86:オリガとみんなが友達になった日
歌声が聴こえる。
それは日本語じゃない、何処か他の国の言葉で。
子守歌みたいだった。
凛はそっと目を開けた。
オリガが歌っていた。
膝枕をしている凛と目が合うと、ニコリと笑いかける。
「あ、」
ごめん。と凛が柄にもなく赤くなって頭をあげようとしたのを、オリガがそっと押しとどめた。
「****」
何かを言って、微笑む。
優しくて。
何処か寂し気な微笑み。
凛は力みを抜いた。
オリガが再び子守歌を口ずさむ。
埋立地に設えられた幾つものステージから、遠く近く、さまざまな音楽が聴こえてくる。
何万人もの来場者の歓声と話し声で、どこもかしこも、どよもしている。
ともすればオリガの歌声は掻き消えてしまうほどに小さくて。
だから、なのか。
凛は目を閉じてオリガの声に耳を澄ませた。
「あ! いた!」
怒りを孕んだ聞き覚えのあり過ぎる声。
凛はうす~く目を開けた。
「凛くん!」
翔子と純菜がそこにいた。
2人とも怒った様子でズンズンと遣って来る。
あ~、これ。怒られるやつだ。
そう思ったら凛は腹を決めた。
オリガに膝枕をされたまま、成り行きに任せることにしたのである。
自棄のヤンパチとも言う。
「良いご身分じゃない」
翔子が腰に両手をあてた仁王立ちで凛を見下ろす。
純菜も目を三角にしている。
「ず~と探してたんですからね」
トイレに行くって断ったじゃん。
な~んて正論はもはや聞く耳を持ってもらえなさそうである。
そもそも、トイレに行ったまま戻らなかったのも悪いしね。
だから凛は
「日本語、わ~かりませ~ん」
と誤魔化した。
喋ってるじゃん。
モロ理解してるじゃん。
という突っ込みはなしである。
オリガがおろおろと凛と2人に視線を向けている。
傍から見たら、浮気現場に乗り込まれたダメ男状態だ。
「いい加減にしなさいよ、凛」
唸るような声が翔子の唇から漏れた。
顔も無表情だ。
あ、まずい!
思った凛の行動は早い。
膝枕から頭をあげて、ベンチから跳ねるみたいに起き上がって、姿勢は気をつけ!
「ごめんなさいでした!」
キッチリ頭を下げたのだ。
た~ぷりと10秒ほど経って
「顔を上げなさい」
とお許しが出て、凛は礼を解いた。
途端!
「いだだだだあ!」
うめぼしの刑だ。凛の両こめかみに翔子が握りコブシをあててグリグリしたのである。
それが終わればお次は
「わたしも、今回ばかりは許してあげませんからね」
純菜が握ったコブシをグリグリ、シャドーうめぼしをしながら言ったのだ。
そうして連続うめぼしの刑をくらって、さすがにへたり込んだ凛に翔子が訊いた。
「で? この娘は?」
「オリガだよ」
凛は涙目で答えた。
名前を呼ばれたオリガが
「****」
と何か言うけど
「英語じゃないみたいね」
「強いていえばソ連の言葉に似てるような?」
翔子も純菜も分からなかった。
あ、因みに。ソ連っていうのは、現代のロシアのことね。
そんなん知ってる、常識?
だよね~。でも、いちおうね。
オリガは立ち上がると、凛のキューティクル抜群の頭をさすさすしてから、自分を指さして
「オリガ」
と言った。
それだけで翔子にも純菜にも意味が分かった。
翔子も自分を指さして。
「翔子」
純菜も自分を指さして。
「純菜」
自己紹介をしたのだ。
「ショーコ、ジュンニャ」
オリガがそれぞれを指さして確認する。
「いえいえ、わたしは」
と訂正しようとした純菜を翔子が
「いいじゃん、いいじゃん」
とニヤニヤしてとどめた。
「ショーコ、ジュンニャ」
憶えました、と言わんばかりにオリガがうなずく。
こうとなっては諦めるしかない。
ジュンニャはジト目でご機嫌な翔子を見ただけで、もう正そうとはしなかった。
「よろしくね」
と手を差し出して、オリガは翔子と純菜と握手をした。
「さて、これからどーする?」
「そろそろお昼ですし、フードエリアに行きましょ」
「賛成!」
凛が諸手をあげて、3人は移動することにしたんだけど。
「どーする?」
「どうしましょう?」
オリガがニコニコと、あとを付いてくるのだ。
「迷子なのかな?」
「それなら、もうちょっと狼狽えると思うんですけど」
「いいじゃん、オリガも一緒に連れてってあげようよ」
凛が言って
「まぁ、いっか」
「ですね」
という2人の許可をもらった凛は、大喜びでオリガの手を取って
「行こ!」
翔子と純菜に並んだのだった。




