第8話 悪知恵と悪知恵
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「こォんの……ッ、! 馬鹿者がぁぁぁああぁあああ!!」
――ばさばさばさッ!!
第八兵士団の兵舎に響き渡る大地を割らんばかりの雷声に、眠りについていた鳥たちが驚いて空へと逃げまどう。
その声の主は、気の弱い者なら姿を見ただけで気絶させれそうなほどの怒気を纏っているユイさんだ。
そして、馬鹿者呼ばわりされたのは彼女の目の前で正座させられている僕なわけで……。
「ま、まぁまぁおかしら! 落ち着いてくだせぇ、!」
「坊主は俺たちのためを思って行動してくれたわけですし、!」
「実際坊主のおかげで、ひとまずはビルとジャックも助かったんですし!」
今にも僕に殴りかかりそうな勢いのユイさんと僕の間に、<兵士>の皆さんが慌てた様子で割り込んでは口々にフォローを入れてくれている。
僕が第一兵士団の<兵士長>と約束を行ったあと、僕とテオダート様はユイさんに兵舎へと連れてこられた。一旦テオダート様は別室で待機してもらっているのだが、テオダート様が移動された途端に正座をさせられ冒頭のお叱りへと入っていくわけである。
「そんなことは言われなくても分かっている! だからといって、レオが危険な目に会う必要はなかったと言っているんだ、! テオダート様が味方してくださっていたのなら他に遣り様はいくらでもあっただろうッ!」
「そ、それは、そうかもしれませんけど……」
「デッカーノ殿がすでに約束状まで作成してしまった以上こちらから一方的に取り消すわけにもいかないし、! なにより君とテオダート様だけで<魔物>退治なんて早すぎる!!」
「馬鹿にされたんです、! 僕のせいで!!」
「ッ」
「僕が弱いせいで、皆さんが馬鹿にされたんです、!」
「だから……ッ」
「こんなに色々してもらったのに、何も恩返しも出来てないのに、僕のせいで迷惑ばかりかけて、そんなの我慢出来るわけ、ッ!」
――ガゴン、ッ!!
「この……、馬鹿者!!」
ユイさんが振り下ろした拳骨は重く痛く、たった一発で頭のてっぺんから足の先まで衝撃が駆け抜けていく。
余りの痛さに悲鳴を上げることも出来ず蹲っている間に、ユイさんは<兵士長>室へと向かっていってしまった。
「ッ~~~~!」
「大丈夫か、坊主?」
「おーぃ、誰か水汲んできれやれッ!」
周囲で見守ってくれていた<兵士>の皆さんが、わらわらと僕を取り囲んでくる。本当に、良い人たちなんだ。……見た目は物騒だけど。
「おかしらのこと、恨まないでくれな」
「本当は誰より感謝しているんだ。坊主のおかげで仲間が救われたんだからな」
「でも、それで坊主が危険な目に会うことになっちまって、おかしらとしては褒めるわけにも、ありがとうって言うわけにもいかないんだよ、きっと」
「…………はい、……分かってます」
「だけど、本当にどうするつもりだ? 助けてもらった身で言うのもあれだけど、今の坊主じゃ危険だってのはマジのマジだぜ」
「テオダート様が付いているって言ったって、あの人どんだけ強いんだ?」
「さぁ、? それでも、元々<王子>様なんだから実戦経験が豊富ってわけはねえだろ」
「うぅん……、この際こっそり先回りして俺たちで<魔物>をぶっ倒してそれを坊主の手柄しちまうか?」
「無理だろうなぁ、そもそも基本屑で卑怯モノな第一兵士団から吹っ掛けてきた喧嘩だ。その辺の対策はしてくるだろうよ」
「普段仕事しねえくせにそういう時だけ動くからな、あいつら……!」
「そういや、討伐する<魔物>に指定はあるのか? 無ぇなら<ゴブリン>を適当に殺っちまうとか」
「あ、それなんですけど、最近近くの森で<オーク>を見たという報告があったらしくて、それが討伐対象だと言われました」
