63:影のうすい我らが主人公の日
翔子と純菜は新選組の衣装を。
「どう? 似合ってる」
「カッコいいですか?」
木刀をそれぞれ構える2人である。
達也は町人で
「武士がよかったなぁ」
若葉が町娘だ。
「達也さんにやっとうは似合いませんよ」
言いながら、何気なく達也に寄り添う若葉である。
因みに。
「お客さん、姫宮若葉に似てるって言われません?」
おっきなザングラスを外した若葉に、貸衣装屋さんが訊いたけれど
「よく言われます~」
ほっぺたに手の平をあてがって小首を傾げて、若葉はどうどうと逃げ切っていた。
そして、我らが凛……の前に忘れちゃいけない
「「 チュー 」」
タックとチックも仮装をしていた。
昨日の晩に凛と共同でちまちまと作り上げた紙の羽織を着て、タックはちょんまげの鬘を、チックは文金高島田をかぶっているのだ。
で、凛である。
「なんでさ…?」
茶屋の娘姿だった。
TSではなく、女装だ。それだけに不本意な凛である。
「似合ってますよ」
純菜が言う。
実際のところ、よく似合っていた。まるっきり女の子だ。
「こんなに暑くなかったら姫の衣装でもよかったんだけどね」
翔子が残念そうに言うけど、あんな重い衣装はまっぴらごめんな凛である。
「では、行こう!」
テンション高めの達也に率いられて、凛たちはネオ・お江戸の見学を開始した。
ネオ・お江戸は開場されて2年ほどしか経ってない。だから建物からは新築っぽい木の香りがしていた。とはいえ新しさを感じさせるのは香りだけだ。建物はどれも古びて見えるように汚されているのだ。
ぶらぶらと散策する。
途中で棒手振りという1本の棒の両端に木箱をくくりつけたものを肩にかついだ物売りから、甘酒を買って飲んだり、スイカを買って食べたり(この時、種は竹の皮でつくられたコップにペペッと吐き捨てちゃうのだ)、してから、一行は小物屋さんに寄った。
「かわいい」
陳列台に並べられた根付けを見て、若葉がつぶやく。
え? 根付けって何かって?
では、ご説明をば。
昔の人は煙草入れや矢立て(筆記用具)や印籠やお財布を、紐で帯から吊るして持ち歩いてたんだ。で、帯から落ちないように留め具が必要になるわけだけど、それが根付け。いろんな意匠の根付けがあって、日本人のかわいいキャラクター好きが、それこそ江戸時代からなんだってのが良くわかるよ。興味があったらググってみてね。
若葉が「かわいい」と手に取ったのは、タコつぼに絡みついているタコの根付けだ。
他にも、お腹をこんもりと膨らませたカエルや、うねうねととぐろを巻いたウナギ、裏側まで緻密に再現されたカブトガニ、ゴ〇ラでも有名なヘド〇なんかを、嬉しそうに見ていた。
岬若葉は、ちっとばかし普通の人とは好みがズレているのだ。
「君は相変わらずだね」
苦笑してしまう達也だ。
「なにが相変わらずなのかしら?」
「ゲテモノ好きと言うかさ。そういえば、小さい頃はセミの抜け殻を集めてたよね?」
「あら、そうでしたっけ?」
惚けながらも、実はしっかりと憶えている若葉である。
幼い頃は夏になるとセミの抜け殻を達也と集めたものだった。
ちなみに。達也は嫌々つき合っていたのだ! 若葉に無理矢理に引っ張りまわされていたのだ!
若葉にとっては、幼い頃の夢のような思い出。
達也にとっては、幼い頃の悪夢のような思い出。
である。
「達也さん、そんな昔のことを憶えていてくれましたの?」
「そりゃー、忘れられない思い出だからね」
な~んて仲良くやっている達也と若葉を、翔子と純菜はそれぞれの表情で眺めていた。
「いい雰囲気じゃない?」
翔子はニヤニヤして
「そう見えますね…」
純菜は戸惑っていた。
「なに? 純菜は達也さんと若…お姉さんが仲いいの嫌なの?」
「嫌というか…。お姉さま、達也さんのこと嫌ってるかと思ってたんですけど…」
「そんな風に見えないけど?」
「そうですね」
ずっと、ずっと、若葉は『達也さんなんて、ど~とも思ってない』のを演技していたのだ。けども。今日は舞い上がってしまっていた。『ど~とも思ってない』なんて演技をするのは無理だったのだ。『ど~とも思ってない?』ぐらいがギリギリだった。
というか! 純菜が成長して、恋する女の子の気持ちが分かるようになったのも大きいだろう。
「あとは若い者にまかせて、あたしたちは退散しましょ」
「なんですか、それ」
翔子の言い様に、純菜は笑ってしまった。
笑いながら、翔子に付いて小物屋を出て行った。
さて。ここまで影の薄い凛である。
主人公である。
「あれ?」
扇子やキツネのお面を物珍しく思って物色していた凛は、ようやく翔子と純菜がいなくなっていることに気づいた。
「あれれ?」
達也と若葉が、父さんと母さんみたいに仲良くしてる。
「う~ん」
しばらく考えて。
茶屋娘は、小物屋をあとにしたのだった。




