塔は魔法使いの住処
前振りは無い!
本編をどうぞ。
車が止まった。エンジンも止まった。
勝手にかかった急ブレーキに、このミニワゴンに備え付けられていたエアバッグが作動しその空気圧でキック、ショーコ、テンテコ、ユキの身を守ってくれた。でも世話はそこまでで、そこから先に残っていたのは面倒だった。一度膨らんだエアバッグを押しのけるのは至難の業なのだ。母親に抱きかかえられた赤ちゃんが「苦しいよ」と喋ることもできずとにかくお母さんのおっぱいを「ダー(あっちいけ)」と押しのけるのと似ている。
点では無く面でもなく立体・空間の圧力で包み込んでいたエアバッグを力士の真似して掌で突っ張り押し退ける4人の少年少女。手応えはない。相手は空気だから当たり前だ。それでも何度か繰り返すうちに徐々にエアバッグが萎んできた。単純にエアバッグの仕様と言ってしまえばそれまでだが、免許も持ってない4人の子供は自分達の努力の成果だと思っていた。「ようやく手応えが出てきたか」と意気込みを再装填してさらにもっととエアバッグを押し続け、ようやく動けるまでに畳むところまで来れた。
そうして視界が白い布風船から開けたわけだが……開けてビックリ口がポカーン。
車は湖の奥の巨大な瀑布に突っ込んだはずなのに、今いるところは森の中、神室村の森とそっくりな、音殺しの森。
そして車がなんともはや、そんな森の中に佇む誰かの家に突っ込んでいたのだ。
******
勝手に動いて、ようやく止まった車から4人の少年少女は脱出した。ようやくドアが開くようになったのだ。
4人は車の後ろに下がって車が突っ込んで壁も壊した家を見上げる。
高い
それが最も強烈な第一印象。2階建て3階建てって程度の話ではない。見上げた家の――目の前の家の――高さはビルを超えて塔とでも言うべき細長く、垂直にそびえ立つ建物だった。
「家じゃねえな、こりゃ」とテンテコが呟くのも無理はなく、他の3人がそれに同意するのも自然だった。
なのにそれを否定する声が壁の中から木霊してきたのだ。
「一体御無体今泣きたい! 誰よ、アタシの家に車ぶち込んで壁を破ったアウトローは! 名を名乗る前に呼び鈴を鳴らしなさいっつーの!」
そう怒鳴って出てきたのは――橙色の体毛に包まれ、頭に帽子を被った二足歩行の小さな動物。
ウサギよりも毛並みは細かく、人間の赤ちゃんよりも大きい。カンガルーに似た細長い足と背中に回せなさそうな小さい腕。
小動物っぽい――小動物みたいな何かが、現れた。
動物図鑑にも載っていないし、漫画や映画でも見たこと無い謎めいた動物――その最大の特徴は……頭。
頭に帽子を被っているのだ、極寒のロシアで被られている毛皮でできた帽子を。ただしこの動物の帽子には鍔が付いている。さながらその様は無理矢理毛皮で身体と同じ色に作ったシルクハットを被っている風貌。それだけに4人の少年少女は息を呑んだ。こんな小動物がやたらと主張の激しい格好でこっちを文句ブレンド視線で見上げていたのだから。
返事を求められている――そのことに4人が気付いたのはその小動物が「ちょっとー」と二の句を告げて飛び上がった時にようやくだった。
そう、飛び上がったのだ。この小動物は。身体の色を表面全部白に変えて。
雲みたいに、空に浮き上がった。
頭の高さを同じ高さまで上げてきた小動物に少年少女は呆然と固まる。無心で無邪気に感心しているのだ。今は言葉も発せない、無垢な知性の持ち主と化した。
一方の色変え浮かぶ小動物も少年少女をまじまじと見つめる。その後家に突っ込んだ車をみるなり「あら……」とボソボソ小声で呟いた後、改めて少年少女たちに振り向いて口先口火を切って話す。
「ひょっとしてあなたたち、この車に乗ってとんでもない目に逢って混乱中かしら?」
瓢箪から駒――初対面の小動物からかけられたまさに正解な一言。このとき、少年少女は知性を取り戻した。一番はショーコだ。
「そうなんです。わたくしたち、森の中で動かないこの車でお茶会した後雨宿りしていたら、ラジオが変な周波数キャッチして車に雷が直撃して。気付いたら知らない原っぱにいて、この車が勝手に走って滝に突っ込んで止まったと思ったらこの家に――ええと、あの……おうち壊してすいませんでした!」
「でした!」「でした!」「申し訳ありません!」
ショーコに続いてテンテコ、キック、ユキも謝り4人一斉に頭を下げる。すると視線の外側から「難儀ねえ」と言う小動物の声が。「オモテを上げなさい」との言葉がかけられ、少年少女は今一度小動物の顔に向き合う。その眼差しを受け取った小動物は小さな腕を前で腕組みして「名前」と促す。「へ?」と再び固まる少年少女たちに小動物は一回深く嘆息してから諭すように話した。
「名前を教えて頂戴。呼び鈴は鳴らさなくていいから。名乗って欲しいの。話を聞いてあげるわ。こっちはこの車のこと、この世界のこと、あなたたちが元の世界も帰るために必要なことを教えてあげる。それならイイでしょ? 名前も知らない子に情報は渡せないわ。もう他人じゃないんだし、ね?」
少年少女4人は顔を見合わせて頷き、順に名乗った。
「オレはキック」
「わたくしはショーコですわ」
「オイラはテンテコ」
「私はユキです」
キック、ショーコ、テンテコ、ユキが己の名前を伝えると、小動物は初めて微かに微笑んで返しの台詞を口にした。
「じゃあアタシも自己紹介しましょ。アタシの名前はリーリパーミィ・ワイズヘッド。世を忍ぶ魔法使いよ」
組んでいた腕を解き、右腕は胸の前、左腕は腰に当てて背中を反らして名乗りのポーズ。魔法使いの全身から風と光が迸った。
終わりに言うこと。
読んでくれて感謝。