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89:オリガの正体の日

凛は堂々とオリガと手をつないで歩いていた。


黒スーツがチラっと2人を見たけれど。


…追いかけてくるようなことはなかった。


それというのも、オリガは翔子の服を着ているからだった。


『閃いた』


という翔子の考えが、服の取り換えっこだった。

幸いにも翔子とオリガは背丈や体格が同じようだったので、カウンターの裏でお互いの服を着替えたのだ。


そうと決めたら、翔子は行動が早かった。


恥ずかし気もなく、バッと服を脱いだのだ。


見られたとしても。

どーせ、異性は凛と板さんしかいない。板さんはお爺ちゃんだし、凛はそもそも8歳ぐらいまでは一緒にお風呂に入っていたぐらいなのだ。

今更、下着を見られて照れるような仲でもない。


いやいや、それだって躊躇するでしょ?

女性読者さまはそう思うかもしれない。


なので捕捉しちゃうと、翔子は慣れみたいなものがあるのだ。

ほら、サッカーチームに入ってたじゃん、翔子ってば。だから冬場はともかく汗をかく夏場なんかだと練習着から私服に屋外で着替えるのがデフォだったりしたのだ。

もちろん、女の子同士で壁をつくって見えないようにしてから着替えてたけどね。


翔子が服を脱ぎだしたことで、板さんは店の外へと顔を向けた。


提案を聞いてオリガはそれでも二の足を踏んでいたけれど


「はやく、はやく」


という翔子の催促に、恥ずかしそうに服を脱いだ。


凛はといえば。


「見ちゃ駄目です」


と純菜に両手で目隠しをされていた。


そうして見事にオリガは変装したのだ。


おっと!

自分以外の汗でしっとりした服を着るなんて御免だね。

な~んて重箱の隅をつつくようなことは言わんといて!


オリガは翔子の服を着ただけじゃない。髪も凛に借りたランニングキャップにアップにまとめて隠して、俯いていればパッと見だとオリガだと見抜けやしないだろう。


ということで、見事に凛とオリガは黒スーツたちの囲みを抜け出したのだ。


わ! とSUSHI屋のほうで騒ぎが起きた。


打ち合わせ通りにオリガの恰好をした翔子が陽動に動いたのだろう。


凛とオリガは、心配そうに騒ぎの起こった方向を向いた。


「行こう」


手をひいて歩き出したのは凛からだった。


心配だけど。


だけど、翔姉えは足が速いから……。

きっと逃げられる。


そう思ってのことだった。


それに、あと少ししたら忍者の人たちも来てくれるはずなのだ。


「警察を探さないと」


凛が言うと


「ケイサツはダメです」


オリガが慌てて言った。


「え? どーして駄目なの?」


「だって…」


とまで言ってから、オリガは気付いた。


言葉が通じてる?


もちろん魔法だ。

タックとチックが言葉が通じるようにしてくれたのだ。


『家に帰ったら、なんでも好きなものを食べていいからさ』

と凛が買収したのである。


ちなみにタックとチックが要望したのは、ペットショップに売っているハムスターのおやつだった。これがまた1袋で500円ぐらいして、お高いのだ。


「りん、わたしのクニのコトバ、しゃべれたの?」


「あ、うんと…」


言葉に詰まってしまう凛だ。


その様子にオリガは苦笑してしまう。

なにか秘密があるみたいだけど、話せない話したくないようなことまで訊きだすつもりなんて無いのだ。


だって、凛はトモダチなんだから。

もっとも。自分だけが思っていることだろうけど…。


「それよりも」と凛は話題を変えた。

「どーして警察が駄目なの?」


いや~凛くん姑息こそくですわ!


