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90:オリガとバイバイの日

それは大仕掛けなカクレンボで。

2人きりの逃避行で。


凛とオリガは、時に真剣に逃げて、時に笑いながら隠れた。


おおぜいの人たちのあいだを縫うように2人手をつないで走って。

たくさんの人に混じって、音楽を聴いて。


少年と少女は、一瞬、一瞬を、全力で楽しんだ。


オリガにとっては夢のような時間。


でも、夢は何時か覚めてしまうもの。


不意に野外フェス全体の音楽が止まった。

正確に言えば電源を落とされたのだ。


どよもしていた音が急にわびしくなったことで、来場者たちがざわめく。


そこに各所に設置された拡声器から


「****」


オリガの国の言葉か発信された。


たったひと言。


そうして、再び会場中に音楽が鳴り響く。


「ここまでね」


オリガは寂しそうに言った。


「ワガママをしてたら、せっかくタノしんでいるヒトたちにミズをさしちゃう」


逃げている限り、何度でも拡声器で呼びかけられるだろう。

そうなれば、同じように電源が落とされてしまうに違いなかった。


「オリガは。……それでいいの?」


「りんにはアえなかったけど、リンに会えたから」


言うと、オリガは凛にハグをした。


「ありがとう」


囁いて。


オリガは凛のほっぺたにキスをした。


顔を赤くしたオリガは、顔を赤くした凛から離れて。


「キョウのことは、ずっとワスれないから」


ちょうど目についた黒スーツへと走って行ってしまった。


凛はそんなオリガをジッと見て。

黒スーツと一緒に、振り返ることなく去っていくオリガを見送って。


姿が見えなくなってから、自分が泣いていることに気がついた。


「好きになっちゃってたんですのね…」


チックの言葉に、凛はグイとこぶしで涙をぬぐった。


「なぁ、凛」タックが言う。

「このままオリガにリンの歌を聴かせないまま帰していいのか?」


「よくない!」


「だったら」「でしたら」


タックとチックは言ったのだ。


「「 ド派手にかましてやれよ(やりなさい)! 」






オリガは船上にあった。

埋立地に接岸された豪華客船の1等船室に逃げられないように押し込められていた。


窓を開けることが許されずに、野外フェスの音楽も聞こえてくることが無い。


オリガはただベッドの端に腰かけていた。


そろそろ日が暮れる。

リンの出番のはずだった。


ここに居たのでは、当然だけどリンの歌声が届くはずもない。


そんな彼女が、ふと顔を上げた。


バリバリという騒音が聞こえたのだ。


「ヘリコプター?」


腰を上げて、窓に近づく。


そして空にヘリコプターを探したオリガは、そこに金髪の天使を見つけたのだ。






リンはヘリコプターのソリの部分に腰かけていた。


金髪が風に吹かれる。


とうぜんながらヘリコプターは魔法だ。


「ヘイ!」


ステッキをマイクに。


ヘリの騒音に顔を上げて、そこにリンを見つけた人たちがざわめいている。


けど、まだリンを見つけた人は少ない。


だから


YEAAAAAAH!


シャウトした。


サマロクの会場中にリンの声が響き渡る。


そして、来場していた人たちは残らずにリンを見つけた。


「リン!」


達也が驚く。


「ヘリコプターなんて用意してましたの?」


若葉の疑問に、達也は首を振った。


「あんな! 危ないよ!」


翔子が心配そうに言って


「あ!」


純菜が悲鳴をもらした。


リンが。

リンが、ヘリコプターから落ちたのだ。


会場中に悲鳴が満ちる。


けど、次の瞬間に悲鳴は感嘆へと変わった。


リンの背中に天使みたいな翼が生えて、空に浮かんだのだ。


そしてヘリが爆発……いいや、まばゆいくらいに輝いたと思えば、空中には巨大なスクリーン・ビジョンが浮かんで、リンの様子を映し出していた。


魔法である。

魔法なのだ。


だから人々は驚嘆しつつも、それ以上に考えを巡らせることはない。


どうしてリンが空中に浮かんでいるのか?

