129話 「赤ちゃん教官 その2」
メンテ教官としてタクシーの部下の人達と遊ぶことになりました。僕がどんな邪魔をしても腕立てを止めないというのがルールです。このルールを破ると罰として回数が増えます。
念のためもう一度言いますが、これはただの遊びです。でも全力でやっちゃうのが可愛い赤ちゃんなのですよ。
「では、始め!」
「「「「「「1、2、3、4……」」」」」」
腕立て開始です。では少し邪魔をしてみましょうか。
「えぐぐ~」トントン
「「「「「「10、11、12、13……」」」」」」
まず僕は腕立てをしている人に近づいて背中を叩きます。僕の小さな手や体で邪魔をしますが、全く効果はありませんでした。少し気を散らしたぐらいですかね。
その様子を見ていた部下たちは、少しほっとしていた。あれぐらいなら大丈夫。メンテ様はまだ1歳。赤ちゃんらしい可愛いイタズラをするだけだろうと。
だが、そんな期待はすぐ裏切られることになるのだ!
ふむふむ。さすがタクシーの部下。何をしても動揺すらしません。ではこれならどうでしょうか? 赤ちゃんらしさを最大限に生かせる攻撃です。
僕は腕立てをしている部下Aに近づきます。名前が分からないので部下Aと呼びますね。その人の頭に手を置きます。
「……えぐ」
「50!」
「きゃ?!」
すてーん。わざと転びます。周囲に部下Aが僕の手を振り払ったかのように見える演技をします。実際は部下Aが腕立てをしていただけなのですがね。
「ううう……」
「……55?!」
部下Aが泣きそうになっている僕のことに気付きます。僕は演技で涙を出すことも余裕ですからね。ほら、慌て出しましたよ。
「……うええええええん、あくじいいいいいいいい!」
「?!」
部下Aを指を差しながら泣きします。ただ泣くだけでは効果ないと思ったのでタクシーを呼びながらね。激怒したタクシーが近づいて来ました。すごい怖い顔をしています。部下Aの顔も真っ青だね。でもこれが作戦なのです。
「ほほっ。主に手を出すとは……。死を持って償うしかありませんな。何か弁明はありますか?」
「ち、違います。そんなつもりはありません。すいませんでした!」
部下Aはすぐさま土下座をしました。やったー、腕立てを中断させたよ!
「きゃきゃー!」
「ほほっ。さすがですな」
「「「「「「――え?!」」」」」」←部下たち
「え?」←ミスネ
まんまと引っかかったので笑い出しちゃいます。ぷぷぷー。
「あくじー。あえ。えぐえぐ」←こいつ腕立てしてないぞアピール
「ほほっ。言いませんでしたか? 何があっても中断してはダメだと。さすがメンテ教官。相手の心理をつく巧みな戦術ですな。ではあなたは後で罰がありますぞ。それと連帯責任で全員やり直し!」
「「「「「「――?! イエッサー!」」」」」」
タクシーとメンテの連携プレー。さすがにそれは反則じゃない? と思う部下たちであった。
「うわあ……。あんなのやられたら普通止めちゃいますよね」←ミスネ
◆
というわけでやり直しの2回目。
「うぐぅ……」
「25、26、27……」
先程はタクシーの力を借りました。タクシーの威を借る赤ちゃんでしたね。だから次は僕だけで妨害しようと思います!
まあ僕のパワーだけでは止まりそうにありませんがね。体が小さすぎて邪魔しても効果が出ないのですよ。せっかく教官になったのになあ……。これだと教官失格じゃないですか? 仕方ありません。ここはあれを使いますか。
よし、道具だ!
