第7話 売られた喧嘩は買いますよ!
今回も、はじめは<兵士長>ユイ視点になります。
宜しければ、感想・評価をどうぞよろしくお願いいたします。
最悪だ。
会議室に集合した全員の視線を浴び、完全に自分に酔ったまま話し続けるのは、第一兵士団を纏め上げる<兵士長>のデッカーノだ。
曰く、
・第八兵士団の<兵士>が一方的に第一兵士団の<兵士>を殴った。
・殴られた<兵士>は全治一か月の大怪我である。
・目撃証言も存在する。(ただし、第一兵士団の他の<兵士>の証言だが。)
とのことだ。
これ見よがしに殴られた<兵士>まで連れてきている。包帯が全身に巻かれていて、特に折れているらしい右腕は厳重だ。だが、本当にあのレベルの怪我を負ったのであれば今この場に居れるわけがない。ご丁寧に顔にまで巻かれた包帯のせいで表情は読み取りにくいが、それにしたって、じゃあどうして顔がまったく腫れていないんだ。くそったれが。
だが、何より最悪なのは、デッカーノが在ること無いこと叫びまくっていることでも、嘘っぱちにしか聞こえない目撃証言があることでも、私が部下に会わせてもらえないことでもない。
ここに居る連中が、今回の件に関してまったく興味を持っていないということだ。
緊急集合を受け集められたのは、各兵士団の<兵士長>、そして幾人かの官僚だ。
<王>様も、<神官長>も、全ての兵士団を束ねる<団長>も不在。
城内で発生した事件とはいえ、所詮は<兵士>同士の喧嘩だ。本来であれば、各<兵士長>で治めておわりの事柄なんだ。
当然、他の連中からすればこんなことに時間を費やしたくないという気持ちしかありはしないだろう。このままでは、下手に策を練る前にデッカーノの言い分が通りかねない……。
成り上がりの私たちを嫌っていることは知っていたが、ここまでしてくるか。
「以上のことから! 此度の事件を起こした<兵士>二人は牢獄行、加えて……。第八兵士団は解散すべきである。と、吾輩はここに宣言致しますゾ!」
「お待ちください! いくらなんでもあんまりです!」
「理由もなく狂暴になり暴れ出す<兵士>を城内に居させることの危険性が分からんのですかなァ! こちらには、一部始終を見ていた目撃者も居るのですゾ! しっかりとォ! そちらの<兵士>が暴れ出した様子を確認しているのですゾ! それともォ、吾輩の部下が嘘をついているとでも言うのですかなァ!」
「そうではありません! ですが、私の部下も意味なく力を振るうような者ではありません! ですので、まずは部下に会わせてくださいと何度もお伝えしているではありませんか!」
「くどいくどいくどいですゾーーっ!」
「まあまあ、お二人とも落ち着きなさいな。喚いて解決することでもありますまい。それに、<兵士>の処分はともかく、団の解散ともまでになりますと、<団長>不在のこの場で決められることでもないでしょう。」
仲裁に入ってきたのは第三兵士団の<兵士長>。
座りなおす私に向かってこっそりと似合わないウィンクを飛ばしながらニヤニヤと笑っているが、これで点数を稼いだとでも思っているのだろうか。
全てを忘れてデッカーノとどちらも殴り飛ばしてしまいたい……!
だが、もっともだ。
いきなり解散宣言まで飛び出して我を忘れてしまったが、<団長>が不在のこの場でそんなことが実行できるわけがない。
落ち着かなければ……。私が冷静にならなければ誰があいつらを救うというんだ。
今のやり取りのせいでますます周囲の帰らせろ欲求が高まっている。このままでは本当に牢獄行だけは通ってしまうかもしれない、!
「そもすォも! 第八兵士団の素行の悪さは、ここに居る皆々様全員重々承知のはずですゾ! いつか、なにかしでかすと、常日頃から吾輩は言っておりましたゾ! そして、今日の事件!! これはもう見逃すわけにはいかんのです、そう! 正義の名のもとにィィ!! さァ、! さァさァさァさァさァ!! 牢獄行の判決に賛成の方は、挙手をお願い致しま、」
「待ってくださぁぁぁぁぁぃぃいいい!!!」
――バーン!
デッカーノの言葉を遮って、部屋に飛び込んできたのは……。
……。
…。
僕のせいだ。
僕のせいだ。
僕のせいだ。
僕のせいで、第八兵士団の皆さんに迷惑をかけた、!
