抜け出せない&止められない
前振りはない!
本編をどうぞ。
目に映る光景は神室村の森ではなくなっていた――全く異なる、別の景色。
ひらけた大地。樹がほとんどなく温かい日の光が万遍なく差別もなく万物に浴びせられている。鬱蒼とした樹々が途切れて日の光を浴びられた神室村の泉をそのまま視界一面に拡張した別世界。
ユキは思う。「ここは何処?」と。
すると助手席及び後部座席に座っていたテンテコ、キック、ショーコも身体をもぞもぞ動かしながら一人、また一人と上体を起こし、閉じていた瞼を手で擦る。自分達を起こした人物が判っているので、「ユキ〜どうしたんだよ〜」と能天気な、でも一足先に起きていたユキにとっては少し安心できる台詞を吐きながら意識を覚醒させた途端、ユキの言葉を天丼する。
「ここは何処だ?」ってな具合に。
動転気味の3人に対し、ユキが知りうる限りのことを話す。包み隠さず裸になるまで。以心伝心の間柄である4人にはそれだけで伝わった。つまり何もわかってないのだと。この場所のことも、何が起こったのかも。
「とりあえず、車出てみようぜ」「異議なし」
後部座席のキックがこの状況を調べようとドアを開けて一歩を踏み出すことを提案し、隣のショーコが同意する。運転席のユキと助手席のテンテコも異論はない。アームストロング船長の言葉ではないが、小さな一歩大きな一歩を踏み出す必要があると考えていたのだ。なので一斉にドアを開けようとドアハンドルを回したのだが――。
ドアが開かない。
どういうことかわからない。むしろ説明してほしい。なのに解答は何処からも得られず、むしろ混乱パニックになるかのような現実が壁になって立ちはだかる。2mの高さもない壁だが、突破できない事実が怖い。4人はとにかくドアハンドルを何度も動かすが、やっぱりドアは開かない。
「どうなってんだ、外に出れないじゃねーか」テンテコがドアハンドルから手を離して両掌で助手席の窓を叩いた時だった。
カカカカカ、ブルン、ブルン――車のエンジンがかかったのだ。
「どうしたの? なんでキーも挿さってない車のエンジンがかかるの? ユキ、何かしましたか」
「なにもしてないわよ私。キーなんて挿すとこもないし……でも、これアイドリングしてるよね」
動力部が動き、車が小刻みに揺れている。これから車で出かけるため車に乗り込みエンジンをかけた状態そのものだ。
どうにかしたいが何もできない。外に出たいがドアも開かない。どうすればいいのか判らず4人の少年少女は途方に暮れるが、そんなことは言ってられない事態が起こる。
ググ――身体が後ろ方向に引っ張られる慣性の力を感じ、運転席のユキと助手席のテンテコは背中がシートの背もたれに押し付けられたのを確かに感じた。嫌な予感の稲妻が身体を走ってユキの全身が総毛立った。目の前の光景の変化がその証拠だったからだ。ユキはテンテコ、キック、ショーコに叫ぶ。
「シートベルト締めて! この車動き出したわ! 前進してるもん!」
「なにぃ!」
テンテコ、キック、ショーコの3人がそれぞれ間近の窓に両掌と顔を押し付けて外を見ると――本当に――外の光景が後ろに下がっていた。3人は慌ててユキの指示通りにシートベルトを締める。指示を出した運転席のユキはハンドルを握って左右に回すが前輪タイヤは曲がらない。ブレーキペダルを何度も踏むが全く停まる気配がない。どうやらこの運転席は全く役に立たないらしい。
段々と車の進みが速くなっていく。道もない草が覆い繁った草原を進む車は丘から坂へと向かって行く。テンテコが「おい……これってまさか、ジェットコースターみたいに」と懸念を口に出したら、まさにその通り。
草原の坂を下り出した車は一気にスピードを上げて走り出す。ユキのハンドル捌きを一切無視して。どんどんスピードを上げて周りの草原も青くちょっと地平線が夜っぽい空も置き去りにして、凸凹な大地をお構い無しに進み出したのだ。
「うおおおおおおおおっ!」
「きゃああああああああっ!」
少年2人の野太い叫びと少女2人の甲高い悲鳴が車の中を埋め尽くす。成り行き上運転席に居座ることになったユキはずっとブレーキペダルを踏んでいるのだが、車は全く停まらない。言うことを聞いてくれない、車なのに。機械なのに。
そんな中とは打って変わって外の景色と言うと、大勢は空と草原で変わらないままだがその景色がどんどん後ろに早送りかつ置き去りにされていく。相当のスピードが出ているのは4人にもはっきり判った。時折地面の凸凹に弾かれて空中を7秒も飛んだりしているのだ。7秒の無重力と着地時の反発力の衝撃の組み合わせの前にはシートベルトさえほとんど役に立たない。これに参ったキックがあることに思い当たり運転席のユキに声をかける。
「ユキ、ユキ! 今この車何km/h出てんだ?」
「えっ? スピードメーター?」
「そうだよ、スピードメーター。操作はできなくても計器は正常かもしれねえだろ」
「なるほど……一理あるわね。えっと――」ユキは計器盤を視る。各種メーターはしっかりカーブを描いていたのだが、スピードメーターの針が表していたのは。
「170km/h出してるわ、この車!」
「170km/hですって? 掴まっちゃうわ!」
ユキの言葉にショーコが後ろから自分もスピードメーターを覗き込みながら悲鳴を上げる。女子2人が運転席の計器に目を向けていると、助手席のテンテコが目を凝らしてフロントガラスの遠方を見て「マジか……」とボヤく。キックが「どーした?」と訊くとテンテコは「前を見ろよ」と一言だけ。その思わせぶりな発言が気になってキック、ショーコ、ユキが前に目を向けると――。
眼前に大きな泉と川、そして大瀑布が迫ってきていた――。
「ちょっと待てよ車クン。あのナイアガラに突っ込む気かよ? 正気じゃないよ! やめてくれぇ!」
後部座席のキックが大いに叫ぶ。ただ叫ぶのではない。その声は自分達を収容している車に対しての説得だった。でも悲しいかな。車は止まらず進み続け、遂に湖に落ちようとした――その時だった。
巨大エアバッグが膨らんで4人の少年少女を圧し潰した。同時に揺れる、凄い慣性力の衝撃。
少年少女の視界は塞がれる。真っ白な空気圧の塊の布膜によって。
呼吸も難しい状況下に見舞われた4人の少年少女たちだが、ある事実に気付く。
あれだけ肌で感じていた勢いが無くなっていることに。
どうやら車は、止まったようだ――。
終わりに言うこと。
読んでくれて感謝。