85:外国の女の子オリガと会った日
「ほんとうに大丈夫かい?」
達也が心配そうに訊く。
「大丈夫ですって」
「いいですから、達也さんはとっとと行ってください」
「そうですよ、若…彼女さんが待ってますよ」
翔子と純菜に野良ネコでも追い出すみたいに言われて
「ん~、じゃあ」
と達也は凛たちと別れた。
「ふ~」
「やれやれ」
3人になったことで翔子と純菜が如何にも訳知り顔でお互いに頷き合う。
「せっかくのデートなのに、あたしたちがいたら完全にお邪魔虫じゃん」
「お姉さまも苦労しますわ…」
やれやれ、と2人の女の子が首を振って、凛も「まったくだよね~」と首を振った。
そんな凛を翔子はジト目で見て
『な~んも分かってないくせして、こやつは』
純菜がホッコリと
『おばか可愛いですわ、凛くん』
とそれぞれが視線を向けて、向けられた凛は「ん?」と小首を傾げた。
まぁ、2人が思ったっとおりに、ただ真似してみただけなのだ。
タックとチックもフードのなかで「やれやれ」である。
ともあれ、事前の作戦通りにお目付け役である達也から別れた翔子と純菜は
「じゃ、行きますか!」
「ええ! 楽しみましょう!」
野外フェスを満喫するのだった。
凛たち一行が向かったのは、スカーフェイスという北欧のロックバンドだ。
日本ではまだまだ知名度が低いけど、ヨーロッパではメジャーなバンドである。
このスカーフェイスを純菜が好きで、そうなると翔子もたびたび聴かされるようになって、2人してファンになってしまったのだ。
「きゃああああああ!」
2人が髪を振り乱して叫んでいる。
その姿に凛はちょい引きである。
凛は2人と違って、スカーフェイスは初見なのだ。
事前に聴かされていたのなら、もうちょっと反応は変わっていただろうけど。
周囲の興奮に、取り残されたみたいな感じだった。
「トイレに行ってくるね」
と凛は興奮して耳に入ってない2人を残して、抜け出した。
スカーフェイスを聴きに来た人たちのあいだを縫うようにして離れる。
言ったとおりに仮設トイレで小をすませたリンは「やれやれ」とベンチに腰かけた。
別にぜんぜん疲れてないけど『やれやれ』と言ってみたい年頃なのだ。
すると、フードからタックがよろばい出てきた。
「ひー、きっつ…」
そのまま肩から足を滑らせて、コロコロと転がり落ちたのを、凛が手の平で受け止めてあげる。
タックはロック系が得意ではないのだ。
対してチックだけど。
「イエー!」
凛の肩でノリノリでヘドバンをかましていた。
チックはロック系が大得意で、スカーフェイスのファンになってしまったようだ。
「平気、タック?」
「こんぐらい、どうってことねーよ」
強がりなのが一目瞭然で、フラフラしているタックだ。
そんなタックに影が差した。
誰かが凛の前に立ったのだ。
顔を上げれば、そこに凛よりもちょっと年上かなという感じの外国の女の子が立っていた。
目と目が合う。
「きれい」
凛は思わず呟いてしまった。
それぐらいに女の子の瞳が印象的だったのだ。
青い青い、今日の空みたいな空色。
「****」
女の子がタックを指さして何かを言った。
だけど外国の言葉なので凛には意味が分からない。
女の子はニコニコしてチックも指さした。
指さされたチックはササッとフードに隠れてしまった。
その様子に、女の子がクスクスと笑う。
「****」
女の子は自分のことを指さして言った。
「オリガ」
もう1度、繰り返す。
名前、なのかな?
察した凛は「オリガ」と同じ言葉を口にした。
うん、うん。女の子が嬉しそうにうなずく。
「ボクは凛」
「ボカァリ?」
ううん。凛は首を振った。
「凛」
「リー?」
「凛」
「リン」
「そうそう」
握り拳の親指を立てて「バッチシだよ」とグッジョブサイン。
オリガは凛の隣りに腰かけた。
ジーとタックのことを見ている。
「触る?」
手の平のタックを差し出す。
『いいの?』
というようにオリガが見返してきたので、凛は「いいよ」と頷いてみせた。
オリガがそっとタックを手の平に受け取る。
「****」
可愛いとでも言っているのだろう、ホクホク顔だ。
恐くないと理解したのだろう。
チックもフードから顔を出した。
スタタタタ、と凛の肩からオリガの肩にジャンプ!
「きゃ!」
オリガが驚くけど、チックはどこ吹く風だ。
タックばかりがチヤホヤされるのが許せないチックなのである。
オリガは2匹のハムスターをすっかり気に入ったようだった。
凛はそんなオリガを眺めているうちに、眠くなってきてしまった。
ここのところ、リンとして忙しかった凛なのだ。
夏休みの宿題だって頑張って、もう終わらせてある。
もちろんサッカーだって練習は欠かさずしている。
ハッキリ言って、クタクタのクタ~だ。
それに陽気もよかった。
8月だというのにそれほど暑くないし、風があって気持ちいいのだ。
ドンカドンカ、遠くから聴こえてくる音楽も眠気に拍車をかけた。
こっくり、こっくり、凛は舟を漕いで。
コテリとオリガに寄りかかって眠ってしまったのだった。




