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第5話 訓練とは地味で辛いものである。


次の日、念のためにとオネスト様に確認を取ってみたところ拍子抜けするほど簡単にユイさん率いる王国直属の第八兵士団にて訓練をして良い許可が下りた。

元々、身体能力強化系の【スキル】のなかった僕をどこかで修行させようという話は出ていたらしいのだが、素人丸出しの僕をある程度まで訓練してあげようという意見が他の兵士団が出てこず困っていたらしい。

まあ、成功すれば名誉な仕事だが、明らかに弱っちぃ僕を育てて生半可にしか成長しなかったら失態ものだもんね……。

あとは、最近は辺境での戦いも若干落ち着いていて余裕があるのも理由の1つなんだそうだ。


特定の<職業(ジョブ)>に就くことでしか習得できない【職業スキル】とは異なり、【個人スキル】は一生懸命努力することで習得出来ることがある。

実際、<魔法使い>が良い例だが、【個人スキル】である【魔法】を習得することが<職業>に就く条件だったりすることもある。

努力すれば必ず習得できるものではなく、才能と人一倍の努力という現実が付属してはいるのだが、【職業スキル】に期待できない僕にとっては【個人スキル】に縋るしかない。



そんなわけで、僕は第八兵士団の皆さんに交じって少しでも生き残る可能性をあげるために必死で訓練を行うんだけど……。



――1週間後。


「レオ! こっちへ来なさい!」


「はい!」

訓練と言っても、この1週間ずっと走り込みか素振りしかしていない。今日も朝から休憩をはさみながら3時間ずっと走り込みを行い、素振りに取り掛かってすぐにユイさんによく通る綺麗な声で呼びかけられる。

ここではユイさんの命令は絶対だ。少しでも待たせてしまおうものなら容赦なく拳骨が飛んでくるので僕は急いで走っていく。

僕も、ユイさんも、そして他の<兵士>の皆さんも服装は、厚手生地の長ズボン(カーゴパンツ)に上着はシャツ等で薄着だ。ユイさんが薄着だと、形の良い胸が存在を主張してしまい目のやり場に正直困る……。