「お~~ぃ、!」
なんとかしなくちゃ……。
僕のせいだ、!
「待てって~~!」
迷惑しかかけてないのに……。
あんなに良くしてもらってるのに、!
僕が、なんとかしなくちゃいけないのに……!
なのに……!!
「第四会議室ってどこォ!?」
「だから待てって言ってんだろうがァ!」
「ごふ、!?」
「ぜぇ、ぜぇ、! ……、ぜ、絶対そうだと思ってたわ! 絶対、! 行き方分かってねえと思ってたわ!!」
「と、飛び蹴……、ぐ、ッ! テオダート様!! 第四会議室にはどうやって行けば良いんですか!?」
「だから、落ち着けって……、はぁ、はぁ……! ま、ずだな、作戦を、だな……。会議室へは、廊下突き当たりの階段を上って、そこの廊下の手前から二番目の部屋がそうだが、そこに、入る時にだな……。俺様が、カッコ良くなるために、」
「ありがとうございます!!」
「聞けやァァァァ!!」
テオダート様が後ろで叫んでいるようだけど、気にしている場合じゃない!
突き当りの階段、昇ったさき手前から二番目の部屋……。
あそこだ、!
「待ってくださぁぁぁぁぁぃぃいいい!!!」
――バーン!
飛び込んだ部屋の中には見るからに偉い方々がコの字型に並べられた机のまわりに座っていた。
その中で一人、なぜかぴしっ! と片方の手をまっすぐ上へ伸ばしている人が居るけど、何をしているんだろう。
「な、誰だ貴様! 今は会議中だ、出て行きなさい!」
「どこ所属の者だ、! 常識知らずにも程がある!」
「ん、? あの顔……、新しい<勇者>殿じゃないか?」
「あ~……、ほんとぉだねぇ~……。」
「だ、だとしても! <勇者>殿だとしても、今は大事な会議の真っ最中ですゾ! 勝手に入ってきてもらっては困りますゾ! はやく出て行ってくだされ!」
「今回の件、第八兵士団の方は何も悪くないです、! 全部僕を庇うためにしたことなんです! どうか罰を取り消してください!」
「な、何を!?」
「僕の練習している様子がひどいって悪口を言った第一兵士団の人たちを止めようとしてくれたんです! そ、そりゃ殴ったのは駄目かもしれませんけど……、で、でも! 全部僕のせいなんです! あの人たちは悪くないんです!!」
「<勇者>殿、! いい加減に、」
「レオ!!」
「はい!!」
手をあげていた人が僕を止めようとするその前に、鼓膜が破けそうになるほどの大きな声で僕の名前を呼ぶ女性。ユイさんだ。
余りにも勢いよく立ち過ぎたせいで椅子が転がるもお構いなしに、僕の傍まで駆け寄るとミシミシと力強く肩を握りしめられる。
「今の話、本当か? 本当に、あいつらが殴ったのは、第一兵士団の<兵士>が君の悪口を言っていたからなんだな!?」
「ほ、本当です!」
「と、なると……。デッカーノ<兵士長>殿! お話が違うのではありませんか! 何も理由なく私の部下が殴った、と貴殿の部下は証言しているのですよね! 一部始終を見ていたという部下が!」
「ぇ、いや、あの、!」
「だとすれば、その証人も聞いているはずですよね、殴られた者が<勇者>殿の悪口を言っているところを。それをなぜ黙っていたのですか!」
「そ、それは、その!」
「それは!? 納得のいく理由を聞かせていただきたい! 確かに、先に手を出したのは私の部下なのでしょう。ですが、理由もなく殴ったわけではない! それを貴殿は隠蔽した、それについて納得のいく理由をこの場に居る全員に話していただきます!」
「しょ、証拠!!」
「はい?」
「そうだ! 証拠ですゾ! 聞けば<勇者>殿は貴公の第八兵士団と懇意にしているとのこと。今の発言だって彼らを庇うために言った嘘ではないという証拠がどこにあるのですゾ!」
「そ、それは‥…!」
「そもそも、そうですゾ! そもそも<勇者>といえど、元はただの<農民>! 現在が<勇者>だからとそのすべての発言が正しいと決めつけるのは如何なものかと!」
「デッカーノ<兵士長>殿……! 貴殿という方はどこまでも、!」
