79:倒れちゃう達也の日
神宮寺達也、19歳。
7月25日をもって20歳になりました!
わ~! パチパチパチ!
な~んて祝ってくれる人がいないのが、今の達也なのだ。
去年の今頃は、まだ達也は大学に在籍していて、友達も大勢いて「うぇーい!」なんて言いながら貸し切った店であまり好きでもないお酒を飲んで騒いでいたものだ。
それが今では。
「う…ゴホゴホ」
風邪をひいて、家賃3万8千円の築50年風呂なしトイレ共同のアパートで寝込んでいた。
夏風邪である。
CM撮影が終わって直ぐに東京にとんぼ返りしてから、どうにも体の調子が悪いとは思っていたのだ。
それが一昨日辺りから体が重くなって、昨日には熱が出て、今日は起きたらこれだった。
幸いにも今日はリンの仕事がない。
ホントは新設された室内スキー場でイベントがあったのだけど、機材トラブルで雪を降らせることが出来なくなってしまったので『申し訳ないのですが』と先方から中止のお電話があったのだ。
とはいえ達也がゆっくりできるわけでもない。
仕事は山積みなのだ。
達也は「う~、う~」と唸りながら、長い時間をかけて立ち上がった。
それから身だしなみを整える。
どんな時でも、どんな状態でも、達也は他人から見られる自分を意識しているのだ。
純白のサマージャケットを羽織って、市販の風邪薬を『24時間戦えますか?』のキャッチコピーで有名になったリゲ〇ンで飲み込む。
※お薬はお水で飲みましょう。
「おっし!」
リンみたいにガッツポーズをして気合いをいれた達也はフラフラしながらも家を出たのだった。
んで、到着した事務所。
貧乏なのでクーラーなんてついてないから、冷房機器は扇風機だけだ。
この扇風機、買った訳じゃない。ゴミ捨て場に捨ててあったのを、失敬したのだ。
バブル当時は、粗大ゴミをフツーにゴミ捨て場に捨ててたんだって。
とーぜん、分別なんてこともしなかったんだよ。
捨ててあった扇風機なのだ。
羽の音も『ブーン』じゃなくて『ブフォフォン』てな具合だ。
リンに言わせると「お爺ちゃんが咳してるみたい」らしい。
ハッキリ言って気休めだ。
2018年の現代と違って、物語の時代の夏はそれほど暑くない。
それでも暑いものは暑いわけで。
お爺ちゃん扇風機の生ぬるい風を受けながら、達也は山積みの書類整理をしていたのだけど。
「あ…」
これは本格的にまずいかも。
と思ったときには、達也は椅子から転げ落ちるようにして意識を失っていた。
「こんなにゆっくりできたの、久しぶり」
若葉がそんなことを言った。
ネオ・お江戸で達也と2人きりの時のことだ。
「若葉」と言いかけて達也はゴホンゴホンと慌てて誤魔化した。
ココは大勢の人がいるのだ。
万が一にも姫宮若葉がいると知れてしまえば、大騒ぎになる。
だから「キミ」と言い換えて。
「キミは何時だって忙しそうだもんな」
そう言った。
ナンバーワン・アイドルの姫宮若葉としての活動に加えて、岬若葉としても経済界でブンブン言わせていると風の噂で聞いている。
たった1人の所属アイドルでてんてこ舞いをしている達也とは大違いだ。
能力の差に内心で苦笑してしまう達也である。
とはいえ、彼我の差に嫉妬なんてしない。
若葉が成功しているのは、それだけ頑張っているから。そう素直に思っているのだ。思えるのが、神宮寺達也という青年だった。
「あら」と若葉は可笑しそうに達也を見た。
「達也さんだって、忙しいみたいじゃないですか?」
「俺は忙しいというよりも、振り回されてるって感じかな」
「あのリンって子。扱いが難しいって有名ですものね」
難しいというのは性格のことじゃない。
縛りプレイのことだろうと達也は察した。
「というかですね、達也さん。あの娘は何者なんです?」
「さぁ?」
としか答えようのない達也である。
実際、なにも知らないのだ。
所属タレントのことを知らないなんて、問題大ありである。
でも、達也はそれで構わなかった。
彼の思うところは、ひとつ。
リンをナンバーワン・アイドルに育てることなのだから。
最初にリンを見た時に感じた衝撃を、日本中に届けることなのだから。
「そういうことなら、キミのほうが調べてるんじゃないのかい?」
「それが、さっぱりなんです」
「それは…なんというか」
達也は正直に驚いた。
若葉のことだから、MISAKIグループも隠密の力も使ったに違いないのだ。
それなのに正体不明なのだという。
達也は思わず笑ってしまった。
「ほんと、何者なんだろうね?」
「ですわね」
若葉も諦めたみたいに笑っている。
達也と若葉は、連れ立って茶店の縁台に据わった。
お団子を食べて、お茶を飲む。
「おちつく…」
ふと達也が漏らした。
その言いざまにクスクスと若葉が笑った。
「爺くさかったかい?」
赤くなって訊くと
「いいえ、そうじゃなくて。わたしも同じことを思っていましたから」
「意外だな、キミがそんな風に思ってるだなんて」
「どーいう意味ですの?」
「だって、キミは俺の前だと何時もしかめっ面をしてたじゃないか」
「そ、それは…」
何故だか若葉はもじもじしている。
あ、なんか可愛いな。
達也は思ってしまった。
と、若葉が顔を上げた。それこそ何故だか、怒ったみたいな顔で
「達也さんこそ、わたしと居る時はつまらなそうだったじゃありませんか」
と言い返されて
「そんなこと…」
「ありましたわよね」
と若葉にサングラスの奥で睨まれて、達也は降参した。
「今だから言うけど、キミの言うとおりだよ。なんていうのかな……キミといると、自分の定められた将来を突きつけられてるみたいで、ね」
聞いた若葉の眉がへたる。
だから慌てて達也は言い足した。
「もっとも、今は違うよ。フラットな関係になったからかな、キミは俺にとって大切な」
……許嫁、じゃないんだよな。
達也は、若葉の化粧っけの薄い顔を見て寂しく思いながら……寂しく思ってしまったことに戸惑いながら、言ったのだ。
「気を許せる幼馴染って感じだね」
「幼馴染ですか…」
「ま、キミとしては不本意かも知れないけどね」
ハハッ、と苦笑する達也だ。
対して若葉は思い切ったように
「そんなこと、あ」
最後まで言葉は続かなかった。
「もしかして、姫宮若葉さんですか?」
と女の子の2人組が尋ねてきたからだ。
「違うよ」
応えたのは達也だ。
「この娘は俺の彼女だよ」
キッパリと言って、ニッコリと笑う。
達也はイケメンである。そんじょそこらのアイドルよりも美形で、スタイルもいい。
そんな達也に微笑みかけられて、2人組はポワーとしてしまった。
「行こうか」
若葉の手を取って立ち上がらせると、見せつけるみたいに腰に手を回して自分に引き寄せた。
お団子とお茶の代金は先払いしてあるので、そのまま歩き去る。
角を曲がって女の子たちから見えなくなったところで
「悪い!」
達也はパッと離れて、若葉に謝った。
のだけど。
「気にしないでください」
若葉は心ここにあらずみたいな顔つきで微笑んで言ったのだ。
そして、今度こそ達也は思ってしまったのだ。
可愛いな、コイツ。
と。
ということで、今回から達也と若葉の恋愛篇です。
はたして身分違いの2人が付き合えるようになるのか?
そして今更ながらに気付いてしまう!
あれ? どうやってリンを絡ませよう?




