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第七話 リンギット子爵邸

 バケツをひっくり返したような雨に遭遇しながらも、ソフィア達はほとんど濡れることなく王都の宿泊先にたどり着いた。


 マリオット伯爵家は貧乏なので王都のタウンハウスも売り払った。そのため、ソフィアが滞在するのは叔母のコーリアの嫁ぎ先であるリンギット子爵家のタウンハウスだ。


「いらっしゃいソフィア! それにメルも。さっきから凄い雨が降っているけれど、大丈夫だったかしら? 道がぬかるんでいたでしょう?」

「こんにちは、コーリア叔母様。お世話になります。雨には降られましたけれど、幸い大事なくここまで辿り着きましたわ」

「ならよかったわ。遠いから疲れたでしょう? さあ、部屋は用意できているわ」


 にこにこしたコーリアが階段上を指し示す。その後ろからはソフィアの従妹にあたるアンリがちょこんとこちらを窺っていた。アンリはコーリアの娘で、今年八歳になる。


「こんにちは、アンリ。暫く見ない間にずいぶん大きくなったわね」

「こんにちは、ソフィアお姉ちゃん」


 アンリは話しかけられると嬉しそうにはにかむ。パタパタと駆け寄ってきてソフィアの腰にギュッと抱きついてきた。そして、ソフィアから離れるとふと足元を見つめる。


「ソフィアお姉ちゃん。ここ、汚れているわ」

「え、本当?」


 ソフィアは慌てて自分のドレスの裾を見た。確かに、泥がついたような汚れがところどころに付いている。雨よけのコートを着たとはいえ、コートから出ていたドレスの裾は汚れてしまったようだ。


「まあ、大変! 落ちるかしら」


 ソフィアは青ざめた。このドレスは王都訪問に合わせて両親が用意してくれたものだ。


「わたしが綺麗にしてあげる。メルも。ほらっ」


 アンリがふわりと腕を振ると、ソフィアのドレスの裾の汚れがふわふわと浮いてポンと消える。メルのワンピースの汚れも同じように汚れが忽然と消えた。それを見て、ソフィアは目をぱちくりとさせた。


「え? アンリ、ギフトを授かったの?」

「うん!」

「つい最近から力が現れたの。先日、鑑定官に来てもらって鑑定してもらったら『洗浄』ですって。アンリったら嬉しくって、毎日のようになにかを洗浄したがるのよ」


 隣に立つコーリアがにこにこしながら補足する。『洗浄』とは、物を清めるギフトだ。あらゆるものを清める力があるので貴族はもちろん、平民の間でも非常に人気の高いギフトだ。クリーニング屋を営むものにこのギフトを持つものが多い。


 ギフトは全ての人が持つわけではない。ギフトをもつ人の割合は国民全体の二割くらいだ。ただ、ギフト持ちは遺伝するので、結婚においても有利に働くことが多い。ギフト持ちの女性を代々妻に迎える貴族の子供の大多数はギフト持ちとして生まれる。

 しかし、ギフト持ちであることは遺伝しても、ギフトの内容までは遺伝しない。よって、その力が発現するまではなんのギフトなのかが全く予測不可能なのだ。


 そして、『鑑定官』とは、なんのギフトを授かったのかを鑑定する専門職だ。『鑑定』のギフトを持っている者のみがなることができる。ソフィアもこの鑑定官に鑑定してもらい『嗅覚』のギフト持ちだと鑑定された。


「まあ、よかったわね。『洗浄』かぁ。羨ましいわ」

「えへへ、ありがとう」


 アンリは嬉しそうにはにかみ、気恥ずかしそうに片手で頬を掻く。

 本当に、つくづく思うのだ。なんで自分は『嗅覚』なんて地味で役に立たないギフトなのかと。もしもソフィアが洗浄のギフト持ちだったならば、汚れた屋敷のカーペットや服やタオルやらを片っ端から洗浄して再利用するのに!

 クリーニング代や洗濯石鹸代も浮くし、寒い冬に冷たい水に足を突っ込んで踏みふみする必要もなくなる。本当に世の中ままならないものだ。


「さあ、こんなところで立ち話もなんだし部屋に案内するわ。ついていらっしゃい」


 コーリアが手で招いて歩き出す。ソフィアとメルは慌ててその後を追いかけた。

 部屋について一息ついたソフィアは、手に持っていた雨よけのコートを広げた。アンリが洗浄の力を使って綺麗にしてくれたので、手に持っていた雨よけのコートもしっかりとクリーニングされていた。


 濃紺の布製だが全く水を通さなかったので、水を操るギフト持ちの職人が防水処理をしたのだろう。厚みのある生地と等間隔でしっかりとした裁縫、そしてギフトによる加護。間違いなくとても高価な逸品だ。


 ソフィアはコートについている金のボタンを顔に近づけてよく観察した。光を浴びてキラリと輝くそれには、火を吐くドラゴンが刻印されている。横向きのドラゴンが火を吐く構図は、ヤーマノテ王国の王室の紋章だ。


「花嫁選考会で、またあの方に会えるかしら? これを返してお礼を言わないと」


 とても優しそうな雰囲気で、引き寄せられるような好ましい香りがした。ソフィアは先ほどあった青年に想いを馳せながら、コートをぎゅっと胸に引き寄せた。

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