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第二十一話 三次選考⑥

 作品を仕上げる期限は今日の夕刻まで。そこまでに仕上げられなければ、未完の作品として評価される。つまり、落選するのだ。

 暫くすると、ようやく政務官や近衛騎士達を連れてミレーが戻ってきた。険しい表情をしたキーリス特級政務官がソフィアとヴィヴィアンの元に近づく。


「なんの騒ぎです──」


 口を開きかけたキーリスはソフィアの手元を見て、絶句した。


「これはどうしました?」

「お昼に……、昼食を取りに作品をテーブルに置いて席を離れたのです。そして戻ってきたらこんなことになっていて」

「離席されている間に、何者かに作品を切り刻まれたと?」

「ええ……」


 ソフィアは言葉を詰まらせる。

 何者かがソフィア達の作品を切り刻んだことは間違いないのだが、何も証拠はない。誰がやったのかもわからない。真っ先にいつも嫌味を言ってくる二人組のご令嬢の顔が脳裏に浮かんだが、明らかに香りが違った。


(いったい誰?)


 ソフィアは鼻に意識を集中させる。布から香る香水は汎用品のようで同じような香りがするご令嬢が何人かいたが、それに混じってかすかにその人が持つ本来の香りが漂う。その匂いの先には、今朝ロバート王子に失礼なことを言っていた、黒髪を見事に結い上げたご令嬢がいた。


(あの人? でも……)


 ソフィアの鼻は、その黒髪のご令嬢が犯人だと言っている。けれど、何一つとして証拠はない。それに、話したこともないような人がこんな酷いことをするだろうか?


「王宮内には近衛騎士がいますので、不審者は入れません。誰か、お昼に部屋に残っていた方はいないですか?」


 キーリスがぐるりと回りに立つご令嬢を見渡す。しかし、答えるものは誰もいなかった。

 そのとき、険しい表情をしていたヴィヴィアンが一歩前に出た。 


「キーリス様。作品作りにギフトの力を使うのは構わないかしら?」

「構いません」

「そう」


 ヴィヴィアンは無残な姿になった手元の布を両手に包み込む。ふわりと空気が揺れる気配がして、手元が鈍い光を放った。


「修復できたわ」


 にこっと微笑んだヴィヴィアンを見て、ソフィアは目を見開いた。ヴィヴィアンの手元の布が、元通り一枚の美しい布に戻っており、そこには刺しかけの文鳥の姿があったのだ。


(『修復』のギフトだわ……)


『修復』のギフトとは、その名の通り壊れたものを修復する力だ。町には『修復』のギフトを持ったものが修理工としているので、ソフィアも見たことがある。


(ギフトを二つ持っているの?)


 ソフィアは心底驚いた。ヴィヴィアンは先ほど、『聴覚』のギフトを持っていると言っていた。と言うことは、『聴覚』も『修復』の二つのギフトを持っているということだ。世の中にはギフトを二つ持つ人がいるらしいと聞いたことはあるけれど、実際に目にしたのは初めてだった。


「フィーとミレーのものも直してあげるわ」


 ヴィヴィアンはソフィアへと手を差し出したが、キーリス特級政務官がそれを止める。


「なりません。他人の手が入った時点で、この試験は失格です」

「緊急事態なのよ? それでもダメだと?」

「なりません」


 キーリスは淡々と言い放った。「でもっ」と眉を寄せて抗議しようとしたヴィヴィアンを、ソフィアは慌てて止めてゆるゆると首を振った。


「大丈夫です。この試験の最初の説明で、『いかなる他人からの手助けを受けてはならない』と言われましたわ」


 ソフィアはキーリスに確認するように、ゆっくりとそう言った。


「今の話ですと、それはこれを修復するためのギフトも含まれるということですわね?」

「さようです」


 キーリスが鷹揚に頷く。ソフィアはやっぱりな、と思いながら小さく頷いた。つまり、今ここでヴィヴィアンのギフトの力を借りると、ソフィアとミレーはその場で落選なのだ。チラリとミレーを見ると、ミレーも小さく頷いて見せる。こんな状況でも動じないなんて、本当に大した肝の据わりようだ。


「では、自分でなんとかします。ただ、犯人捜しはしっかりしていただきたいわ」

「わかっております。わたくし共もこのような卑劣な行為をする方が花嫁候補として残っていることを深く憂慮しております。──しかし、本当によいのですか?」

「大丈夫です」


 キーリスがもう一度意思を確認するようにソフィアの目を見つめる。

 キーリスは『ここで辞退してもいいのですよ』という意味で本当によいのかと聞いている。ソフィアに辞退するつもりはないので、しっかりと頷いた。ミレーは眉間に皺を寄せ、布の切れ端を見つめていた。


「そうですか。では、作業を進めてください。お二人には新しい生地を用意します」


 キーリスがそう言うと、周りの野次馬のご令嬢達はしずしずと席に戻ってゆく。ソフィアはストンと席に座ると、目の前の布を眺めた。切れ端はキーリスに渡したので、今あるのはその代わりに貰った真っ白な生地だ。


(どうしようかしら……)


 既に時刻は午後だ。時間制限は夕方まで。これから同じ作業をしても、周りのご令嬢達の作品よりも貧相に見えることは避けられない。

 先程の無惨な布の切れ端が脳裏に甦る。ソフィアが持ち上げたとき、切り刻まれたそれはまるで花びらのようにハラハラと床に散らばった。


(絶対に犯人よりは勝ち残ってやる!)


 とは言っても、ソフィアは『裁縫』のギフトを持っているわけでもないし、特別刺繍を速く刺せるわけでもない。ミレーを見れば、凄い勢いで刺繍をしていた。もともと器用な人なのだろう。


 そのとき、ソフィアはふと名案を思い付いた。キーリス特級政務官は『裁縫の腕をみる』と言った。『刺繍の腕を見る』とは一言も言っていない。


(そうだわ! これならいけるかも)


 ソフィアは残り時間を確認すると、早速作業に取り掛かった。


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