「――ん?!」←タクシー
「えええ? ちょっと、今どこから出したのメンテ教官?!」←ミスネ
「「「「「「――33?! ……34、35」」」」」」←部下たち
僕は服の中から粘土を取り出します。その様子を見ていたみんなが驚きました。赤ちゃんがおもちゃを持ち歩いているだけなのですよ。別に驚くことないのにね。
出した粘土をこねくり回します。それをいい感じに広げたら、腕立てをしている人の顔の真下に置きます。この人を部下Bと呼びましょう。体が細いけど筋肉はある系の男ですよ。何回か見たことあるけど名前を知らないので部下Bです。
「76、77、78……」
部下たちは何するんだろう? と腕立てをしながら興味深く僕を観察していましたね。でも腕立ては止めません。さすがタクシーの部下なのです。
僕は部下Bの頭から少し離れた位置に移動します。そして、腕立て伏せの下がる瞬間を狙って頭に飛び掛かります。
「98、9……へぶぃひい?!」
「「「「「「――99?!」」」」」
「きゃきゃあああー!」
僕の勢いをつけた一撃をもろにくらった部下Bは、顔を地面にぶつけました。不意打ち成功なのです。地面には粘土があり、そこに直撃。これはアーネが猫のレッドを粘土に叩きつけていたことの再現です。真似をする機会なんてないと思っていましたがね。使えそうだったので利用しちゃいますよ。
「うはぁああああ?! 息が……、くはっ」
粘土が顔に張り付いて息が出来ません。たまらず部下Bは腕立てを中止しました。いえーい、作戦大成功!
「ぷはっ、とれた……」ぽろり
「えっぐー」
部下Bの顔から落ちた粘土を拾います。僕はそれをタクシーに届けます。これ魚拓みたいでしょ? と見せつけます。褒めて褒めて~。
「おお……。さすがメンテ様、いえメンテ教官は素晴らしい才能をお持ちのようですな」
「えぐえぐ」←照れるメンテ
「……」←ミスネ
「「「「「「……」」」」」←部下たち
このときミスネは思った。メンテくん、いやメンテ教官は猫でも被っていたのかな。とんでない暴れっぷりだと。また、部下たちも驚愕していた。本当にこれが1歳の赤ちゃんなのか? これは考えを改める必要があると思ったという。
「ほほっ。連帯責任でやりなおしですぞ」
「「「「「「イエッサー」」」」」
◆
2連続で腕立てを失敗した部下たち。3回目をやることになりました。失敗したら最初からやり直し。しかも連帯責任とタクシーは鬼ですねえ。まあ僕のせいで失敗したのですが。
「ふん、日ごろから鍛えてないからそうなるのだ」
部下の中で一際腕の太い男性が言いました。腕だけではなく体も大きいです。とんでもないマッチョですね。クマみたいなのです。この人は部下Cと呼びましょうか。
「ほほっ。メンテ教官はあの人と遊びたいのですな?」
「えっぐ!」
「げっ……」
偉そうな発言をする部下Cを指差す僕です。しまった、余計な事をしてしまったという顔をしています。もう遅いですよ。では部下Cのところに行きましょう。
近づいて見て見ると部下Cはとてもデカいです。これはさっきの方法では無理かもしれませんね。
「ふふふ、メンテ教官。ワイにはさっきの技は通じませんよ?」
「えぐぅ……」
この部下Bはすごい自信があるようです。粘土なんて通じないとまで言われましたよ。ヘタな小細工なんて吹き飛ばしてやるという気迫を感じます。赤ちゃんに向けて言う雰囲気ではないですね。僕を教官と認めたのかもしれません。
だんだん教官魂に火が付いてきました。部下たちも本気になってきたようです。なんだか楽しくなってきたね。
よし、全力で妨害してやりましょう!
「あくしー」
「どうなさいましたか教官?」
「あぐあぐ」
「上に乗りたいのですな?」
「えっぐ!」
タクシーが、僕を部下Bの背中に運んでくれました。とんでもない巨体ですね。僕の体重ではおもりにもならなさそうです。でも考えがあるので安心してください。調子に乗るとどうなるか教えてあげましょう。
「軽い軽い。これぐらいなら余裕ですよ、教官? がははは!」
「ほほっ。頑張ってください。では始めますよ」
そして、3回目がスタートしました。
まず僕は部下Cの背中の上で暴れてみました。こそばしたり、髪を引っ張ったり、首をなめなめしても腕立て伏せを止めません。余裕の表情です。こうなったらあれをやるしかないね。
よし、とっておきの切り札を発動しましょう!
「にゃにゃーーーーーー!」




