95:水中騎馬戦でぽろり危機一髪の日
売れないアイドルとは、大貫健司の姪っ子だった。
姉の子供なのである。
「で、何の用なのオジサン?」
問いかける姪っ子、美智の顔を見て健司はしみじみと思う。
ねーちゃん、そっくりだ。
と。
そして思うのだ。
ふつーだ。ふつーの顔だ。
幾多もの芸能人を目にしてきた健司からして、光るものを感じない。
そりゃ、売れないよな。
そんな、ふつーッ娘の美智が曲がりなりにも全国放送のアイドル水泳大会に出場できているのは、健司のごり押しに他ならなかった。
「あの子もそれで好い思い出ができたって諦めがつくと思うのよ」
ねーちゃんは言ったものだ。
「ね、お願い」
健司は渋々、了解した。
ねーちゃん……というか姉には逆らえない。
それは、どんなに年齢をくっても、偉くなっても、変わらない姉弟の宿命なのだ。
刷り込まれた主従関係とも言い換えられる。
そんな美智に健司はお願いをした。
「次の競技の最中に、あのリンってアイドルの水着を外してくれないか?」
そうと聞いた美智が軽蔑の色をありありと浮かべた。
「さいっテー」
「わかってる。わかってるけど、これも仕事なんだよ」
「そんなの手伝えないし」
くるりと背を向ける美智に
「3万」
健司が言って、美智の足が止まった。
「10万円」
美智が振り返る。
なんて……なんてゲスイんだ2人とも。
書いていて、申し訳なく思うぐらいにゲスです!
全国の大貫さん、ごめんなさい!
「4万」
「9万円」
激しい交渉の結果
「わかった、5万8千9百3十円で手を打とう」
ということになったのだ。
聞こえる…。
聞こえるぞ、読者のみなさんの怒りの声が!
でもだけどしかし、ここで敢えて健司と美智の弁解を聞きたいと思います。
あ、あ~。
御静粛にお願いします。
では、大貫健司。
言いたいことはあるかね?
「追い詰められてるんです! やっとプロデューサーになれたんです! これで失敗したら、また格下げなんです!」
なるほど。
社会人の辛さというやつですね。
では、次に美智さん。
「そりゃー、相手の娘には可哀想だと思うけど。水着外すだけでお金貰えるし。やっちゃうでしょ?」
彼女はどうも……『ぽろり』された女の子がどういう目にあってしまうのかという想像力が欠如しているようです。
とはいえ最初は断っているのです。
最低限度の倫理観は持ち合わせていると考えるべきでしょう。
このような2人ですが。
果たして、どんな結果になるのか!
ということで、場面はアイドル水泳大会の最終戦、水中騎馬戦へと移ります。
水中騎馬戦とは。
その名のとおりに、騎馬戦を水のなかでやっちゃおうという種目なのだ。
白熱するだけに、いちばん『ぽろり』率が高いのだ。
リンはといえば。
当然だけど騎手だ。
白色の帽子をかぶってご機嫌である。
騎馬をつくってくれるアイドルは3人。
その3人のうちの1人、先頭にいるのが美智だ。
「では、アイドル水泳大会のクライマックス! 水中騎馬戦を始めますですよ!」
田所シマの司会に、観覧席が「わあああああ!」と声援を送る。
のぞき撮りなんて、気合い充分だ。
翔子と純菜も「リンさーーーん!」声の限り応援している。
騎手役のアイドルは、各芸能事務所のホープだ。
ここぞとばかりに紹介されて、カメラもズームしてお顔を撮影。ついでに水中カメラも何故か騎馬役のお尻を撮影だ!
テレビ放送だと、この紹介中にワイプ画面(※ちいさい小窓のこと)が開いて、アイドルの歌う姿が同時に流されているはずである。
まぁ、10分ぐらいも紹介されてたら視聴者がだれちゃうからね。
「では、始め!」
静香が言って、
やああああああ!
アイドルたちが黄色いをあげて突き進んだ。
紅組と白組の騎馬が激突した。
「紅組の美也子ちゃん、力強いでございます! もう白組の騎馬を3つも潰しておりますですよ!」
言うまでもないけど、裏がある。
美也子が乗っている騎馬役の3人のアイドル。実はアイドルじゃないのだ!
