表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/128

65:凛と洋子の日

青天目なばため洋子ようこは、時代劇への思いの丈をおもうさま語った。


初めて時代劇を見たのはハワイにある祖母の家でだった。

ケーブルテレビで時代劇専門のチャンネルがあるのだ。


「ほわぁ」


6歳だった洋子は、異世界の活劇に魅入られた。


エキセントリックな世界。

着物を着ている人々。木でできた家。


物語も素敵だった。

勧善かんぜん懲悪ちょうあくで終わるストーリーは、幼心にも納得できた。


そして、チャンバラ。


刀でばっさばっさと悪人を斬り倒すのは、カッコよかったし、スカッとした。


「決めた! わたし、時代劇の役者アクターになる!」


そうして6歳の頃の夢をそのままに、ハイスクールを卒業したのを機会に日本へと渡航してきたのだ。


「でもわたし、どうやって役者になったらいいのか分からなくて、こうしてネオ・お江戸でバイトしてるんだ」


ふむふむ、と聞き役に徹する凛である。


「アメリカならドラマを新しく制作するたびにオーディションがあるんだけど、日本こっちには無いみたいだし」


「へー、アメリカってそんな感じなんだ」


「そうなの、アメリカってね」


思い出すみたいに切り替えるみたいに洋子は向こうとの違いを口にする。


実は精神的にかなり参っていたのだ。

そんな彼女にとって、凛はハワイでの暮らしと家族を思い出させてくれる好い切っ掛けだった。


「ふーん」「いいね」「そうなんだ」


相槌を絶妙なタイミングでいれる凛は相変わらず聞き方が上手い。


洋子は相手が子供だし色々とストレスもあるのだろうけど、吐き出すみたいにペラペラとお喋りをした。


ただお喋りをしているわけじゃない。


洋子はあっちこっちに凛を連れまわした。


連れまわされた先では、時代劇の撮影をしていて、洋子はネオ・お江戸での撮影スケジュールを把握しつつ、見学することで勉強をしているのだった。



さて、ここで達也たちに話を戻そう。


達也と若葉は、わりかし仲良くやっていた。


「あれ? そういえば純菜ちゃんたちが居ないな」


気付いたのだけど


「3人一緒なら問題ないのではありません?」


若葉は妹が気を利かせたのだと判断した。


実際その通りなのだけど、まさかその純菜が見張りの為に凛を残して行ったとは思いもしなかったのだ。


「そうだね、2人も中学生だし、凛くんの面倒だって見てくれてるだろうしね」


「ええ、翔子ちゃんも純ちゃんもしっかりしてますから」


グッジョブ! 我が妹よ!

何も知らず、若葉は呑気に妹の行動を心のなかで褒めていたのだった。


で、翔子と純菜である。


こっちもこっちで楽しんでいた。


2人して『池田屋襲撃』という体験アトラクションに参加していたのだ。

これは実際に幕末にあった事件である池田屋事件を新撰組側で体験しようというアトラクションだった。


幕末の志士に扮したスタッフを、バッサバッサとプラスチックのやわかい刀で斬っていくのだ。


それだけじゃない!


各所に設置されたカメラで撮影されているので、テレビの時代劇みたいに動く自分をあとからモニターで見ることができるのである。


これに翔子と純菜はすっかり夢中になってしまっていた。


なので。


「凛なら、達也さんと若葉さんが面倒見てくれてるでしょ」


「お姉さまなら安心ですものね」


と、2人もまさか凛が自分たちの見知らぬ若い帰国子女とイチャコラしているとは夢にも思わなかったのだ。



イチャコラ中の凛に戻ろう。


ネオ・お江戸をあっちこっち移動しまくった2人はお腹がペコペコになっていたので、ネオ・お江戸の食事所に来ていた。


「じゃーん、ココが屋台街でっす!」


幅広の道の両端にズラリと屋台が並んでいる、そんな場所だった。


「天ぷら、お寿司、お蕎麦にうどん、他にもハンバーガーだってタコスだってカレーだってあるのよ?」


「すごい!」


いやいや、ハンバーガーとかタコスやカレーって、せっかくの江戸感をぶち壊しじゃん? 読者の方々は突っ込みたくなるだろうけど……待って欲しい! ネオ・お江戸だって事情があるのだ。述べているようにネオ・お江戸では時代劇の撮影がおこなわれている。つま~り! 毎日、何百人という撮影スタッフや役者さんが、この屋台街で食事をするということになる。けど、お蕎麦やお寿司、天ぷら、うどん。そんなものしかバリエーションがなかったら、どうだろう? 


『もう飽きたよ』


『だったら、弁当でも発注してもらうか?』


となるのは明白! せっかくの金づる……もとい! お客様を逃すのは悪手である。


なら、ちょっとばかし世界観を壊してしまうけど、色んな料理を供せるようにしようぜ。とお偉い人達が相談して、洋風の料理もだしているのだ。


企業努力なのである!


「屋台街の品物はどれも美味しいし、何よりも安いんだから」


企業努力である!


