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翌日、二月二二日。
王立学園の二階、オズは一つの表札の前で立ち止まった。表札には『Ⅲ』という数字が書かれている。三年生の教室だ。
中へ入ると、卒業を控えるだけの暇を持て余した同級生たちが、あちこちで世間話に興じていた。
彼らの間を縫っていき、鞄を席に下ろすと、待ち構えていたラウラが正面の席から振り返った。
「おはよう。オズ」
「ああ、おはよう。ラウラ」
「……」
いつもの日常であれば、この後ラウラが他愛もない話を振ってくるのだが、今日の――いや、今日も彼女は様子が変わっていた。
何かを期待した目をオズへと向けている。その目は昨日も見た。
「ラウラ、父から聞いた」
「えっ!? な……なにを……?」
疑問符をつけているが、ラウラはオズが何を聞いたのか察していた。その証拠に、彼女は顔を真っ赤にしてそわそわしている。
オズはラウラの耳元まで顔をやると、そっと囁く声量で、
「なにをって、婚約の話」
「ぶっ!!」
言おう言おうと思いながらも、終日言い出せなかった話題を平然と言葉にされ、ラウラは噴き出した。
「ちょ、ちょっと、オズ!」
「ああ、悪い。決まったわけでもないし、口外禁止の話だったな」
「そ、そういうことじゃなくて……その……」
「なんだ、どうした?」
しどろもどろなラウラにオズは首を傾げた。そんな余裕綽々なオズにラウラは眉を吊り上げる。
「なんでそんなに平気な顔してるのよっ」
「なんでと言われても……」
「もう……私だけ騒ぎ立てて、馬鹿みたいじゃない。……ねえ、オズ。オズは……私を、どう思ってるの?」
「……」
オズは目を潤ませてじっと見つめてくるラウラを見て、今彼女が向けてきている初々しい感情に気づいた。相手が自分をどう思っているか、本当に好いていてくれているのか。
そんな彼女をオズは複雑に感じていた。
ラウラの問いは非常に難しいものだ。好きじゃないとは口が裂けてもいえないし、好きじゃないといえるほど彼女に無関心なわけでもない。
小さい頃から自分に懐いてる女の子、くらいには思っている。
仮に嘘をついても、ラウラは聡い子だ。すぐに看破されてしまうだろう。
しかし、いつだったか……誰かに恋愛のテクニックに『焦らし』というものがある、ということを聞いた覚えがある。
――これか。
オズの選んだ答えは男性ではなく、普通は女性が用いる技巧だった。
「どう思っているか……知りたい?」
小さく笑ったオズに、ラウラはどきりとする。
「う、うん……」
「――秘密」
「え…………?」
「秘密だ」
「え? なにそれ……? ずるい、卑怯よ……オズ」
どうやらラウラには逆効果だったらしい。
さっきとは打って変わって、ラウラの瞳に険のある棘が垣間見えた。彼女の背筋が冷える様な表情に、
「……悪かった」
「じゃあ。私のこと、どう思っているのか教えてよ」
「それは……」
オズは言い淀んだ。
この時点で、ラウラはオズの気持ちが自分にないことは察していた。
だが、それは到底許容できない。プライドが許さなかった。
「わかったわ。もういい……」
焦れたラウラはそういって席を立つ。
黙って友達の席へと向った彼女に、オズは嫌な予感を覚えた。