「証拠があるのなら言ってみるといいですゾ! ここに居る全員が、<勇者>殿の発言が正しいと納得する証拠を!!」
「――そこまでです。」
「今度は一体誰ですゾ!」
「我が国が誇る<兵士長>達がそろっていったい何をそんなに揉めているというのですか。」
「…………あ、!」
「扉も開いたままで、声が外に漏れていましたよ。皆さんは御自身がどのような立場に居るのか、分かっているのですか。」
「テオダート、様……!」
開けっ放しの扉から堂々と入ってきたのはテオダート様だ。
さっきまであんなに息を切らしていたのに、全然入ってこないなと思ってたら呼吸を整えていたのかな。
猫を完全にかぶり切ってはいるけれど、「ああ……、俺今超絶かっけぇぇぇえ!!」とか考えているのだろうな……。
「こ、れはその……! じ、実は<勇者>殿が、!」
「ああ。第一兵士団の<兵士>が私の友であるレオの中傷をしていたという件でしょうか。私が注意に入る前にあんなことになってしまい気にはしていたのです。あの場に私も居たというのに申し訳ない。」
「んひょぉ!?」
「これは~……、別の問題が出てきたんじゃなぁ~い?」
「そうですな。この国の希望で在られる<勇者>様に対してまさか国の<兵士>が中傷してたとなると大問題ですな。」
「さあ、デッカーノ<兵士長>殿! 私の部下の件も合わせてどうさせて頂こうか!!」
テオダート様の登場に、さっきまで我関せずのようにも見えた<兵士長>様方が意見を述べ始め、ユイさんに至っては、ここで斬り殺す。と言い出しそうなほどのオーラを背負っている。
デッカーノと呼ばれている<兵士長>様は絵に描いたように顔色を真っ青に変えている。少し、可哀そうにも見えるけど第八兵士団の皆さんにしたことを思えば庇う気にもならない。
「……ぁ、ぁの……、そのっ、! ……<勇者>殿と、そしてこの国を想ってこその行動ですゾ!」
「は?」
「そ、そうですゾ! 吾輩の部下は<勇者>殿の中傷等はしておりませんゾ! すべてはこの国のため! そもそも、問題児ばかりの第八兵士団に<勇者>殿を任せるなどはあってはならんことなのですゾ!」
「自分のところで引き受けるもなかったくせによく言う……。」
「実際<勇者>殿は夜に隠れて訓練をなされているというではありませんか! これはつまりは第八兵士団の不手際ですゾ! 吾輩の部下はそれを責めただけであり、決して、!」
「訂正してください!!」
「はぇ!?」
「第八兵士団の皆さんは本当に僕のことを想って、僕に合った訓練をしてくれてます! それを見たこともないくせに勝手なこと言わないでください!!」
「お、おい! 落ち着きなさい、レオ!」
「放してユイさん! 黙って聞いていれば我慢出来ません!」
「な、なにを仰られるか! 事実<勇者>殿はまったく強くなってないではありませんか! 吾輩は<兵士長>! 人の力量を図る【スキル】は持っておりますゾ!」
「じゃあそれはポンコツですね!!」
「んなァ!?!?」
「ユイさん達のおかげで僕は強くなっています! 貴方にどうこう言われる筋合いはありません!!」
「そぉ……こまで言うのでしたら! 実際に<魔物>退治ももう出来るのでしょうなァ!」
「、っ!」
「どぉされましたかァ~? あれだけ啖呵を切っておいてまさか出来ないなんて言うわけありませんゾ?」
「デッカーノ<兵士長>殿! レオはまだ、」
「出来ますよ!!」
「レオ!」
「その代わり、僕がしっかり<魔物>退治が出来ると証明出来たら、第八兵士団の皆さんに謝ってもらいますからね!!」
「もォし本当に出来るのであればそれはもう誠心誠意心を込めて謝罪させていただきますゾ!」
「分かりました! <魔物>退治してきますよ! 僕とテオダート様で!!」
「え?」
「<兵士>の助力は無しでお願い致しますゾ!」
「ちょ、っ!」
「望むところです! ね、テオダート様!!」
「良いですかな、テオダート様!」
「……っ! も、勿論さ!!」
こうして、僕は想像していたよりもずっと早くに実戦へと赴くことになったのであった。