第一話 初めての冒険者ギルド
俺の名前はナツ・シング。これから勇者になる男だ。
生きていくのがやっとの生活から抜け出して遊んで暮らせるようになるために、魔王を倒して世界を救うのだ。
世界を救った勇者は、手を豆だらけにして畑を耕したりしなくていいし、暗い森で薪を拾いに行かなくても済む。悠々自適の左うちわの生活が待っているんだ。
そのためにもまずは冒険者になって成り上がっていかなくちゃな。
俺は寂れた村を出て街のギルドにやってきた。
年に一度来る吟遊詩人が言っていた。ギルドで冒険者になれば伝説になるくらいの勇者になれる、ってな。
「おーっす!」
俺はギルドの扉を威勢よく開けた。
薄汚れてはいるが年季の入ったレンガ造りの建物に足を踏み入れる。
板張りの床に広い部屋、あちらこちらのテーブルには歴戦の冒険者たちがいた。
正面にカウンターがあって受付嬢がカウンターの奥で忙しそうに書類の整理をしている。
「冒険者になれるって聞いて来たんだけど」
「はいはーい、新人さんね。いらっしゃーい、ちょっと待っててね。ゲンデールさん、こちら報酬の二百ゴルドです。あ、受取証にサインをお願いしますね。えっとメーデルさん、フリント村の鍛冶屋さんに詳細は聞いてくださいね。あの辺りは危険な魔物もいるので、依頼にない魔物でも討伐報酬が出ることもありますから、その時は報告をお願いしますね」
次から次へと仕事をこなしていく受付嬢。
看板娘という表現がお似合いな街娘の衣装にエプロン姿。真面目そうでそれでいて機転の利きそうなくりくりっとした瞳は常にいろいろなところを見ている。動く度に揺れる長い髪は、それでも荒れる様子もなくふわふわさらさらとなびいていく。なによりいい香りがする。
「お待たせ! 君、この辺りじゃ見ない顔だけど、冒険者になりに来たんだよね」
「ああそうだ。俺は冒険者になって勇者になる男だ!」
「うんうん、いいねぇ、若いっていいねぇ! じゃあ、ここに名前とそれから、えっと、とにかく書いてね!」
俺に一枚の紙を渡して受付嬢は次の冒険者の所へ行ってしまう。
紙だ。それもかなり上質の。村じゃあ紙なんて貴重品、滅多にお目にかかれない。伝言は木の皮の裏かよくて羊皮紙だ。それをこんな風に使うなんて思ってもみなかった。
「い、忙しそうだな、それだけ仕事があるっていうことみたいだからな、期待できるぜ! でも困ったな、自分の名前は書けるけど、他は何を書けばいいのか判らないや……」
俺がもじもじしていると、受付嬢が戻ってきた。
「えっと、ナツ・シング、ナツ・シング様ね。よろしくナツ・シング様。名前しか書いていないけど、まあいっか。これからあなたは冒険者です。近隣の皆さんから受けた依頼を公開していますので、ランクにあった依頼を受けてくださいね。では、冒険者の証、冒険証をお渡しします」
そう言うと、受付嬢はカウンターに木の札と俺が書いた紙を乗せて何やら念じ始めた。
「カービラ・カービラ・ジオントジエイ、アイーダハイール・ケンジッジ!」
一瞬だけちょこっと光ったかと思うと、俺の書いた名前が木の板に焼き印として付けられていた。
「わっ、すげぇ」
「でしょー」
そう言うと、受付嬢は名前の刻印された札を俺にくれた。
「これがあなたの冒険証だよ。これはあなたが冒険者である証で、通行証や身分証明書としても使える貴重なやつだからね、大事にしてよね」
「あ、うん」
俺は冒険証を受け取ると、一緒に受け取ったストラップで首にかけた。
「これで俺も晴れて冒険者だ、くぅ~!」
言葉にならない感動がここにある。
「じゃあ、このまま冒険に出るのも危ないから、仲間を募集しよっか?」
「仲間?」