第6話
クリスマスから年末年始にかけても、私達看護師は病院という職場環境のため丸々全部の休暇は貰えない。入院している患者さんがいるし、急患の方だっているからだ。
そのため、私達看護師はシフトを調整して順番に交代しながら休暇を頂く。私とリタさんはクリスマス休暇がない代わりに年末年始に4日間の休暇を取ることになった。
「オリヴィエは休暇はどう過ごすの?」
休憩時間に同僚のノアが聞いてきたので私は実家に帰るつもりだと答えた。ノアは私の返事を聞くとふーんと興味を失ったように自分のマグカップの模様を撫でている。ノアは私と違って実家が陸軍病院から比較的近いので、実家に帰るという考え方がないのだと思う。
「ノアはどうするの?」
私の質問にノアはパッと表情を明るくした。どうやらこっちが本題だったようだ。
「あのね、旧市街のクリスマス市に行こうかと思って。オリヴィエは行ったことある?」
旧市街のクリスマス市はこの街の郊外にある旧市街地で行われる大規模なクリスマス市だ。クリスマス用品はもちろんのこと、様々な雑貨品や飲食店のワゴンが軒を連ねてそれはそれは賑やかな市場になる。
私はまだナーシャだったころに夫のロンと一緒にそのクリスマス市に一度だけ行ったことを思い出した。家に置いてある小さなツリーに飾るためのオーナメントを二人で選んで買った。まだ新婚でつないだ手が温かく、寒い冬なのに心はぽかぽかとしていた。
ふと私はまたロンと一緒にあのクリスマス市に行けることはあるだろうかと思った。ロンは休暇をどう過ごすのだろう。聞きたいけどなかなか会うことが出来ないから、結局聞けずにいる。
「いいえ、行ったことはないわ。行ったことある人に話は聞いたことあるけど。クリスマスのオーナメントが沢山売っていてとても賑やかなみたいよ」
「へえ。楽しみだわ」
ノアは本当に楽しみにしているようで、手に持っていたマグカップを両手で口元に寄せると嬉しそうに微笑んだ。
その日の夜、私は陸軍基地の前でロンが出てくるのを待った。季節は冬で寒さが身に染みる。けれど、ロンを待っていると思えばこの寒さも苦痛では無かった。ロンもナーシャに告白するために待っていた時、こんな気持ちだったのだろうか。
「ロンバートさん!」
どれ位待っただろう。手がすっかりかじかんで感覚が無くなってきたころに、やっとロンは姿を現した。紺色の防寒用ジャケットに縦縞模様の毛糸のマフラーをしたラフな姿だった。
「オリヴィエ、どうしたんだ?」
ロンは私の姿を見つけたのが予想外だったようで、目を丸くして真っ直ぐに私の方へ歩み寄ってきた。
「鼻が赤いぞ。何か用事でもあって外にいたの?」
「あの……、はい」
心配そうにロンが私の事を見つめる。背の高いロンが少し屈んで茶色い双眸に覗き込まれると、胸がトクンと跳ねた。
「風邪をひくから早く帰らないと。暗いから送ってあげよう。看護師用の独身寮?」
「……そうです」
「よし、行こう。寒いだろう?」
ロンは私がついて行けるぎりぎりの速度で看護師寮の方向へ足早に向かう。二人の間には沈黙が流れた。こんなに近くに居るのにロンの背中が遠い。クリスマスを一緒に過ごしたいとはとうとう言い出せなかった。
年末の休暇で久しぶりに乗る汽車は二回目でもやっぱり乗り心地が悪かった。じっと座っていると寒いし、なによりもものすごく揺れる。私は外套とマフラーをしっかりと締め直し、そっと目を閉じた。
緑色だった草原が枯葉色に染まり、約8ヶ月振りに降り立つ地元はすっかり冬の景色になっていた。半日揺られた汽車から降りると冷たい空気が肺に突き刺さり鼻がツーンと痛んだ。もしかすると、この休暇中に雪でも降るかもしれない。
久しぶりに会う父と母は、私の元気な顔を見るとそれはそれは喜んでくれた。父と母は私が家を出てから近所で起こった出来事を話し、私は新天地での生活を話して聞かせる。帰った日の夕食はクリスマス当日かのような豪勢なもので、母の張り切り具合を窺わせた。郷土料理と会話に花を咲かせた私達は幸せな晩餐の時間を過ごした。
それと同時に、またロンの顔が脳裏に浮かんだ。年相応に渋みを増した大人になったロンは、この休暇期間も一人であのアパートメントで過ごしているのだろうか。私がロンと休暇を過ごしたいと申し出たところで笑って流されるのは目に見えているけれど、それでもあの時にちゃんと話せばよかったと後悔した。
「オリヴィエ。あちらで素敵な人はいた?」
母が子供のように目を輝かせて聞いてきたので、私は首をかしげた。
「素敵な人ばかりよ。同僚のノアはとっても仲良しだし、先輩のリタさんはすごくいい人だし」
「あら、違うわよ。好きな人は出来たかってこと」
母は私の返事をきいてクスクスと笑った。母からすると私はいつまでも小さな子供のようだ。
でも、私ももう16歳になった。ナーシャが結婚した歳だ。ここ数年の女性の社会進出で結婚適齢期は以前より少しだけ遅くなった。それでも、だいたい20歳過ぎには結婚するのが普通なので、母が私を心配するのも無理はない。
「好きな人はいるわ。でも、相手にされてないの」
「あら。オリヴィエったら随分と色男さんを好きになったのかしら。どんな人なの?」
父は私の色恋話に顔を顰めたが、母は嬉しそうに笑った。私は少し迷って、ロンのことをちょっとだけ話してみた。
「ううん。色男っていうか、すごく年上なのよ。だから子供だと思われてる。でも、すごく素敵な人だわ」
母はそれだけで何かを感じ取ったのか、「こればっかりはご縁だからねぇ」と呟いた。私とロンの縁は繋がっているだろうか。繋がっていたら嬉しいと思う。
私の話を聞いた父は憮然とした顔をしていたが、少し迷うようにしてから重い口を開いた。
「オリヴィエ。年上の男は頼りになるように見えるが、その落ち着きは年相応に身に付くものだ。若い男だっていつかは必ず歳をとって同じように成長する。それに、歳が近い方が一緒にいれる期間も長いぞ」
どうやら父は私が年上男性の頼りになる姿をみて一方的に惚れたのだと思ったようだ。私はむっつりとする父に笑って「そんなのじゃないわ」と答えた。
「オリヴィエの好きになった人と一緒になるのが一番だ。だが、お前のことを大切にしてくれる人を選びなさい。お前を愛して大切にしてくれる男だ。それだけは譲れないぞ」
不機嫌そうに眉を寄せて言った父の言葉に思わず表情が緩む。私はとっても両親に愛されていて幸せ者だ。「はい、お父さん」と言って父を見つめると、父は皺の出来た目尻を下げて柔らかく笑ってくれた。
「私もいつかは結婚して父さんと母さんみたいな仲良し夫婦になるわ」
父と母は目を丸くしてから二人とも照れたように顔を見合わせた。父と母は本当におしどり夫婦だ。結婚したのが遅かったから子供は私しかいないけれど、お互いに出会うために二人は結婚せずにいたのだと思うほどだ。
いつか私もこんなふうに誰かと一緒に歳を重ねてゆけるだろうか。その相手は、やっぱりロンがいいと思った。