「天国じゃん!」


凛は大はしゃぎだ。

子供って、こんな感じで外で食べる食事が好きなのだ。非日常を強く感得できるんだろうね。


「何が食べたい、おごってあげるわ」


「よ! プレジデント!」


凛が、どこぞで聞きかじった持ち上げ方をして


「まぁね」


満更でもない洋子なのだ。


「じゃあね、お蕎麦がいい」


「おっケー、お蕎麦ね」


内心で『お寿司にされたらどーしよう』と気を揉んでいた洋子はホッとしていた。

お寿司は高いのだ。


「お蕎麦なら、ちょっと先に行った屋台が最高なのよ」


洋子に連れられて、凛はひとつの屋台に着いた。

屋台である。4人掛けの長椅子があるだけだ。


「ラッキー、ちょうど2人分あいてる」


昼餉には早いからだろう、普段なら並ぶほど盛況な屋台には、大人の男の人が2人、腰かけているだけだった。


「こんにちは!」


暖簾のれんをくぐって、洋子が店主に声をかける。


「お! 洋子ちゃん、久しぶりじゃないか。何処で浮気してたんだい?」


「えへへ、タコスにまちゃって」


「あ~、あれか。確かに美味いもんな」


「でも屋台街で最高なのはおじさんの、お蕎麦ね」


「上手いこと言うね~」


「でしょ? サービスお願いね」


へいへい。屋台のおじさんが苦笑しつつ肩を竦める。


「わたしは、天せいろで」


「ボクはざる1枚!」


その声を聞いたお客の1人が「ん?」と凛を見た。

けど「気のせいか」再び食事に戻る。


「ざるだけでいいの?」


「うん、ざるだけでいいんだ」


凛は、お蕎麦が好きなのだ。なので、お蕎麦の味そのものと、ツユの味を楽しみたい派なのである。

天ぷらなんて「い~らない」なのだ。


お蕎麦は待つほどもなく出来上がった。

安い・早い・うまい。3拍子そろってこその屋台なのである。


「美味しい!」


「でしょ!」


凛は大満足だ。


「ざる、もう1枚お代わり」


凛の隣りに座っているお客さんが言った。


聞き覚えのある声に、凛はそっちを振り向いて


「父さん!」


ニッコニコと呼びかけて、嬉しさ余って抱き着いた。


凛の隣りに居たのは正彦だったのだ。


「ええ?」


当の正彦はビックリ仰天である。


だって、凛は茶屋娘に女装しているのだ。

正彦からしたら、見知らぬ女の子に抱き着かれているのだ。


「おいおい、まさやんの子供って男の子のはずだろ? もしかして」


これかの子かい? と正彦の隣りに座っている大きなサングラスをかけた中年男性が小指を立ててニシシと笑う。


「馬鹿言うなよ、僕は妻一筋だ」


「なら、その子は何なんだ?」


「こっちが訊きたいよ」


正彦は「きみ」と呼びかけながら、茶屋娘に扮した子の肩をもって離して


「んん?」


見覚えのある顔にうなった。


「もしかして、凛なのか?」


「だよ」


コテリと女装した息子が首を傾げる。


正彦は思い出した。そういえば、ネオ・お江戸に遊びに行くって言ってたな。でも、そうなると翔子ちゃんや純菜ちゃん、その純菜ちゃんの知り合いで引率を引き受けてくれた達也さんとやらは、何処に居るんだ?


疑問がわく。


けど、咄嗟に口をついて出たのは。


「ムーちゃんの小っさい時にそっくりだな」


アルバムで見せてもらった、妻むつみの小学生時分の写真と茶屋娘姿の凛がそっくりなのだ。


そうじゃない! 親として口にすべきは、そこじゃない!


でも仕方ないのだ。だって、正彦は奥様にゾッコンラヴなのだから!

※ヴの部分は下唇を噛むようにして発音してください。


「あの~。もしかして、凛ちゃんのお父様ですか?」


洋子が遠慮がちに尋ねる。


「ええ、この子の父です。干原正彦と申します。失礼ですが、あなたは神宮寺さんの知り合いですか?」


「神宮寺さんという方は知りません。凛ちゃんとは、偶然会って、意気投合しちゃったと言いますか」


「小学生と意気投合? そりゃーいい!」


ガハハ、と正彦の隣りに座っていたサングラスさんが豪快に笑う。


悪気はなさそうだが、笑われたほうは嬉しいものでもない。

洋子は眉をひそめて、凛はといえば


「なにが可笑しいのさ!」


不満もあらわに言った。


「こら!」


と正彦がたしなめるけど


「いいって、悪いのは俺だもの」


言って、サングラスを外した。


「あなたは!」


洋子が青いお目目をおっぴろげて驚く。


「笑ってすまなかったな、坊主」


彼こそは、コシプロにその人ありと言われる月城つきしろ万代ばんだいその人だったのである。

リンを抜擢した大御所だ。


「わ、わたし! 月城さまのファンです!」


洋子が顔を真っ赤にして言う。


「時代劇の役者さんになりたくて、ハワイから来たんだよ」


フォローする凛である。

考えてのことじゃない。天然ナチュラルである。


「ほぉ」


万代がジロジロと洋子を見る。


「あ~。あんた、名前は?」


青天目なばため洋子です!」


「ふむ。なら、洋子さん。今日は暇かい?」


「はい、暇です!」


「なら、時代劇の撮影に付き合うといい」


「ありがとうございます!」


感激で涙がにじんでしまう洋子だ。


さて。それから4人はのんびりと食事を再開したのだけど。


同時刻。


「え! 凛くんが一緒じゃないのか?!」


「達也さんたちと居るんじゃなかったの!?」


居なくなったと分かって大騒ぎである。


大慌てに4人は迷子案内に駆け込んで、凛を呼んでもらい。


ノコノコと現れた凛に翔子と純菜が雷を落として。

まさかの正彦に、達也と若葉が頭を下げて。

洋子が、連れまわしてしまったことを達也と若葉に謝って。


「え! 凛ちゃん男の子だったの!」


洋子が茶屋娘が女装だと知って心底から驚く。


そんな展開があったのだ!


けれど凛はまだ知らない。

家に帰ったら、見知らぬ人に付いて行ったことを母親のむつみに厳重注意されることを。


お説教30分モードでオプション正座であることを。


凛はまだ知らない!

巻きで巻きで!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