体育大学から結構なバイト代で美也子が雇って、しかも足がつかないように弱小芸能事務所に所属させて、わざわざ水泳大会に送り込んだのである。
つまり。
ひょろっちいアイドルなんて、むちむち筋肉で、目でもないのだ。
「リン! 今度こそ、雪辱を晴らさせてもらうわよ!」
藤堂美也子は勝つためならば何でもするのだ。
一方でリンである。
きゃーきゃー、と逃げ回っていた。
騎馬役の美智が。
倒されたら『ぽろり』も何もないのだ。
そんな騎馬に振り回されながらも
「リンさん凄い! 4つ目の帽子を」
ゲット! と書きたいところだけど。
まだ『ポケモン』のポの字もない時代なので。
「奪取です!」
静香が柄にもなく拳を振り上げて興奮する。
だけど、これが静香の地だったりするのだ。
大好きなヤクルトを応援している時は、こんな感じなのである。
紅白の騎馬は、それぞれ10騎ずつだった。
それが、遂にはリンと美也子の1対1になった。
迫る美也子。
逃げるリン。
逃げながらもリンは目を瞠るほどのバランス感覚でもって腕を伸ばして美也子の帽子を狙う。
そんなリンの腕を美也子は、この日の為にと練習してきたボクシングのスウェーやダッキングで鋭くかわす。
忘れちゃならない、藤堂美也子は勝つための努力をう厭わないのだ!
そして。
そして!
リンの騎馬に、美也子の騎馬がぶつかった。
ひとたまりもない。
崩れるリンの騎馬。
「ここだ!」
とばかりに手を伸ばしたのは3人。
美也子と。
美智である。
美也子の手が、リンの帽子をつかむ。
「勝った!」
会心の笑みを浮かべる美也子。
だが、運命のいたずらが発動。
美智の伸ばした手が、リンではなく、覆いかぶさってきた美也子のトップスに引っかかってしまったのだ。
この瞬間。
いっとう血の気が引いたのは、興奮している美也子でも、訳が分からなくなっている美智でもなく。
目を皿のようにして観戦していたプロデューサーの健司だった。
だって、相手は藤堂美也子なのだ。
若手ナンバー1なのだ。
『ぽろり』させちゃったら、美也子が所属しているムーン・ミュージックが烈火のごとく怒るだろう。
いいや、それだけじゃない。
美也子の実家が、とんでもないお金持ちで、とんでもなく権力をもっているのは、周知のことだ。
そんな家のお嬢さまである美也子に『ぽろり』させてしまえば…。
下手をしたら、健司の首が物理的にとぶ。
くびちょんぱ。である!
バシャバシャと、のぞき撮りがシャッターを押しまくる。
美也子のあられもない姿がフィルムにおさまってしまうのか!
しか~~~~し!
手を伸ばしたのは3人と書いてあったはず。
あれは間違いじゃないのだ。
もう1人。
リンが手を伸ばしていた。
美也子の帽子を狙ったのだけど、狙いが逸れて……
ハラリと落ちた水着のトップスに代わって、リンの両の手の平がボインにタッチ!
…ボインって。
書いてて、自分に突っ込んじゃったぞ。
間一髪で、美也子は救われたのだ。
とはいえ、2人とも体勢は崩れているので、そのまま騎馬から落ちて水中にドボーン。
それでもリンはボインを離さなかった。
離したら美也子が可哀想になると分かっているのだ。
決して、ボインにタッチして喜んでいるのではないのだ。
思い出してほしい。
凛がリンになっている時は、精神的な部分も女の子になっているんだ…もん!
「ぷは!」
とリンと美也子は仲良く水面から顔を出した。
2人とも帽子がない。
と思いきや。
美也子の帽子はリンが足の指で摘まんでいた。
その様子を水中カメラが撮影して。
「決着がつきましたでございます!」
「勝ち残ったのは、白組のリンさんです!」
わああああああああ!
観覧席とアイドルたちから大声援だ。
そんな声援のなかで
「ありがと…」
顔を真っ赤にしながら美也子はボソリと言ったのだった。
「友達だからね」
ニッコニコのリンである。
「では、今回のMVPでございます」
「リンさんに歌ってもらいましょう」
ということで、もっとも活躍したアイドルにリンは選ばれて、最後に歌をうたうご褒美だ。
全国区で流れるのだ。
これには達也も大興奮である。
顔だけでもブラウン管に映ればいいと思っていたのだ。
心地よい疲労感と、続いている興奮で、リンは張り切った。
張り切ってしまった。
「「 スターダスト 」」
サマロクのときにリンが歌った新しい持ち歌の題名を司会の2人が口にした。
途端だ。
プールが7色に輝いて、虹が伸びた。
その虹に、気づけばリンが腰かけて。
歌声が人々の耳に届いた。
虹がゆっくりと形と色をかえて、ブランコになる。
ブランコに揺られながら歌うリンは、おおきく揺られて、最後にポーンと跳んだかと思うと、クルクルと空中を回転して、それはそれは見事にプールへとダイブした。
みんながみんな、夢を見ているような気分で声のひとつも出ない。
と、リンは元通りの……虹に乗るまえの場所に佇んでいた。
「え?」
田所シマと静香が目をパチパチとさせる。
「おしまいだよ」
リンが何でもないように言って、それで会場中の目が覚めた。
わあああああああ!
