第二十四話 帰路にて②
いつの間にか馬車はリンギット子爵邸の前に到着していた。門の中では、なかなか戻ってこないソフィア達を心配して、コーリアが迎えの馬車を出そうとしているところだった。
「コーリア叔母様、遅くなりました」
ソフィアは馬車から降りると、コーリアに呼びかける。コーリアはハッとしたような顔をして振り返り、ソフィアの顔を見ると安堵したように微笑んだ。
「ソフィア! あまりにも遅いから、今迎えにいこうと思っていたのよ。よかったわ」
「親切な近衛騎士の方に送っていただいたのです」
「それはよかったわ」
ソフィアが振り返ると、先ほどの近衛騎士はちょうど馬車を出そうとしているところだった。
「待って!」
ソフィアは慌てて門の外にいる馬車に駆け寄った。動き出そうとしていた馬車がその声に反応して停まる。
「騎士様、お名前は?」
ソフィアは二度も親切にしてもらいながら、まだ彼の名前すら知らない。窓から少し顔を出した近衛騎士は名を聞かれ、目を見開く。
「名前?」
「ええ」
驚いたように言葉に詰まる近衛騎士を見上げ、ソフィアは小首を傾げる。
「……そうだな。ボブと呼んでくれればいい」
「ボブ様、ですね。お礼はなにを差し上げたら?」
「お礼? なんでもいい?」
「はい」
ボブは口元に手を当てて考え込む。
ソフィアはその沈黙をどうとらえればいいのかと戸惑った。
正直、ソフィアの実家であるマリオット伯爵家は貧乏だ。大したものは渡せない。一番高価な私物は、子供の頃に買ってもらった貝彫刻の入った鏡だ。
「では、名前を。これからはソフィア嬢を『フィー』と呼ぼう。俺のことは先ほど言ったとおり、『ボブ』と。様はいらない」
「え?」
「お礼はなんでもいいのだろう? 決まりだな」
ボブは楽しげに笑う。
「ああ、もう一つ。男に向かって『お礼はなんでもいい』などと言うのは以後禁止だ。では、またな。フィー」
ボブはそう言うと、片手を挙げて顔の横で少し振る。ソフィアは豪華な馬車が走り去る後ろ姿を呆然と見送ったのだった。
◇ ◇ ◇
一方その頃、王宮の一室ではキーリス特級政務官を始めとする多くの者達が険しい表情をして向き合っていた。テーブルの上にはたくさんの刺繍の力作が積み重なっている。そして、テーブルの端には切り刻まれた布切れも置かれていた。
「ヴィーの作品が切り刻まれたと言うのは間違いないのか? 昼に会ったときはそんなことは言っていなかったが」
少し苛立った様子のアーサー王子がカツカツと人差し指でテーブルを叩く。キーリスはアーサー王子を見つめ、頷いた。
「間違いありません。この目で確認しました。ただ、ヴィヴィアン嬢はご自身のギフトで修復されましたが」
「よりによってヴィーの作品を狙うとは、いい度胸だな」
「ヴィヴィアン嬢の作品を狙ったかどうかはわかりません。切り刻まれた方はヴィヴィアン嬢を含めて三名おります。もし私がギフトを使うことを禁止すれば、恐らくヴィヴィアン嬢はここで落選でした」
「そんなことになったら、理由をつけてこの選考会は流す」
「──アーサー殿下。なんのためにヴィヴィアン嬢にまで協力していただきこの選考会を開催したとお思いですか……」
キーリスは眉間を指で押さえながらはぁっとため息をつくと、アーサー王子を嗜めた。アーサー王子はムッとしたように眉を寄せ「わかっている」と呟くとドシンと背もたれに寄りかかる。
「他の二人は、残念ながらここで──」
キーリス特級政務官がそう言いかけたところで、アーサー王子は「待て」と声をかけた。
「他の二人とは誰だ?」
「マリオット伯爵家のソフィア嬢と、同じテーブルにいたミレーですね」
「ミレーを落とすのはダメだ。さっき作品を見たが、それなりの仕上がりだったぞ。それに、ソフィア嬢も。──あの作品は多少個性的ではあったが」
「通過させますか? あのお二人よりよい仕上がりの作品は多数ありましたが……」
「ああ、させる。それに、この選考は作品のよしあしの問題ではないはずだ。このような嫌がらせ行為で被害者が落選すれば、行為を増長させる可能性がある」
キーリス特級政務官は多少不満げな顔をしたが、アーサー王子に命じられて了承するように頭を下げた。
「ところで、以前の献上品に混じっていた例のものと同じ特徴の刺繍はあったのか?」
「残念ながら見当たりません。向こうも前回の失敗から同じ罠を二回仕掛けるのは避けたのかもしれません」
「そうか……。ここまでやっておいて今更だが、本当に今回の花嫁選考会でこちらが思う通りにことが動くだろうか?」
「必ずや動くかと。この後は選考に残った者達を王宮に滞在させますから、間違いなく何らかの動きがあるかと」
「なら、いいのだが」
前代未聞の花嫁選考会。表向きはそういうことになっているが、この選考会の真の目的は別にある。ここ数年アーサー王子への暗殺未遂が多発しているのだ。これまでも年に一、二回の事件はあったものの、最近になって急にその頻度が上がった。毒、呪いの品、投石……。その手法も多岐に亘る。
王宮の騎士団が懸命に調査をしたものの、黒幕のしっぽを掴むことは未だにできず、そこで考えられたのがこの花嫁選考会だ。多くの令嬢がアーサー王子に近づけるこの機会を黒幕が利用しないわけがないからだ。
そして、ヴィヴィアンは元々のアーサー王子の婚約者であり、ミレーはその護衛に付けた女性騎士だ。
アーサー王子は憮然とした表情を浮かべていたが、ふと思い出したかのようにぐるりと部屋を見渡す。
「さっきから、ロバートを見かけないな。どこへ行った?」
「ロバート殿下は帰宅するご令嬢の様子を見に行かれました」
「そうか。苦労をかけるな。ロバートには日中の令嬢達の様子を聞きたかったのだが、あとで聞くとしよう」
第四王子のロバートは極めて貴重な『変身』のギフトを持っており、アーサー王子の近衛騎士だけでなく影武者も務めている。今日の日中も、ロバート王子が代わりを務めていた。
アーサー王子は小さく息を吐くと、切り刻まれた布切れを摘まみ上げた。バラバラになったそれらの一部ははらりと床に落ちる。
「切り刻んだ犯人はわかっているのか?」
「現在調査中です。今夜中に明らかになるでしょう」
「全員を徹底的に調べろ。犯人は厳正に処分するように。それと、ミレーを呼んでくれ。今日のことについて、話を聞きたい」
「かしこまりました」
キーリス特級政務官はアーサー王子に向かって、深々と頭を下げた。




