64:人質にされちゃう凛な日
「きんぎょ~え~、きんぎょ~」
「なっとなっと、え~、なっと。なっと~、え~、み~そまめ」
「たま~~~ご。たまご」
「あさがお~ぉ~ないぃや~、ゆうがおのない」
金魚売り、納豆売り、玉子売り、朝顔売り。他にもトコロテン売り、飴売り、色々な棒手振りの物売りが独特な歌をうたいながら物を売っている。
因みに。朝顔売りさんが『ない』と言ってますが、『苗』のことです。江戸っ子は『え』を発音せずに『い』と言い換えていたそうです。だから『さざえ』も『さざい』と言っていたらしいです。
「おもしれ~もんだな」
「興味ぶかいですわ」
タックとチックがほうほうと頷きながら眺めている。
ついつい言葉が漏れてしまっているけども、これだけ人がいっぱいいるのだからバレやしないだろう。
「面白いね」
凛もニッコニコの大満足だ。
まるで異世界に迷い込んだみたいな興奮があった。
道の端では、達也ばりに真っ白な服を着た人がガマの油とやらを売っている。
人だかりができていて凛はよく見えなかったけど、刀を振り上げて面白そうなことをしていた。
「次ぎ、何処いこうか?」
「あっちのほうに行こうぜ! 忍者屋敷があるんだってよ」
「こっちのほうが良いですわ! 十二単が飾ってあるんですもの」
案内板をみながら相談していると
「わー!」
と大声がした。
なんだなんだ? と振り向く。
真っ黒な忍者がコッチに駆けて来ていた。その後ろにはピンク色の忍者。
呆っとしていると、凛は真っ黒忍者に背後から抱きかかえられてしまった。
「!」
「「ちゅー! 」」
びっくり仰天の凛と2匹である。
「はぁッははははは! これでワシに手出しできまい! 正義の赤忍者よ!」
黒忍者が言って
「おのれ! 人質とは卑怯なり!」
ピンク…ならぬ赤忍者が女の人の声で非難した。
え? 人質ってボク?
凛が戸惑ううちにも
「その刀を捨てるんだ! 捨てなければ、人質がどうなるか分かってるんだろうな!」
どんどんと人が集まってくる。
「Shit!」
赤忍者がすんごいネイティブな発音で悔しさを表現する。
「おいおい、違うだろ」
黒忍者が小声で言ったのが凛の耳に入る。
凛と黒忍者の目が合った。
「大人しくしててね、怖いことないから」
やっぱり小声で言われる。
凛はコクリとうなずいた。
そうこうしているうちにも、赤忍者は背負っていた刀を放り捨てた。
「ぐぅわははははは! これで正義の赤忍者もお終いだな!」
黒忍者は凛を優しく地面に立たせてから、スラリと刀を抜いた。
刀を大上段へと振り上げて、赤忍者へと振り下ろす。
のを「!」赤忍者はバク転で避けた。
おお! 見物していた人たちが声をあげる。
すかさず、赤忍者の手裏剣。
黒忍者が、こちらもバク転をしてかわす。
もちろん、手裏剣は本物じゃない。ボール紙だ。
バク転バク転、黒忍者の無駄とも思える連続バク転。
おおおおおおお! 見物客は大興奮だ。
あわせて、何故だか赤忍者もピョンピョコバク転やら横転を披露する。
おおおおおおおおおおおおお!! テンションだだ上がりである。
凛だって「すげえ!」てなもんだ。
跳ね回っていた2色の忍者は、互いに刀を手にしてぶつかりあった。
「えい!」
「やあ!」
なんて掛け声を飛ばしながら斬り結んで……
「ぐああああああああ!」
断末魔をあげたのは黒忍者だった。
「ワシがいなくなっても、第2第3の刺客がおまえを襲うぞ…!」
「正義は負けない! 返り討ちにしてくれる!」
といったところでお終いのようだった。
パチパチと見物していた人たちから拍手がとぶ。
やられた黒忍者は、人垣を割ってあらわれた2人組の黒子の人たちに抱えられて退場した。
「だいじょうぶ?」
赤忍者が遣って来て、凛に訊いた。
「うん、面白かった!」
どうやら突発的体験型アトラクションだったみたいだ。凛も気がついた。
「楽しんでもらえたなら良かったわ」
赤忍者が飴玉をくれる。
強制参加した子供へのお礼なのだろう。
飴玉を口に入れた凛は
「シュワシュワ飴だ」
ほっぺたをおさえた。
シュワシュワ飴っていうのは、本物の炭酸みたいにお口の中ではじける感覚がある飴のことだ。
これって歴史がどれくらいあるのかよく分からなかったんだけど、メジャーになったのはバブル期くらいからみたいなんだよね。
「あれ? そういえば君、ひとりなの?」
「ん~」コロコロと飴玉を口の中で回しながら
「今はね」
などと偉そうに答える凛である。
「お父さんとお母さんは?」
「ん~ん。今日は知り合いのお兄さんとお姉さんに連れてきてもらったんだ」
でもね、と凛はつづけた。
「そのお兄さんとお姉さんがラブラブな感じだったから、お店を抜けてきたんだ」
ウシシシシと凛はちょっとばかしお下品に笑った。
しょせんは10歳男児。ちんこ、うんこ、と同じくらいラブラブとかそういったジャンクな言葉が琴線にふれてしまうのだ。
「そういうことなら、仕方ない…のかな?」
赤忍者が小首を捻る。
「とはいえ。君を1人にするわけにもいかないし…」
う~ん、と考え込んでいた赤忍者は、呑気にシュワシュワ飴をころころしている凛に提案をした。
「わたし、これで今日のバイトはお終いなんだけど。よかたらネオ・お江戸を案内してあげようか?」
好い人である。
それが分かったから、凛も「お願いします」と受け入れた。
「OK、任せて」
赤忍者が頭部をすっぽり覆っていた覆面をとる。
声の通りに若い女の人だった。20歳前後といったところだろうか? 髪を男の人みたいに短く刈り上げていて、凛々しいけれど、性格が穏やかだからだろうか、やわらかな凛々しさだ。
そして何よりも
「目が青いんだね」
彼女の瞳は空色だったのだ。
「帰国子女ってわかるかな? わたし、ハワイで生まれたんだ。で、ちょっとだけ向こうの人の血がはいってるの」
「へ~、吸い込まれるみたいに綺麗だね」
でました! 意図してない凛の殺し文句!
むしろ意図してないだけ性質が悪い!
ハワイからの帰国子女である。向こうでは言われなれているであろう!
とはいえ。
ここまで下心なく純粋に褒められたのは、初めてだった。
「あ、ありがとう」
ぽっと頬を赤らめる彼女であった。
「わたし、青天目洋子って言うの」
「ボクの名前は干原凛」
「よろしくね、凛ちゃん」
お話がポンポン進まなくて、ごめんなさい。