大大大大大だ~~~~い歓声だ!
サマロクの回のときにも書いたけど。
リンの魔法を見た人に疑問はない。勝手に辻褄を合わせてしまうのだ。
とはいえ、テレビに魔法は映らないんだけどね。
映るのは、普通に歌っているリンの姿だけ。
こうしてアイドル水泳大会は『ぽろり』なしで終わったのだった。
んで、毎回のことながら、結末をば。
このアイドル水泳大会は、歴代の水泳大会のなかでも群を抜いて視聴率が高かった。
『ぽろり』がなかったおかげである。
『ぽろり』がないことを視聴者に責められるのを恐れた局側が、先手を打って『ぽろり』なしですよ~、と宣伝したのだ。
視聴率は大爆死かと思われた。
それが蓋を開けてみたら、お茶の間で家族みんなで観ることができるとあって、最高の視聴率を記録してしまったのだ。
そりゃまぁ。
水着だし? お尻とか映るし? 気詰まりな場面もあったけどね。
それでも
「この娘、なんて楽しそうなんだろう」
まるっきり男の子のようにはしゃぐリンに、お茶の間の気詰まりはかろうじて解消されたのだ。
そうなのだ!
リンはテレビで放送されたアイドル水泳大会でほとんど出ずっぱりだった。
最後の歌も、大人気。
だけど、残念なことにリンの歌はレコードになってない。
なので、わざわざテレビにラジカセを近づけたうえでテープにリンの歌を記録する人が続出した。
※当時の録音について教えてくれた叔父ちゃん、ありがとう!
※ラジカセとかテープがわけわからんちんな人は、ググってね。
アナログである。
でも、コピー・アンド・ペーストでどーにか出来ちゃうデジタル世代とは違うのだ。
このおかげさまでもって、リンの人気は美也子と静香に並んだ。
美也子が主に男の子の人気を。
静香が主に玄人の人気を。
それぞれが博しているのなら、リンはテレビをみた老若男女問わずに魅了した。
ファンクラブも大増員である。
達也も大急ぎでリンのレコードを販売したほどだ。
そんで、販売したレコードは売り切れが続出した。
「いや~、忙しい忙しい」
達也は嬉しそうである。
めでたし、めでたし。
ん?
忘れてないかって?
ん~~~~?
あ! そうそう、健司と美智ですね。
健司は会社を辞めた。
というか『ぽろり』できなかった責任を問われて辞めさせられたようなものだった。
このあとで健司は田舎に引っ込む。
農家をやって、スローライフを始めたのだ。
アイドル水泳大会の視聴率がよかったことから大慌てで会社の上司が呼び戻そうとしたけど、もう健司にそのつもりはなくなっていた。
物理的にくびちょんぱの危機にあったのだ。
あんな恐い思いはまっぴらだったし、女の子を悲惨な目にあわせるのも嫌になっていたのだ。
スローライフといっても数年は辛かった。
初めての農業なのだ、試行錯誤の連続だった。
しかし5年も経てば、健司の農業は軌道に乗った。
それだけじゃない。
苦労していた時代に知り合った近所の美人さんと結婚もして、子供もつくって、しあわせ三昧である。
「わたしは」
コレ、と小指を立てて
「会社を辞めました」
当時、流行していた禁煙パイポのCMの真似をする健司である。
※叔父ちゃん、いろいろ教えてくれてあんがとね!
次いで、美智だ。
美智は一連の凶行を健司から家族にばらされた。
何時でも美智に甘い母親は怒って。
美智にあまり関心がないように見えていた父親は男泣きした。
これで美智は心を入れ替えた。
芽の出ないアイドルを辞めて、まじめに働くようになったのだ。
といっても働いているのは父親の会社である。
今でもテキトーに働いて、テキトーにさぼって、テキトーに両親からお小遣いをもらっている美智なのだった。
てなことで。
今度こそ、めでたし、めでたし。
もう魔法を自重しない!
次回は…お盆にしようかな?
とはいえ予定は未定です、悪しからず。




