目撃! 海の国の水住人
前振りは無い!
本編をどうぞ。
棺の車に乗り込んで、キック、ショーコ、テンテコ、ユキの4人は天の国を目指す。
ひっそり隠れ住んでいたリーリパーミィ・ワイズヘッドからこの車を操るのに必要な運転呪文を数種類教わった彼等に必要なのはひとつ。運転することだけ。中学生だからって甘く見ちゃダメ。この4人、かつて某国で悪徳警官を追走すべくジープに乗り込み動かした経験があるのだ。免許はなくても技術あり。ましてやここは別世界なのだから、法の支配も及ぶまい。
そういう理由でMT車も運転できる4人の少年少女たち。
リーリパーミィの家から天の国へ向かう道中、巨人も隠れる紫の森を抜け、石ころではなく化石が打ち上げられている赤い川辺に沿って道無き道からいつしか轍の跡残る道へと入る。段々と風景にポツリ、ポツリと家が見え始め、人か何かの生活の証拠を目視で得ていく4人は、リーリパーミィが教えてくれた最初の訪問国、海の国に入ったことを確認する。海の国というだけあって、この国に入ったら寄るべき場所は海の上にある首都、メルキオルだ。運転席のキックは川辺の道から離れないように、棺の車を川に沿って走らせる。
そしてとうとう、其処は見えた――。
川の果て。海への入口。広がる海、一本道の石畳の橋、その先に浮かぶ、城塞都市。
「あれがメルキオル……島を改造して運河と高架道路を張り巡らせたっていう海の国の首都かぁ」
「とっても素敵……早く中を探検してみたいものだわ。キック」
「あいよ!」
窓を開けて首を傾け半分乗り出しその雄姿を眺めるユキとショーコ。女性陣の要請に応え、キックも車を走らせる。目指すはメルキオルへと繋がる橋だが、実はその前に寄るべきところがある。岸辺の街の中へ入り、周りが建物だらけ、そして住民の人間とちょっと魚人にも似たヒレと色の濃い皮膚を持つ人々――リーリパーミィに水住人と説明された人々の往来の中に車は入っていく。他にも車がある道の中、キックはスピードを落として徐行を始め、ショーコ、テンテコ、ユキの3人は窓の外の街をよーく見つめる。
探しているのだ。橋を渡る為の渡りをつけてくれるリーリパーミィの知り合いを。その知り合いは橋のかかるこの岸辺の街のとある場所に済んでいるという。3人はその場所を探しているのだ。リーリパーミィに教えられた手掛かりの言葉だけを頼りに。
右を見る。左を見る。上を見る。下を見る。先を見る。過ぎ去った後も見る――。
しばらくそういう時間が過ぎて、運転しているキックが棺の車を右折させようとした時、テンテコが叫ぶ。
「右折やめろ、キック! あったぞ、左だ! 二本角のイルカ像!」
「えっ、どこどこ!」
「あっ! あったわ。ショーコ、あそこ」
「ああ、ホントですわ。頭に二本の角を持つイルカ……パーミィ師匠が図鑑で見せてくださった通りの彫刻ね!」
「あそこにシミーナさんがいるんだな。サンキューテンテコ、左に曲がるぜ」
キックが車を左折させ、目印の頭に二本の角を持つイルカの彫刻が掲げられた塔へと近付く。リーリパーミィ曰く、そこは水御殿の入口であり、来訪者はそこに車を止めて降りて、自分の足で水御殿の中に入らねばならないとのこと。件のシミーナが滅多に家から出ない水住人なのでそういうしきたりになっているらしい。
それって引きこもりじゃ……とユキとテンテコがシミーナのことで話していたら車が止まった。とうとうニ本角イルカの塔の前の広場に着いたのだ。運転呪文を唱えて棺の車を停止させるキック。ユキ、ショーコ、テンテコの三人も目を合わせて頷き合い、車から降りる。