「……<オーク>、か」
「一匹なら、まあ、回避に徹して弓とか石でちまちますれば……、問題は、数か」
「群れだときついからな、あいつら」
多数の動物が生息するこの世界で、<魔物>かどうかの判断は単純で。死んだときに死体が残るか否か、にある。
どういうわけか、<魔物>は倒すとその身体は光になって消えていってしまう。
だからこそ、例えばどう見ても猪にしか見えない<魔物>を倒したとしても肉が手に入ることはなく、僕らに取って<魔物>は襲い掛かってくるけれど倒しても一切のうま味を手に入れることが出来ない相手なのだ。
今話にあがった<オーク>も<魔物>の一種であり、太った人間の身体に豚の頭を付けたような二足歩行の生き物である。
同種間では、簡単な会話を行っているという記録はあるのだが基本的にその知性はとても低く、目につく動くものは何でも食べようと襲い掛かるという習性を持っている。
動きは鈍重で、逃げるのに専念しながら弓なりなんなり、遠距離武器で攻撃し続ければ一般人でも倒すことが不可能ではないのだが、その巨体から繰り出される一撃はとても重く、仮に複数を相手にする時は訓練された<兵士>でも覚悟しなければいけない相手でもある。
そんな<魔物>と僕が戦うというのであれば……。
「遠距離戦、ですよね」
「絶対だな。間違ってもその聖剣でうわぁぁとかしないようにな」
「別の意味でうわぁぁ、ってなるな」
「とりあえず、テオダート様と話してみたらどうだ。案外、めちゃくちゃ強くて楽勝だぜ! とかになるかもしれねえし」
「そ、うですね……。一度相談してみます!」
そんなわけで。
別室で待機しているテオダート様のところへ向かったわけなんだけど。
……。
…。
「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ」
「…………」
ノックしても返事がなかったので、失礼します。と中に入ってみれば、そこには、備え付けのソファーにうつ伏せになりながらずっとぶつぶつ何か言い続けているテオダート様の姿があった。
正直怖い。
「テ、テオダート様……?」
「レオ!」
「え……」
恐る恐る声を掛ければ、さっきまでの負のオーラはどこへやら。むしろ今まで見たことのないほどにキラキラしたまさに<王子>様といった風貌で、ハグを求めるかのように腕を広げて僕に近づいてくる。
「くたばれェ!!」
「ひぃぃい!?」
ボディー狙いの右ストレート。
嫌な予感しかしていなかったので、ギリギリ避けることは出来たけど、何が怖いって殴る時もそしてまだ今もキラキラ笑顔のままだってことだ。
「はっはっは! なぜ避けるんだい、このゴミ野郎!」
「避けるに決まってるじゃないですか! いきなり何するんですか!」
「それはこっちの台詞じゃ! よくも俺を巻き込んでくれやがってとても怒っているぞ、俺は! あっはっは! 死ね!!」
「どぉわ!? だ、だって、! じゃああの場所で断れば良かったじゃないですかァ!!」
「あれだけ人が居る前で断れるわけねぇだろうが! てめぇの無い頭でもそのくらいは想像つくだろッ!」
「ちょっとだけ思ってはいました」
「やっぱり殺すッ!!」
「わわわわッ!?」
手頃な椅子を持ち上げて追いかけてくるテオダート様と部屋の中で鬼ごっこすること五分ほど。ほぼ毎日<兵士>さんと命がけの鬼ごっこをしている僕に軍配があがることになり、疲れ切ったテオダート様はその辺でへたりこんでいる。
「ぜぇ、! ぜぇ……! てめぇ、……ちょこまか、と……、とりあえ、ず、一回ぐらい殴られ、ろや……ッ」
「い、嫌ですよ……、はぁ、……、そ、それに……、テオダート様は<賢者>じゃないですか……、巻き込んだのは申し訳、ないですけど。でも、役目というか、立場がありますし」
