98:お爺さんの過去の日
ペペッチ、ポポッチ、レレンチカ。ポポッチ、ペペッチ、レレンチカ!
T〔天使に〕S〔スイッチ〕したリンは、お爺さんの額に手の平を置いた。
途端にお爺さんの見ている夢とリンクする。
ハッと気付けば、リンは何処だか見知らぬ場所に居た。
レトロな家並みの道を、和服姿の小さな子供が2人歩いている。
1人は男の子。
「あれが爺さんだな」
タックが言う。
もう1人は女の子。
髪を三つ編みにした愛らしい子だ。
「ずいぶんと仲が良さそうですわね」
チックの言葉に、リンはまるで自分と翔姉えみたいだと思う。
歩くうちにも、2人はだんだんと成長していった。
5、6歳ぐらいの幼児から、小学生に。
小学生から、中学生のお兄さんとお姉さんに。
中学生から、高校生ぐらいに。
ときどき手を放してしまう時もあったけど、それでも2人はずっと一緒だった。
だけど。
「赤紙がきたんだ」
家の縁側で、お兄さんが何でもないことのように言った。
お姉さんが目を見開いて。
それから震える声で
「おめでとうございます」
そう言った。
お兄さんが微笑む。
「篤子……幸せになってくれな」
きっと俺は死んじまうから。
お兄さんの心のなかの声が聞こえる。
お姉さんが涙をポロポロとこぼす。
お兄さんは……お姉さんを抱きしめようとしたけど、そうしなかった。
そっと背中を見せた。
お兄さんは、離れる。
そのお兄さんに、お姉さんは言ったのだ。
「待ってます! ずっと待ってますから!」
それっきり2人は会わなかった。
お兄さんは汽車で港に向かい、船で中国に渡った。
そして終戦。
けど、お兄さんは日本に帰れなかった。
進軍してきたソ連に捕まってしまったのだ。
極寒のシベリアで強制労働に就かされた。
寒さとひもじさで、毎日のように誰かしらが死んでゆく。
そんな暮らしを続けて。
1950年。昭和25年。
終戦から5年が経って、お兄さんは日本に帰ってこれた。
でも過酷なシベリアでの収容所生活で体を壊してしまっていた。
さらに2年を軍の病院で過ごした。
家族は残念なことに空襲でみんな死んでしまっていた。
父親も母親も。姉も、妹も。
疎開した先で死んでしまっていた。
それでも風の噂で、篤子さんだけは生きていると聞いてはいた。
それだけ。
それだけのことを心の支えに、おにいさんは闘病して、克服した。
ようやくのことで動けるようになったお兄さんは、故郷へと足を向けたのだ。
でも。
そこで見たのは。
幼児を抱っこするお姉さん…篤子さんの姿だった。
「結婚…したんだな」
それまでもお兄さんは手紙を出していた。
戦争中も。
軍の病院でも。
けれど返事はなかった。
おかしいとは思ってたのだ。
「幸せに、なれたんだな」
篤子さんは幼児と笑っていた。
お兄さんは踵を返す。
幼馴染で。
好き合っていた。
女性と。
ただのひと言も、言葉を交わすことなく。
「男だな…」
「かわいそうですわ…」
タックとチックがグシュグシュと鼻をすすっている。
リンも顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
自分と翔姉えに置き換えて、すっかり同情してしまっていたのだ。
お兄さんは、がむしゃらに働いた。
篤子さんのことを忘れるように、働いた。
10年、20年。
お兄さんは、おじさんになった。
その頃には篤子さんのことを忘れて、起こした会社を大きくすることだけに注力した。
「家庭をもたないのか?」
知り合いが言う。
けど、おじさんは結婚をするつもりがなかった。
誰かを愛することが出来なくなっていた。
会社はどんどんと大きくなった。
あわせて、おじさんも何時の間にかお爺さんになってしまっていた。
ある日、体調を崩した。
ただの風邪。
なのに、入院をしなければならないほどに自分は弱って……老いていた。
「あと何年…」
生きられるのか?
病室のベッドでお爺さんは思った。
そして。
虚しくなったのだ。
お爺さんは病院を抜け出した。
その足で、あの日以来、2度と足を向けなかった故郷へと赴いたのだ。
何がしたかったわけでもない。
家族は疾うに無く。
故郷というには、長らく訪れることがなかったのだ。
だけど。
もしかしたら、最後に篤子さんに会いたいと思ったのかも知れない。
それが仙台。
そこで干原家と会ったのだ。
・
・
・
リンは現実へと戻ってきた。
「会わせてやりてーもんだな」
「何とかしてあげたいですけど、あたくし達の魔法は人探しに向きませんもの」
う~ん、と目を真っ赤にしたリンは何かを思い出そうとしていた。
「「 リン? 」」
タックとチックが声を揃える。
「思い出した!」
リンは腕組を解いた。
お爺さんの夢のなかでの縁側。
そこに見覚えがあったのだ。
「おいおい、縁側なんて何処にでもあるだろ?」
聞いたタックが物申すけど
「ううん、間違いないよ!」
リンは言い張った。
縁側から見えていた景色。というか山の様子。
それが、リンのなかでは完全に一致していたのだ。
「それって何処ですの?」
タックが訊いて
「ボクたちが泊まってる民宿だよ」
リンは断言したのだ。
夢にリンクしたと思ったら、過去を追体験してた!




