廻り動くは三角天秤
前振りは無い!
本編をどうぞ。
少年少女と建物の住人、互いの自己紹介が済んだので、建物の主、リーリパーミィは白い体毛を橙色に戻して地面に着地する。見上げる構図と見下げる構図の間柄になるのだが、見下げられる側を選んだリーリパーミィは気にした風も見せず、「さ、家に入って頂戴。話はテーブルを囲んでしましょ」とトトッと勝手に自分の家の中へ入っていく。左に右に、踏み出す足の方に身体を傾けながら中へと消えていくリーリパーミィの姿を見ていた4人の少年少女は一瞬顔を見合わせた後、是非も無い表情で頷き合い、リーリパーミィの後に付いてその家に足を踏み入れた。
壁に開いた穴から入る塔のような家の中は、一面中本だらけであった。突き刺さった車の手前にも倒れた本棚と散らばった本が。他も壁は本棚が被さっており、大量の本が収められていた。充満する本の匂い。虫干しを怠ると臭い出す原材料の木材に似た匂いだ。
「すげえ量の本……これ全部アンタの蔵書なの――って!」
周りの偉容に感嘆の弁を述べていたキックが喋っている途中で悲鳴を上げ、その場に尻餅をつく。横並びで進んでいた残りの3人が振り向くと、床にへたって右手で額を擦る友の姿が。
そしてそのすぐ傍には――天井からつり下げられていた秤がぶら下がっていた。3枚の皿にほぼほぼ同じ量の本を載せた、本の天秤だ。皿の高さはちょうどキックの頭くらいで微妙にぐらついている。ギーコギコと金属特有の鈍く低〜い軋み音が鳴っては消える。ああ――これにキックがぶつかった、だから動いているのだなと、3人は直感した。
「それにしても……」ユキが自分よりは高い3つの天秤皿を眺めて言う。「なんで天秤皿が3枚なのかしら?」
「わかりませんわ」ショーコも首を傾げてこんがるだけ。その時だった。薄暗い部屋にエメラルド色の明かりが灯り、同じようにエメラルド色に光る鉱石を入れたランタンを持ったリーリパーミィが身体の色を白に変色させ、空を飛んでこっちにやって来た。
「ごめんなさいねえ。人間が暗視苦手だってこと失念してたわ……あらやだ、三角天秤にぶつかっちゃったかしら?」
「ええ、キックがぶつかってオシリをボトンと……って待ってください。これ、"三角天秤"っていうんですか?」
「ええそうよ。”変化の皿”、”原因の皿”、"結果の皿"の三つで成り立つ三角天秤。普通に売られているモノだけど?」
リーリパーミィの説明に少年少女たちは戸惑った。自分達の知る三角天秤は皿と糸をつり下げる部分の骨組みが三つの部品合体で三角になっている"三角天秤"である。こんな皿が三つで三角天秤とは、聞いたこともない。
すると、リーリパーミィはひとつの皿にランタンを持ってない方の手を添えて、この三角天秤というものがどういうものか、話してくれた。
「世の中はねえ、善悪とか美醜とかいう二つの相対的要素で論じきれるものじゃないのよ。何かの"変化"があり、そこから"原因"が生まれ、"結果"を齎す。そして結果はまた新しい"変化"って具合にね、廻って巡っていくものなの。変化が大したことなければそのまま同じとこをぐるぐる廻るだけだけど……もし変化の触れ幅が大きければ、こう!」
リーリパーミィはその小さい手で分厚い布製ハードカバーの本を天秤皿から一冊引き抜く。その皿が軽さを得て4人の少年少女の前でグンと跳ね上がる。残り二つの皿も置き去りにして。
「大きな変化は大きな原因、大きな結果を生むわ。それが自然の流れ、物化というものよ。自然は物事を釣り合わせようとするから原因も結果もこうなるの」
リーリパーミィはまず引き抜いた本を指先でくるくる回す。すると本には不思議な青白い光が備わり、勝手にリーリパーミィの手を離れて本棚の方向へとすっ飛んでいった。空いた手でリーリパーミィは次の皿から本を一冊抜く。また青白く光らせて本棚へFly。そして最後の一皿から本を抜きそれも戻し終えると――三角天秤の皿は一段階天へと上昇する形で釣り合った。
「すごいわ……単にグルグル回るだけから立体的な連鎖が起こった――」
「正解よユキ!」ユキの呟きを訊いたリーリパーミィがランタンをガチャガシャ鳴らしながら拍手してくれた。パチパチではなく、ペチペチって音だった。ランタンのガチャガシャが邪魔して聴き取り辛い。
「その場に留まる回転は二次元なもの。でも変化の度合ではこうして三次元的な現象が出来るの。例えるなら、下に渦巻き。上に竜巻ね。そして構築的な現象は破壊力も桁違い」
「なんか、分かるかも……」
テンテコが4人中一番高い自分より高く跳ね上がった天秤皿を見上げて頷く。テンテコだけでない。ショーコもユキも、立ち上がったキックも皆、回り昇る天秤の動きに釘付けとなった。立体的な現象――リーリパーミィの言葉が4人の頭に焼き付いた。以心伝心の間柄なこの4人の頭に例としてイメージされていたのは、渦巻きでも竜巻でもなく、DNAの螺旋構造だった。中学生の4人には、それが精一杯の理解だったのだ。
「さて、これはちょうどいい例えになったわね。あなたたち、聞いて頂戴。あなたたちはおそらく人間が惑星を牛耳っている太陽がひとつの世界から迷い込んだと見えるわ。ここは別の世界、昼は昼の太陽、夜は夜の太陽が空を照らす太陽がふたつの世界という別の宇宙よ。あなたたちはこの車によって三角天秤が上に跳ね上がったように、下から上へ、こちらの世界へ跳躍しちゃったのね。宜し?」
リーリパーミィの説明は唐突で、突然で、突拍子もなかったが、4人の少年少女たちはなんとなく分かる気がした。こんだけ妙なことだから、今から納得慣れしておこうと思ったのだ。
廻り揺れる三角天秤。少年少女たちの歯車もまた、廻りだしていたのだ。
終わりに言うこと。
読んでくれて感謝。