「怖いもんは怖いわぃ!!」
「えー……」
殴ることを諦めてくださったのか、疲れて放り捨てていた椅子に座りなおして、情けないことを自信満々に言い放つテオダート様。
僕に足りないのは、この自信なのかもしれないけれど、この人を見習うのは何か嫌だなァ……。
「なにか失礼なこと考えてねえか?」
「べ、別に、?」
「ケッ、! それで、実際問題としてどうする気だよ。馬鹿みたいに<魔物>討伐、それも<オーク>の討伐引き受けやがって」
「それなんですけど」
「あ?」
ようやく本題である<オーク>の討伐についてさきほど<兵士>の皆さんと話した内容を伝えていく。
「遠距離なァ……」
「以前、<賢者>として【スキル】は教えていただきましたけど、なにか【個人スキル】とかお持ちではないですか? それか、実は似合わないけど弓が得意とか」
「俺が持っている【スキル】は、おい待て! 似合わないってなんだ、!」
「だって、テオダート様って」
「俺って?」
「棍棒とか石とか似合いそうですし」
「お前、やっぱり基本俺のこと馬鹿にしてるだろ?」
「じゃ、じゃあ!」
「弓は苦手だ」
「やっぱり……」
「まぁ、しかしだ。お前と話して良い案が浮かんだぞ」
「ほ、本当ですか!」
「ああ、お前と第一<兵士長>との会話を思い出してみたんだが、向こうは『<兵士>の助力は無しでお願い致しますゾ!』としか言ってなかっただろう? まあ、その前にお前が余計なこと言っているけど、幸い約束状には<兵士>は手伝わない旨しか書かれてなかった。つまりだ!」
「ごくり」
「冒険者ギルドに行って、冒険者を雇っちまえば良い! <兵士>じゃねえから何も問題はねえ!!」
「おぉお!! ……それ、ズルくないですか」
「馬ッ鹿野郎! 戦いにズルいも卑怯もねえよ! 死んだらおしまいなんだから、死なないように目的を達成させるため出来ることを全てやる! これのどこに問題があるってんだ!!」
「でも、今回の趣旨とズレてしまうような……」
「死んだら言い訳もなにも出来ねえんだから良いの! そうと決まったら明日の朝一でギルドに行って応募かけてこようぜ! なぁに俺様の人望と、一応<勇者>のお前の名前があれば優秀な駒がどんどこ勝手に来るって寸法だぜ!」
高笑いし過ぎて椅子ごと後ろに倒れたテオダート様は放置しつつ、確かに仰ることはもっともではあるんだよなぁ……、と考えることにする僕であった。
……。
…。
「<勇者>様ばんざーーい! <賢者>様ばんざーーい!!」
「たった二人だけで<魔物>退治するなんて、やっぱり選ばれた御方はやることが違うってもんだ!」
「きゃぁぁぁ! <勇者>様ぁぁぁ!!」
「勇敢なる御二人に祝福あれッ!」
「これのこの国も安泰ってもんだ! 御二人が無事に戻った時のために祭りの準備だ野郎どもッ!」
「「…………」」
次の日。
冒険者を雇うために冒険者ギルドへ行こうと城下町へ降りた僕たちを待っていたのは大勢の人たちによる温かすぎる声援だった。
「う、嘘だろ……」
「先回り、されて……たってこと、ですかね……、ど、どうしましょう、テオダート様……!」
「レオにだけ三番目の声援があるなんて……」
「そこォ!? そこは今一番どうでも良いことですよねぇ!?」
「分かっているよ、九割本気の冗談だよ!!」
「それもう本気って言うと思います……」
「くそ……ッ、! これじゃあもうギルドへ行っても同じことじゃねえか、! 仕方ねえ、! とりあえず今日はポーションでも買いにきたんですぅ、って顔して買い物だけして城へ戻るぞ!!」
「あ、待ってくださいテオダート様ーッ!」
『普段仕事しねえくせにそういう時だけ動くからな、あいつら……!』
<兵士>の方が言っていた意味をまじまじと体感したことになるのだが、もう、どうしよう……。




