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第十一話 遠い距離

 係の者に先導されて王宮へと足を踏み入れたソフィアは、辺りをきょろきょろと見渡した。広い廊下は大理石貼りになっており、表面はピカピカに磨かれている。廊下の両端には白い石の柱が立っており、天井近くにはこちらを見下ろす天使の彫刻が彫られていた。そして、そのまま見上げた先にある天井はソフィアの住む二階建てのお屋敷の屋根よりも高く、ギフトの力を地上の人々に与えたといわれる、想像上の神々が描かれている。


(本当に凄いわ……)


 こんな呆けた顔で辺りを見渡す姿を見られたら、先ほどのご令嬢に『田舎者』と笑われてしまうだろう。でも、ソフィアはそれでも構わないと思った。それよりも、こんなに素晴らしい場所に来られたことへの感動の方が大きかったのだ。


 ソフィアは実家の助けとなるために、大金持ちの商人にでも嫁ぐつもりでいた。伯爵令嬢なのだから、本来であれば同格の貴族のご子息に嫁ぐのが好ましいが、なにせソフィアの実家のマリオット伯爵家は借金まみれだ。恐らく、条件のよい求婚者は現れないだろうということはわかっている。


「ソフィーのことを是非にと望まれている方がいらっしゃるのだよ」


 昔から、お父様は時々ソフィアにそんなことを言った。

 けれど、その求婚者とやらがソフィアに会いに来たことはただの一度もないし、手紙すら来ない。唯一贈られてくるのは、差出人の名のない鉢植えのリモネの花だ。それはいつもとても綺麗で花もちもいいのでとても嬉しいのだが、実際にその人物が贈ってくれているかどうかは疑わしいものだ。

 お父様は「事情があって仕方がないのだよ」と言うけれど、そんな理由もあり、ソフィアはその幻の求婚者をソフィアが気落ちしないようにとお父様が作り上げた架空の人物だと思っている。

 ソフィアも一応は乙女の端くれ。貴族にこだわってよぼよぼのじいさんの後妻や、女癖の悪い男のお飾りの妻になるのは嫌だった。同じ年頃の素敵な男性と恋したい。それには、商人が適切なように思えたのだ。


 商人に嫁ぐと、ソフィアは貴族ではなくなる。だからきっと、これは人生最後の王宮訪問の経験になるかもしれない。しっかりと目に焼き付けようと、周囲を見渡した。


「どうぞ、こちらへお入りください」


 先導していた政務官がひとつの扉の前で立ち止まると、その中を指し示す。開いた扉は全面に精緻な彫刻が施され、さらに金箔で装飾されている。そして、ぽっかりと開いた壁から見える奥は、これまで見たこともないほど広く、そして豪奢だった。


 ソフィアは息を呑んだ。


 天井から吊り下がるのはまばゆいばかりに輝くシャンデリア。床は複雑な模様を描いた絨毯に覆われており、壁にも天井にも装飾が施されているのだ。

 そこはまさに、話に聞いていた通りの場所だった。


「大広間に案内するなんて、一次試験はダンスかしら? でも、テーブルと椅子が出ているわ」


 横にいたご令嬢が訝しげにそう言ったので、ソフィアはここが噂に聞く王宮舞踏会が行われる大広間なのだと知った。大きな広間にはテーブルと椅子が用意されており、既に多くのご令嬢達が着席している。そして、ソフィア達の後からも次々と到着している。ソフィアとメルも空いている席に腰を下ろした。


(結構、待たせるわね……)


 どれくらいそこで待たされただろう。一部のご令嬢達が苛立ち始めた頃、変化が起きた。大広間のソフィア達が入ってきたのとは違う入り口──広間を挟んで対角線上の高いところに位置したドアが開いたのだ。後から知ったのだが、そこは通常は王族が使用するドアのようで、ご令嬢達は一斉にそちらに注目した。


 扉の先から出てきたのは白い騎士服を着こんだ近衛騎士だ。そして、それに続いて銀色の貴族服を着た執務官風の中年の男性が現れる。その次の人の姿が見えた瞬間、会場は「わぁ!」っという歓声に包まれた。


「見て! アーサー殿下だわ!」

「本当だわ。今日も素敵ね」


 周りのご令嬢がうっとりとしたようにため息をつく。

 ソフィアは執務官風の男に続いて出てきた、高い位置にいるその男性を見上げた。金色の長い髪を一つにまとめて、ゆるく垂らしている。黒地のフロックコートには、金色の装飾がふんだんに施されているのが遠目にもわかる。そして、瞳の色はここからでは確認できないが、シルエットや凛々しい顔立ちは間違いなく昨日出会ったあの男性のものだった。


(やっぱり、彼はアーサー殿下だったのね……)


 横にいたメルもそのことに気付いたようで、ソフィアの腕をくいくいと引く。


「ソフィア様。あの方!」

「ええ。昨日の彼だわ」


 ソフィアはじっとアーサー王子を見つめた。大広間はとても広く、ソフィアの位置からアーサー王子まではかなり離れていた。

 そのとき、ソフィアはヒュっと息を呑んだ。広間の中をゆったりと見渡していたアーサー王子が、こちらを向いたのだ。しかし、すぐにアーサー王子の視線は別の場所へと移動してゆく。


「ねえ! 今、こちらをご覧になったわ」

「あら。わたくしの方を見たのよ」

「あら、わたくしよ」


 そんな会話がすぐ近くから聞こえてきた。


(そう……よね……)


 ソフィアは少し寂しさを感じながら、胸のうちで独りごちる。ソフィアにとって衝撃的な出会いでも、アーサー王子にとってもそうであったとは限らない。それに、彼に憧れるご令嬢は腐るほどいるが、ソフィアはただの田舎の伯爵令嬢でしかないのだ。


(もしこの花嫁選考会で勝ち残ったなら、またわたくしに微笑んでくださるかしら……)


 ソフィアはもう一度高い位置にいるアーサー王子を仰ぎ見る。アーサー王子はソフィアとは全く違う方向を見つめているように見えた。昨日、びしょ濡れになりながらもソフィア達を気遣い、優しく笑ってくれた彼が、とても遠い存在に思えた。


(この距離を、なんとかして縮めたいな……)


 それは、果てしなく無謀な挑戦に思える。ソフィアは胸の前で、ぎゅっと手を握りしめた。


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