あのヘリの輝きは?

スクリーン・ビジョンは何処から現れたのか?


そういった疑問は、自分のなかで辻褄があってしまうのだ。


だからこその、魔法。


リンは指を鳴らした。


それは会場の誰だろうと耳に届いた。


何処からか、音楽が鳴り響く。


リンは歌った。


それはサマロクに相応しい、ロックで。


リンは金髪を振り乱すようにして歌ったのだ。






「聴こえる」


聴こえるはずがないのに。


それなのに、リンの歌声はオリガに届いた。


いいや、オリガだけじゃない、


船でゆっくりしていた人たちは、誰も彼もが起き出して、リンの浮かぶ空を仰ぎ見た。

おかげでどの船も片側に人数が寄ってしまい、小さな船だとかしいでしまうほどだった。


「この歌、知ってる」


リンの歌うのは、オリガが聴いたことのあるものばかりだった。


それもそのはずで、リンはオリガと一緒に逃げている最中に聴いた歌をうたっているのだった。


凛とのことを思い出して、オリガの唇に微笑みがうかぶ。


今や会場中は歓声に包まれていた。

数万人にもおよぶ怒涛のような来場者の声が、船の防音ガラスをさえビリビリと震わせていた。


そうして、あっという間に時間は過ぎてしまった。

20分ほどはリンは歌っていただろう。


「次が最後だよ」


リンの言葉に「え~」と会場から惜しむ声がでる。


「ごめんね! でもほら、もうお月様があんなに高くなってるよ」


リンが指さして、みんなは月を見て。


え?


とリンに視線を戻して驚いた。


リンの服装が変わっていたのだ。

まるでかぐや姫みたいになっていたのだ。


金色の髪が、月光を反射してキラキラと光っている。


リンは歌った。


「!」


オリガが口を両手でおさえて驚く。


リンの歌ったのは、オリガの国の子守歌だった。


「なんで?」


疑問に思いつつも、オリガは目を閉じて、耳を澄ませた。


心が安らかになる。


それは数万人の来場者も同じだった。


あれほど盛り上がっていたのに、一転してしわぶきのひとつもなくなったのだ。


リンは子守歌を繰り返す。


異国の言葉の、優しい歌。


やがて誰からだろう、リンと一緒に子守歌を歌った。


たどたどしく。

小さな声で。


リンの声をなぞるみたいに。


100人。

1000人。

10000人。


みんなが歌った。


オリガだって。


そうして、歌が終わって。


スクリーン・ビジョンが大きな雲となって月光を遮って。


その雲が晴れると、リンはいなくなっていたのだ。


誰も声を発せなかった。

誰も動こうとしなかった。


まるで夢のような。

幻のような。


しばらくは誰一人として、去ろうとしなかった。


ただ、オリガだけは違った。


最後に。

リンがこっちを向いて。


『バイバイ』


そう言った気がしたのだ。


「凛?」


そんなはずはないけど。


でも。


オリガは、何故だか黒髪の少年が最後に『バイバイ』と言ったような気がした。


だからオリガも


「バイバイ」


お月様に向かって、さよならをしたのだ。






サマロクは大盛況のうちに終わった。


リンのことは。

まぁ、端的に言って伝説になった。


「すんごいモノ見たぜ!」


てな感じだ。


なかには写真に撮ろうとした人もいたけれど、何故だかネガには何も映っていなかった。


そしてサマロクの最後には、決まってオリガの国の子守歌をうたうのが慣例となる。


そんな不可思議な子守歌が話題となって、オリガの国への観光旅行者は急増。

おかげでオリガの国はちょっとだけ裕福になって。


日本人旅行者は、北の異国でかわいらしい女王陛下を知ることになるのだ。


女王陛下はとても親日で


「よーこそ」


流ちょうな日本語で歓迎してくれるという。

これにてオリガ篇はおしまい。

凛の初めての失恋です。


毎度毎度ながら、最後はなんだか駆け足というかそんな感じになっちゃいました。

これからの課題ですね。


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