃいか?! ボスに連絡するにゃ!」
「あ、待って~」
スタタタタッ。




