80:若葉と達也の初々しい日
恋バナなんか興味ないんじゃ!
な人は明日の投稿から見てね。
意識がゆったりと浮上する。
まず感じたのは、後頭部に柔らかい何かが置いてあるということだった。
次に、ほんのりと甘い香り。
香水?
ぼんやりと達也は天井を見ていた。
事務所の天井だ。
なんで? 寝ちゃったのか?
そう霞んだような頭で思っていると
「達也さん?」
やわらかな声が降ってきた。
「ん?」
「大丈夫ですか?」
「なにが?」
「だって…」
「もうしばらく、このままで」
言って、達也は目を閉じて…
「んん?!」
ハッとして目を開けた。
俺。倒れたんじゃなかったか?
思い出したのだ。
飛び起きて、安物のソファーに腰かけていたその人と顔を見合わせた。
「若葉」
突然の達也の行動に驚いて目をまん丸にしている岬若葉がそこにいた。
あ、と達也は思う。
後頭部に残るやわかい感触。
してみると……膝枕をしていてくれた…のか?
達也と若葉はしばらくのあいだ、向かい合いながらお互いの顔をちらちら見合っていた。
どっちも顔がほんのりと赤い。
若葉は、まぁ、達也が好きだからね。
でも達也はどうしたっていうのか?
答えは簡単。
夢に見て、今更ながらに若葉を意識してしまったのだ。
そんな初々しい2人を監視カメラで覗き見て「むむむむ」と複雑な表情で唸っているのが、若葉専属の隠密である美津子【年齢不詳・3児の母】さんだ。
若葉お嬢さまを男と2人っきりにさせられるはずもないから、こうして見張っているのだけど。
若葉の恋が通じそうで嬉しいやら、反面、達也が憎らしいやらで、実に複雑な心境の美津子さん【夫とはラブラブ】なのだ。
なお。どうして達也の事務所に監視カメラがあるのかは…。突き詰めてはいけない!
「ふふふふふ。どうして、かしら、ねぇ…」
筆者の首元に誰かさんが指を蛇のように這わせているので。
察してください!
蝉がうるさいほどに鳴いている。
扇風機が室内の生ぬるい空気をゆっくりとかき混ぜている。
「若葉が介抱してくれたのか?」
言ってから、達也は何を当たり前な、と思ってしまった。
部屋には若葉しかいないのだから、言わずもがなだ。
「救急車を呼ぼうと思ったんですけど、ミッちゃん…美津子が平気だっていうので。達也さん如きに救急隊員さんの手をわずらわせるのも申し訳ないでしょ? ですから、わたしが仕方なく…その…膝枕してましたのよ!」
恥ずかしさから、ついついツンケンした物言いになってしまう若葉である。
内心では『どうしてわたしって、こーなんだろ?』と頭を抱えている。
ちなみに。筆者がようやくに若葉さんのツンデレキャラを思い出してきたから、じゃないのだ!
「え~と、その」達也は怒るでもなく
「ありがとう」と言った。
若葉のツンケンには慣れてるのだ。
ネオ・お江戸のときの若葉こそが異常だったのだ。
「どういたしまして」
ツン、とそっぽを向く若葉だ。
心の内では、ネオ・お江戸のときは、どーして素直になれたんだろう? と思わずにはいられない。
「それはですね」
と美津子さん【犬よりも猫派】は若葉の気持ちを当然のように推し量って、車内で盗撮…もとい監視しながら思うのだ。
開放感から、素直になっていたんですよ。と。
「今日は、純ちゃんに代わって、コレを持ってきたんです」
若葉は、リンのファンクラブの資料を達也に差し出した。
「サンキュ。純菜ちゃんによろしく言っておいてくれ」
言って、達也は立ち上がった。
ものの、よろりとよろけてしまう。
「達也さん!」
咄嗟に若葉が支える。
「働き過ぎなのよ!」
心配の裏返しで、叱るみたいに怒るみたいになってしまう若葉だ。
「働き過ぎか…そうかも知れないね」
言って、達也は「でも」と笑った。
「今は仕事が楽しくてしょうがないんだ」
リンの制約がなくなった。
どんな仕事でも受けられる。
そして。
「リンはどんどんとアイドルとして成長している。若葉もうかうかしてらんないぜ」
それが楽しくて仕方がなかったのだ。
「フン」と若葉は鼻を鳴らした。
「挑戦者は大歓迎ですわ」
ブ、ブーと車のクラクションが鳴らされた。
美津子である。
時間切れだった。
若葉は体が2つあっても足りないような忙しい身の上なのだ。
それが、こうして達也に付き添っていた。
好きだから、なのだ。
「それではこれで失礼します」
若葉は颯爽と背を向けた。
事務所のドアに手をかけたところで
「若葉!」と達也の声がかかった。
「今度さ……デートしないか?」
おーと!