「お待たせしました!」


「うん。呼ばれてからの反応が早くなってきたな。良いことだ。……ん、んっ! 実はな。この1週間君の様子を観察していて分かったことがあるんだ。」


「は、はい。」


「良いか。心して聞いてほしい。」


「……はい。」

緊張し、ユイさんの瞳から視線を外せなくなってしまった僕の肩に、ユイさんが優しく両手を添える。


「君は、驚くほどに剣に対する素養がない。」


「…………え。」


「いや、正直私もびっくりしている。聖剣に選ばれたんだから、せめてもうちょっとはあるだろうかな、とか思ってたんだけど。」


「え、え、え!? え、ちょっと待ってください! 少しもですか!?」


「うん。少しも。」


「まったく!?」


「まったくまったく。もう笑えてくるよね。」


「あ、で、ですけどまだ1週間ですし! 素振りしかしてませんし、!」


「いや、一応私これでも<兵士長>だからね? 素養があるかどうかぐらいは1週間も見てれば嫌でも分かる。君はびっくりするほど剣に合ってない。」


「ええー…………。」


「まあ、元々農作業とか体力は十分あるからその辺は救いなんだろうけど。しかしだ。私も君にダメだしをして終わる気はない。しっかり対策は考えてある。」


「ほ、本当ですか! どうすれば!」


「うむ。剣に対する素養がないのだから。」


「だから!」


「聖剣を溶かして別の武器に成形しなおせえば良いんじゃないかな!」


「絶対に駄目でしょうね!」


「いや、案外いけると思うんだよね、私。ほら、聖槍とか、聖槌とか。」


「絶対に駄目でしょうね! というか、聖剣を溶かせれるわけないじゃないですか!」


「じゃあもういっそのこと聖棍棒とかで良いんじゃないかな。」


「更にレベル下がってるじゃないですか! なんですか、聖棍棒って!」


「いや、でも、剣よりも棍棒のほうが扱いやすいよ?」


「それは、そうでしょうけど……。」


「かしらァ! どうしたんですかい、レオ坊と話し込んだりして。」

「そろそろ飯にしやせんか? 腹減って腹減って。」

「肉が食いてえ。」


「ああ、良い所に。なぁ、お前たち。レオの剣捌きをどう思う?」


「「「不憫。」」」


「不憫!? 下手くそとかじゃなくて、不憫!?」


「なんか、見てて可哀そうになってくるよな……。」

「ああ。まだチャンバラごっこしているガキのほうがマシに見えてくるしよ。」

「もうわざと負けてやったら良いんじゃないかって気持ちにさえなる。」


「だ、そうだ。ある意味で敵の戦意を挫くことには使えそうだな。」


「嫌ですよ! そんな<勇者>居たら最低じゃないですか!」


「そもそも、人の家に勝手に入り込んで箪笥を漁るような<勇者>な時点でなぁ……。」


「それは言わないでください!」


「ともあれだ。私はなにか良い手がないか探ってみるから、それまでは一旦素振りは中止だ。その分を走り込みに充てておきなさい。」


「分かりました……。」


「そう凹むなよ、レオ坊。」

「体力と根性は認めてるからよ。」

「そうそう、初日なんかゲロ吐いてもしっかり着いてきたしな。」


「ありがとうございます……。」

正直、落ち込んでいないといえば嘘になる。

けれど、あのユイさんが言っているんだし本当のことなんだろう。他の手も考えてくれると言っているんだ。いまは、自分に出来ることをしよう……。

走り込みの準備を終え、始めようかと思ったその時、<兵士>さんの一人が話しかけてくれた。


「よぉ、レオ坊。」


「ぁ、はい。どうしました?」


「いや、なんつーか……。あれだ。走り込み、手伝ってやるよ。」


「え?」


「いや、! ほらあれだ! 一人でやっても寂しいだろ? 俺らが一緒に訓練してやるってんだ!」


「……。」


「なんだよ、……嫌か?」


「い、いえ! そんなことないです! 嬉しいです! 本当に!」


「そうか。いや、べ、別に頑張っているお前を助けたいとか思っているんだからね!」


「ん、? あ、はい! ぇ、はい! ありがとうございます!」


「じゃあよ。」


「はい!」


「今から本気でお前を殴りに行くな?」


「どういうことですか!?」


「え? いやだから、俺たちが全員でお前の顔面をボコボコにするって意味で。ああ、ボコボコっていうのは……。」


「いや! 殴りに行くの行為が分からないんじゃなくて、どうしてそういうことをするのかっていう、どういうことですかですよ!? 理由がまったく分からない!」


「馬鹿だなぁ、お前はいつか戦場に行くんだぞ? 本気で怖いと思いながら走らねえと意味ねえじゃねえか。」


「わ、分かるような分かりたくないような。あ! ということは本気で殴るっていうのはあくまで振りなんですね!」


「いや? 躊躇なく殴るけど?」


「なんでよ!」


「防御の訓練にもなって一石二鳥じゃねえか。おーぃ、お前らー!」


「おう、どうした。」

「なんだよ、飯までまだ時間あるじゃねえか。」

「勝手なことするとおかしらに殴られるぞ。」


「レオ坊が走り込みするらしいんだがよ。」


「「「分かった。全力で殴れば良いんだな?」」」


「なぜ通じる!?」


「「「え?」」」


「どうしてそんな綺麗な瞳で見返せれるんですか! 皆さんおかしいですからね!? 絶対におかしいですからね!?」


「まあ、案ずるよりもなんとやらだ。じゃあ、行くぞ?」


「え、ちょ、待ひぃいいい!!」


「オラオラオラオラオラァ!!!」

「ぎゃははは! 囲め! 囲んでぶっ殺せ!」

「石だ! 石投げてぶつけろ! 足を止めればこっちのもんだ!」


「たずげてぇええええ!!!」



……。

…。


「なにをしてるかァアアア!!!!」

響く怒号。

戻ってきたユイさんが見たものは、簡単に捕まりボコボコにされたあと磔にされ更には足元を燃やされそうとしている僕と、その周りを裸踊りする野郎どもの姿であった。


「あ。お疲れっす、おかしら。」

「もうちょっとで生贄を捧げる聖なる踊りが終わりやすんで!」

「そしたらバーベキューですぜ!」


「なにをしているかは聞いとらんわァ!!」

ユイさんが腕を一振りするだけで数人の男共がぶっ飛んでいく。あっという間に暴徒を鎮圧し、磔にされた生贄()を救出してくれた。


「おぃ、レオ!? 生きているか! 返事しろ、レオナルド!!」


「な、、とか……。」


「ぁ、痛つつ……、もぉ、いきなり殴るこたぁねえじゃねえですかい、おかしら。」


「走り込みをさせていたレオに何をしているんだ馬鹿共!!」


「いや、走り込みの協力でもしようかなって。」


「ああ。後ろから追い回したのか。なるほど。」

それだけで、なぜ分かる……。


「だが磔までする必要はないだろう!」

そもそも追い回す必要もないと思います……。


「すいやせん……。」

「だから俺は止めとけって言ったんだ。」

「女々しい野郎だな、すぐに逃げやがる。」


「はぁ……、もういい! お前らは昼飯の準備でもしてろ!」


「「「へい!」」」


「頭が痛い……、レオ? 救護室に連れていくが、歩けるか?」


「す、すみはへん……、あ、あひにひからがはいらはうて……。」


「ああ、分かった分かった。じっとしていなさい。」

筋肉がついているわけではなく、太っているわけでもないとはいえそれでも成人した男性である僕を、ユイさんはなんということもなく軽々と背負う。


「それで? 実際、どのくらいの間逃げれたんだ?」


「い、ふん、ほど……。」


「1分? それは、もう少し頑張ってもらわないとな。あいつらのやり方ははっきり言って馬鹿ではあるが、実戦では本当に起こりうることだからな。」


「はひ……。」


「大人数から逃げるって思ってる以上に難しいだろ。追い詰められないように、囲まれないように、追いかけてくる相手や隠れている相手、敵の考えを予想しつつ頭の中に逃走の地図を書かなくちゃいけないから。」


「いひも……。」


「いひ? ああ、石か? あいつらそこまでしたのか……。そうだな、石もそうだし、矢や魔法も飛んでくるな。……でも、そうだな。」


「?」


「明日から、君の訓練は今日のように逃走のものにしようか。」


「…………。」


「あっはっは! 安心しろ。さすがに今日みたいにボコボコにするのまではしないさ。ただ、大人数から逃げる訓練をしよう。ただ走るよりもペース配分の調整も含めて必ず君の力になるはずだ。」


「そ、れはら……。」


「大丈夫だよ。君は自分の命のことだけを考えるといい。ここで上手な逃げ方、攻撃の避け方に受け方を学んでくれればいい。君は私が、私たちが必ず守るから。」


「……はひ。」


「さあ、まずはその傷を治さないとね。」

ユイさんの言葉に、思うところはあるけれど。

壊れ物を扱うように優しく背負ってくれる彼女の背中の温もりが、助けてもらった安心感とともに僕を眠りへと誘うのであった。


「……ん、? ……寝ちゃったか。やれやれ、どうしようかな、この<勇者>様は。」


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