足下には火山系の乳白色の石が敷き詰められた石畳の絨毯が広がる。単純に白と薄赤の石畳だった岸辺の街とはえらく違う雰囲気だ。二本の角を生やしたイルカの塔から扇形に広がる車寄せにも似たスペースには半円状の溝があり、そこに瑞々しさにあふれた、透き通る水が満ちている。
「一種の水路なのかね、これは」
「どうだろねーキック。水路にしては細いし狭いし……これじゃシミーナさんは通れないんじゃないかしら?」
「いいえユキ、そう決めつけるのは早計ですわ。考えてごらんなさい。シミーナさんのサイズがパーミィ師匠と同じくらいだとしたら――」
「おお、それなら確かに十分だ。でも車で通ってきた道中の水住人はみんなオイラ達と変わらんサイズだったぞショーコ」
水路の水に見とれつつ、いろいろ想像を膨らませ会話をする4人の少年少女達。だが此処に来た目的は別にあることを思い出し、水路に沿って、寄せ場の奥の道へ――水路と並ぶ森の中へ進む道へと棺の車を置いて歩み出す。
歩く石畳の道は結構果てしなく、真っ直ぐに3,000歩進んでもまだ先が見える。さらに歩くこと1,500歩くらい歩いただろうか、ようやく4人の目に映る景色が変わった。
神室村に棺の車があったように樹々が消えて代わりに陽射しが視界を占有するようになり、その真ん中には道の果てを示す円形に広がった祭壇に、更に大きく広がっている湖規模の水場。そここそこの長い道と水路の終点、シミーナの居場所と思しき水御殿の最奥だった。
「着きましたわー。永いようであっという間、帯に短し襷に長しですわね」
「それは違うだろショーコ。光陰矢の如しの方が正確さ」
「感覚的にはそうですわね。ええ、テンテコのいうこともわかります。ですがわたくしがあの諺で表現したかったのはこの水御殿の道の長さですわ。あなた、主語無しの文に誤印象を受けましたわね」
「なんだあ」
ショーコとテンテコが児戯じみた言葉遊びのやり取りに興じ、そんな2人を見ていたユキとキックは目を合わせて口元を緩める。
明るい陽射し。その光は周りの樹々には溶け込み隠れ、石畳の祭壇には白く弾かれ、深く広がった水場の水にはどこまでも取り込まれて輝いている。そんな透き通る水場の水をユキが見ていると、うっすらと輝きを打ち消す、影がひょっこり。
「あれ? ひょっとして……」
『エエ、その通りよ人間ちゃんたち』
水場の奥から届く声。4人は顔を寄せ合って水場の水を覗き込む。8つの眼球が見つめる水中の影はどんどん大きくなって水面へと近付き、遂には水面を突き破った。
弾ける長い金髪が布一枚の服に雫と共に密着している。はっきりと見える身体のラインに透けて見える乳白色の肌。潤って張りのある唇に長めの睫毛、蒼い瞳。彼女ははっきり4人に告げた。
「イラッシャイ、キックちゃん、テンテコちゃん、ショーコちゃん、ユキちゃん。パーミィから連絡は貰っているわ。ワタシがこの水御殿の主、水住人のシミーナ・トゥーラよ」
あの影こそシミーナ――自信のあった推測に確証たる自己紹介まで貰い、ようやく目的のシミーナと出会えたキック、ショーコ、テンテコ、ユキの4人。だが4人とも喜ぶどころか絶句して二の句が継げなかった。
なぜか?
それは4人が水面から上半身を浮き上がらせたシミーナの顔を見上げていたからである。もう一度言う、"見上げていたから"である。つまりはそういうこと。
デカかったのだ、シミーナは。
水面から出している上半身だけでも水場の周りの木並みに高い。軽く15m以上はあるだろう。上半身だけでだ。
小さな獣サイズだったリーリパーミィに人間と呼ばれていた4人にとって予想斜め上をすっ飛んでいたシミーナのデカさはショックの極み。言葉が出なかったってわけなのだ。
終わりに言うこと。
読んでくれて感謝。