神宮寺達也、ペナルティエリアの外からシュートした!
「わたし、忙しいんですのよ?」
キーパー岬若葉、これを見事にキャッチ!
キャッチしてしまいました!
「だよな…」
神宮寺選手、ガックリ肩を落とす。
「ですけど、達也さんがどうしてもと言うなら、仕方ないので、なんとか都合をつけてさしあげますわ」
岬選手、ボールを自分ゴールに向けて全力全開で投げ入れました!
オウンゴール!
オウンゴールです!
これを見守っていた美津子選手、泣いております!
悔しさで泣いております!
「あとで、連絡しますから」
「うん!」
な~んて感じで達也と若葉は別れたのだ。
美津子の待つ車に戻った若葉は
「やった~い、イエー!」
はしゃいだ声をあげた。
「よかったですね」
棒読み全開な美津子である。
嬉しいのだ。若葉お嬢さまの恋が実りそうで、嬉しくないはずがない。
けど、それ以上に若葉お嬢さまが大人の階段をのぼっていくのが寂しいやら、達也が憎らしいやらだった。
一番上の娘が彼氏を連れて家に来た時でさえ「あ、そう」と淡泊な美津子さん【好物はキンピラゴボウ】のこの様子を見たのなら、3人の娘さんたちは「どーいうこと?」と思うに違いない!
アイドルの仕事は、まさしく絶好調だった。
普段の3割増しの笑顔で、若葉は歌番組の収録とグラビアの撮影と、雑誌のインタビューとテレビドラマの撮影をした。
ほんと大忙しなのだ。
自宅に帰ったのは午後の10時過ぎ。
「さぁ、もうひと仕事しますか」
と会社の書類に目を通そうとしたところで
コンコン
とノックされた。
「どうぞ」
と招いて、入って来たのは美津子さん【今は若葉のそばに控えてます】の旦那さんだった。
執事然とした彼は、若葉と純菜の父親に仕えている。
つまり、MISAKIグループ総帥の隠密なのだ。
「御屋形様がお呼びです」
「わかりました」
こんな時間に呼び出しとは珍しいこともある。
そう思いながら、若葉は父親の執務室を訪ねたのだけど。
「え!」
話の内容に、声をあげてしまった。
「不満かね?」
ジロリと父親に睨み据えられて
「いいえ」
若葉は表情を消して答えた。
いつかは来るだろうと思っていた話。
それが、ちょっとばかり早く来ただけのこと。
「では、決まりだ」
「はい」
答えて、若葉は父親の執務室を辞した。
「若葉お嬢さま?」
様子のおかしさを察した三津子が尋ねる。
「お見合いが決まったわ」
若葉は言った。
お見合いとはいえ、そこはMISAKIグループである。
相手の格も相応に高い。
それは要するに、断ることを前提として含まれてない『顔合わせ』なのだ。
「アイドルはもう終わりね」
そっと呟く。
それに。
達也さんとのことも。
デートできなかったなぁ。
若葉は未練を唇に乗せることをしなかった。
口に出してしまえば、きっと泣いてしまっただろうから。
急展開!
若葉のお見合いに達也はどーする?
んで、リンの出番はくるのか?




