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第三話 ヤーマノテ王国の王族達

 部屋に戻ったソフィアは白い上質紙をつまらなそうに指で弾く。上質紙はテーブルの上で揺れてカサリと音をたてた。


「アーサー王子の花嫁探し? わたくしには関係ないわね。だって、今は収穫の季節で忙しいもの。選ばれもしない王子様の花嫁選考会に参加するためにドレスを着てダンスを踊る時間があれば、麦を刈り取って小麦粉を作るわ。わたくしは王妃なんて柄じゃないし、ましてや側妻なんてまっぴらごめんだわ」


 マリオット伯爵家には、多くの名門貴族では当たり前の家庭教師がいない。昔──まだ台風による洪水で領地が沈む前はいたけれど、今は全員に暇を出した。

 必要なことは全て、子爵令嬢だった母親から教わった。母のことはとても尊敬しているし、教えられたことは一通りできるようになっている。けれど、多額の資金にものを言わせて淑女としての英才教育を受けたご令嬢に比べれば、きっと見劣りするだろう。

 それに、ソフィアが天から授かったギフトも貴族令嬢としては笑いの種にしかならないものだった。こんな自分が王妃など、務められるわけがない。


 王太子妃になれなくても側妻なら可能性があるかもしれない? 


 国王は一人の王妃と、五人までの側妻を持つことができる。今の国王陛下も王妃様の他に二人の妻がいるはずだ。王太子であるアーサー王子も正妻である王太子妃の他に、今回気に入ったご令嬢を何人か側妻として迎え入れる可能性もある。


(王宮の奥深くで、いつ来るかもわからない夫を待ち続ける? ──そんな人生、真っ平ごめんだわ)


 ソフィアはベッドサイドに置いてある、大好きな恋愛小説の表紙をそっと指でなぞる。

 最近婚約した友人のご令嬢が人気がある小説だとプレゼントしてくれた。エリート騎士と町娘の燃え上がるような恋が情熱的に描かれていた。そして、運命の出会いは、胸が掴まれるような感覚だと。


 友人が言うには、恋はとても唐突に訪れ、自分の全てを塗り替えるという。ソフィアにはよくわからないが、世界がかわったかのように煌めくのだと。

 自分も友人やこの小説の主人公の町娘のように、愛した唯一の人を大切に愛しみ、相手からも同じように愛されたい。

 高位貴族でなくても、構わない。誠実で優しい人がいい。そして、できれば政略結婚ではなくて恋に落ちて結ばれたい。

 それはまだ知らぬ『恋』というものに憧れるソフィアの、数少ない願いだ。


 ソフィアは先ほど読んだ手紙にもう一度視線を移すと、はぁっと小さく息を吐いた。


    ◇ ◇ ◇


 ソフィアの気持ちがどうであろうと、王室からの召喚状を無視することはできない。また『体が弱い』の設定を使おうかとも思ったが、それでマリオット伯爵家の王室からの心証が悪くなっては一大事だとあきらめた。


 どうやらこの召喚状は十六歳から二十四歳までの、正式な婚約者のいない全ての独身貴族女性に送付されているようだ。益々もって、ソフィアが行く必要なんてない気がする。アーサー王子の妻になりたい令嬢は掃いて捨てるほどいるのだから。


「ソフィーは既に知っているでしょうけど、王族の方について、もう一度一通りのことをおさらいしてから行くといいわ。──きっと、素敵な出会いがあるわ」


 ソフィアには『素敵な出会い』なんて全く想像がつかないけれど、お母様は意味ありげに微笑むと穏やかにそう言った。


「素敵な出会いなんてあるかしら?」

「あるわよ。だってあなたの──」


 お母様はそこで口元に軽く手を当てて口ごもると、ソフィアを見つめてにこりと微笑む。


「可愛いソフィー。あなたは誰よりも魅力的よ。だから、お母様の言うことを信じて」


 仕方がなく、ソフィアは渋々頷く。

 いずれにせよ、王宮から呼ばれたからには行かねばならない。知識不足故に王族の誰かの不興をかってマリオット伯爵家に不利益があっては大変だ。ソフィアはそういう点においてはしっかりとしているのだ。


 そんなわけで、ソフィアは王族の方についての最低限の予備知識を勉強していた。読んでいるのはヤーマノテ王国やこの国の王族についてまとめられた紙だ。


「王子様って四人、王女様も三人もいるのね。しかも、みんな歳がほとんど一緒じゃない?」


 ソフィアは手元の資料を見ながら独りごちた。知ってはいたが、こうしてまとめられているものを改めて見ると、新鮮に感じる。

 七人の子供達の一番上が今回の婚約者選びをするアーサー王子。国王陛下の正妻である王妃殿下の子供で、王太子として育てられている。現在二十三歳で、金の髪に青い瞳の美丈夫だという。


「なになに。ギフトが『無効化』? さすが王族ともなると凄いわね」


 ソフィアはペンをくるくると回しながら驚きの声を上げた。『ギフト』とは、人々が天から授かった特別な力だ。ある一定の割合の人々に、不思議な力として現れる。

 このギフトが『無効化』ということは、他の人のギフトを無効にするということだ。例えば、炎のギフト持ちの人間がそのギフトを用いて王太子を亡き者にしようとしても、その攻撃を無効化してしまうということだ。ソフィアの知る限り、ギフトが『無効化』など、聞いたことがない。さすがは王族だと思った。


 よくよく資料を見てみると、他の王子や王女達も軒並み人々からの羨望の的となる凄いギフトばかりだ。『雷』、『浮遊』、『氷』、『治癒』……。凄いとしか言いようがない。


 そんな中、ソフィアは一人の王子のところに目を留めた。


「あら? この方のギフトは……。一人だけ、お気の毒に……」


 それは、第四王子のロバート王子の欄だった。ギフトの欄に『植物の育成促進』と書かれている。世の中の八割くらいの人はギフトなしなのでギフトがあるだけでも素晴らしいのだが、この兄弟姉妹達に混じるとなんだか気の毒に感じる。


「ふふっ、あまり役立たないギフトを持っているなんて、わたくしと一緒ね」


 植物の育成促進は、植物の成長を早めたり、瑞々しさを長期で保つことができるギフトで農家には大変重宝される。ただ、王族であるロバート王子にはなんの役にも立たないだろう。宝の持ち腐れである。


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