だけどオリガがらしたら、その場しのぎの話題転換は如何にも初々しいというか、嘘をつきなれてなくて、好印象だった。


オリガは凛を問い詰めるようなことをしないで、質問に答えた。


「ケイサツにいっても、おなじだから」


何故なら。


「あのスーツのヒトたちは、わたしにガイをくわえようとオってるんじゃないの。ギャクにわたしをホゴしようとしてるの」


?の凛である。


「どーゆーこと?」


「ホントはイうつもりなかったんだけど…」


言葉を切ると、オリガは思い切ったみたいに告白したのだ。


「わたしね、ジョウオウなの」


「じょうおう?」


おもわず足を止めて、凛が繰り返す。


「そう、ジョウオウ」


ソ連にほど近いところに小さな小さな国がある。

それがオリガの生まれ故郷だった。


半年ほど前のことだ。


国王様が亡くなった。

オリガのお爺様だ。


そうして次期、国王を選ぶのだけど。


本来、継ぐべき国王の1人息子、オリガの父親は、何年も前に病没してしまっていた。


そこで白羽の矢が立ったのが、12歳になったばかりのオリガだった。


女王さまに選ばれたのだ。


「ジョウオウなんてなりたくなかったわ」


今まで誰にも言ったことのない本心をオリガは口にした。


女王なんて不自由で、動物園のおりのなかにいるようなものだ。

それはお爺様を観ていたら、どうしたって分かることだった。


「でも、ワガママはいえないもの」


そういう血筋に生まれてしまったのだから。

そういう教育を受けて、そういう生活をさせてもらっていたのだから。


なりたくない。


などと言えるはずがないのだ。


「フアンだった。コワかった」


そんな時だった。


旅の日本人が手にしていたラジカセから彼女の歌を聴いたのは。


優しい声だった。

安らかな曲だった。


その歌をうたっていたのが


「リン」


「リン!」


驚いたのは凛だ。

まさか、そんな遠くにまでリンの歌声が届いているとは思わなかったのだ。


けど、オリガは凛の驚いているのを違う意味でとらえた。


「そう、リン。りんとおなじナマエ」


凛とリン。名前が同じだったことを驚いていると思ったのだ。


オリガは何とかその日本人にお願いして、ラジカセとリンの歌声のはいったテープを譲ってもらった。


それからは毎日のように、リンの歌声を聴いた。


そして。

いよいよ女王となる日が近づいて。


思い切って、お願いしたのだ。


「日本に行ってみたい」


と。


日本に行けば、リンに会えると思ったのだ。


だけど、日本に着いて思い知った。


日本は思いのほか、広かったのだ。


「どうしたら、リンにアえるのかとカンガえたの」


それで、みんなが渋るのもかまわずに無理矢理に遣って来たのが


「サマロクなの」


いっぱいの芸能人が集まってる野外フェスだ。

きっとリンも来るだろうと思ったのだ。


「でも、リンがシュツエンするのはサイシュウビのサイゴ。わたし、そんなジカンまでいられないから」


護衛であるスーツさん達の目が逸れたところで、逃げ出したのだ。


「そんで、ボクに会ったんだね」


うん。とオリガがうなずく。


「ごめんなさい、りん。ショウコにもジュンニャにも、いっぱいメイワクかけちゃった。だけど、もうココまで。わたし、もうカエるね」


オリガがうつむく。


うつむいてしまう。


もう2度と彼女が日本へ来ることはないだろう。


オリガの国はそれほど裕福じゃないのだ。


オリガの青い目に涙が溜まって。

それがポロリとこぼれ落ちる。


前だった。


「メイワクだなんて思ってないよ」


凛が言ったのだ。


「オリガ」


と名前を呼ぶ。


「ねぇ、オリガ」


名前を呼ばれて。


次期、女王陛下は顔をあげた。


ニッコリと凛は笑っていた。


「諦めることなんてないよ、一緒に最後まで逃げよう」


手が差し出される。


「いいの?」


「だって、友達じゃん!」


「うん」


笑ったはずみで涙がこぼれる。


「え!?」


泣いているオリガに凛が慌てる。


その様子がおかしくて、オリガは涙をポロポロこぼしながら笑ってしまったのだった。

昨日、休んでしまいました。

ごめんなさい。

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