神室村の森
前振りは無い!
本編をどうぞ。
『もう廃村となった村、その森の中には捨てられたピアノがあるという噂が――』
夜中の短波ラジオで聞いたこの言葉を真に受けて、隣の廃村神室村に出かけた少年少女の四人組がいた。彼等の目的は勿論ピアノ。捨てられたものでもいいから、楽器が欲しかったのだ。四人は元々バンドをやっていた。当然ギターもベースもドラムもボーカル用のマイクもステッキも、DTM用のパソコンも持っていた。学校でも人気者で、ラジオに自作曲を送ったり、ネットでチャンネルを作って曲のPVを作って投稿し、そこそこ人気も稼いでいた。
でも、1ヶ月前の事件で、全てが変わった。
四人がスタジオを借りていた近所の元ミュージシャンのグランパの家が、グランパの寝たばこが原因で火事になり、家は全焼してしまったのだ。次の日もレコーディングするから――と、皆楽器も機材も置いて家に帰った日の悲劇。グランパは死亡、家も全焼。当然四人の楽器も機材も炭化した模型に変わってしまった。
替えが効かない楽器を失ったのだ。実に被害額の合計は60万円。
グランパに請求することもできないし、バイトしても間に合わない。そもそもできるバイトが限られている。なんせ四人はまだ中学生なのだから。
なので四人はラジオで聴いたこの都市伝説に縋る想いで神室村にピアノ探索に向かった。初夏が過ぎ、本格的な夏がやって来た7月初めの休日のこと。
神室村の森は山と呼ぶにはあまりに低い、ちょっとした陸……いやぁ丘とも言えない平たい土地をブナの木が覆い尽くすかのように広葉樹の森が広がっている。森の入口までの路は、森の中目の前20mでもう草と苔に覆われていた。さすが廃村、人がいなくなった場所の道だと探索前から四人は肝が冷える思いだった。この先にあるのは未踏の環境そのものか。一歩踏み出せば人外魔境かと――。
それでも目的を見失ったりはしない。恐る恐るではあるが、一人ずつではなく四人が横一列に「せーの」と一歩を踏み出してから横一列、腰に巻いて繋いだ命綱を握りしめて、四人は神室村の森に入る。道中目印に用意した、ペンキで黄色く塗った石を適宜落としながら。
ブナの木が茂っている神室村の森は7月に似合わないほど涼しく、うっすら暗く、なによりとても静かだった。広葉樹のブナの枝と葉っぱが空の下に日傘を作っていて、太陽光線を大きくカットしてくれる。そのおかげで森の中は影も見えないほどの光しか無い。でも全く真っ暗なわけじゃない。森の日傘を見上げてみると、ブナの葉っぱの隙間から漏れて降り注ぐ木漏れ日の光が空を青ではなく光色に染めていた。それはまるで光ではなく、渓流を流れる小川の水を見ているかのようで尚更涼しさを感じてしまう。魔法みたいだと四人は思いながら進む。辺り一面人間の高さまでは開けた森だから視界には困らない。下から生えるお邪魔な雑草も生えてないし、進む道に立ちはだかるような鹿、猪、熊にも遭遇していない。百足や虫にも煩わされない。何とも静かな森――それが神室村の森だった。まるでブナの木以外の生物はここにいられないかのような気さえする。何かの聖域みたいな森。鳥の泣き声すらしない静けさは、黄泉平坂への入口だろうか……。
何も無い空の森。
見渡す限り眠る森。
息することさえ忘れそう――森羅万象水の如し。
と、そこに――。
チュ……チチチ――。
鳥の泣き声がした。この森に入って初めて聴き取った生命の音だ。
四人の少年少女はその音のする方向へ向かう。向かう先に程なく光の柱が確認できた。
光の柱、壁――いいや光のドームだろうか。そこは地面まで光が届いている。この森を作っているブナの木が無い区域のようだ。生き物は光溢れるその場所に住処を構えているのだろうか。四人の足取りが段々早くなっていく。この異界じみた森の中、光と生命を確認して、不安を解消したい心理が働いていた。
木々の切れ目光の境目がもうすぐそこまで迫っていた。その先は迸る陽光で染まって何も見えない。鳥の泣き声が聴こえるだけだ。向かえその先、目指せその向こう。とうとう森の木の傘を突破した四人の目に入ってきた景色は――。
眼前を塞ぐ石の崖。その上から水が落ちて滝を作り、眼下に小さな泉を形成。
その泉の前に鎮座する、小鳥も止まって休むピアノ――ではなく、車。
えっ、車?
そう、車。
錆びたを通り越して森の苔でもくっついているのか緑色をしたミニワゴンがそこにあった。少年少女たちは恐る恐る近付き、そーっとおっかなびっくりの手合いで触れて手探り調査を開始する。鍵はかかっておらず、ドアはいとも簡単に開いた。前は横に開くパターンだが後部座席はスライド式。さらに後部座席自体折り畳んでトランクのスペースを広くできるタイプの小型ワゴン車だ。御丁寧にトランクには車椅子用のリフターまであった。介護対応の車らしい。放置されて随分経っている見てくれの割に新型車の特徴。少年少女四人組は目を凝らして考える。これはひょっとして曰く付きの車ではないか――と。
興味をそそられた少年少女たちはこの場は一旦退散した。そして次の休日にまたやって来た。検証用のカメラと、たくさんの掃除道具を持参して……。
そう、この少年少女四人組は、森で見つけたこの車を自分達の『秘密基地』にしようと決めたのだ。
終わりに言うこと。
読んでくれて感謝。