表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/128

61:短冊に書いたお願いの日

翔子はとにかくお腹が空いてるみたいだった。


えび玉焼き、タイ焼き、さつま芋スティック、アメリカンドッグ、ジャガバターと、よ~く食べた。

とはいえ、そこは女の子。全部食べられるはずもなく、分けられるような物はリンと仲良く半分こ……とまではいかずに3:1ぐらいで分けて食べた。


「うぷ! もう限界…」


凛なら余裕でも、リンだと胃袋が小さくなるみたいだった。


『ペレレ、ペレレ』


タックが鳴いた。


「達也さんだ」


「やっぱり芸能人って忙しいんですね」


感心する翔子に「まぁ、ね」と口を濁して、リンは走った。


凛に戻って、純菜と盆踊り。


「凛くん、疲れてるみたいですけど、ほんとうに平気ですか?」


「疲れてなんかないよ、純ちゃんと居たらへっちゃらだよ」


などとナチュラルに殺し文句を口にする凛である。


そんなこんなでTSして翔子のところへ。


「え? 盆踊り、行くの?」


ということで、盆踊りの会場へ行くと。


「ありゃ、純菜じゃん」


「翔子さん」


バッタリ出くわしたのだった。


「隣りの方は……もしかして?」


「そ、リンさん」


ニッと笑った翔子が声を潜めて言う。


「ところで。ちびっちゃいほうの凛の姿が見えないんだけど?」


「凛くん、お腹を壊しちゃったみたいで…」


聞いた翔子は束の間、心配そうな顔をしたけれど


「どーせ、3秒ルールとかで地面におちた物でも食べたんでしょ?」


笑い飛ばした。


リンはといえば、ハラハラしていた。まるで浮気の現場に恋人が踏み込んできたみたいな、そんな焦燥を味わっていたのだ。

よわい10歳にして、疑似的な修羅場を味わう凛である。


「さぁ。踊りましょう」


と翔子に誘われて、リンは踊った。


それからは目まぐるしい。

2、3曲踊る度に、リンから凛に戻って純菜と踊って、凛からリンにTSして翔子と踊ってと。自業自得とはいえチックが「帰ってからのお説教は30分コースに変更してあげましょうか」というほど凛はヘトヘトだった。


体力もそうだけど、精神的に疲れてしまったのだ。


集中力が切れてきたのか、リンにTSしておきながら、つい凛のつもりで純菜のところに行ったりといった大ポカをやらかしたりもした。


疲れているといえばタックもそうだった。声真似でバテテしまっていた。つい、ポケベルの呼び出し音とお腹の音を間違えて、リンとチックを大慌てさせたりなんて一面もあったのだ。


そうして。


凛と純菜は、笹の森と通称されているエリアへと来ていた。


たくさんの笹が森のように立っている。

笹には色とりどりの短冊たんざくがぶら下がっていた。


来場者が、ココで配っている短冊に願いごとを書いて、それを笹に吊るしているのだ。


凛も純菜も、既に願いごとの書かれた短冊をもっている。

事前に学校で短冊が配られているのだ。


「凛くんのお願いは何ですか?」


純菜に訊かれて、凛は得意満面で短冊を見せた。


書かれていたのは『サッカーが上手くなりますように』。


ブレない凛なのである。


「純ちゃんは?」


「わたしは…」言い差して、純菜は意地悪するみたいに笑った。

「ナイショ、です」


「ずるい、ボク教えたじゃん」


凛がむくれるけど


「女の子はナイショが多いんですよ」


と言われてしまえば


「そうなの?」


「そうなんです」


何故だか胸を張って答える純菜に、凛は「そうなんだ」と素直に納得してしまうのであった。


純菜は、笹に短冊を吊るす凛の後姿を眺めていた。


何時まで、こうした関係でいられるんだろう? そう思ってしまう。

凛くんだって10歳。そろそろMISAKIグループがとんでもない大財閥だと気付くだろう。


その時。


凛が態度を豹変させないとも限らない。


今までの多くの友達が、そうであったように。


だから翔子は特別なのだ。

純菜が、岬純菜だと理解しても、態度を変えなかったたった1人の親友なのだ。


それに、凛がMISAKIグループのことを受け入れたとしても。


高校生になれば、純菜は専門の教育を受けて、同じような上流クラスの人たちと頻繁に交流をもたなければならなくなる。


今のように気ままではいられない。

今のように、好きな時に凛に会うことなんて、とうていかなわなくなる。


ふと思い浮かぶのは姉の若葉。


思うように、気ままに、誰はばかることなく、生きている若葉。


だが、彼女が特別だということを純菜は理解していた。


岬若葉。親族でも奇才とか天才とか言われるような人間なのだ。

比べてはいけないと、両親にも言われている。

実際、比ぶべくもないと分かっている。なんせ、アイドルをしながらMISAKIグループの関連企業の社長業を勤めて、売り上げをアップさせ続けているのだから。


「純ちゃん、短冊吊るさないの?」


気付けば凛がコッチを見ていた。


「うん、今吊るすね」


純菜は背伸びして、笹の高いところに短冊を吊るした。


高いトコロなら、それだけお願いが叶うような気がしたから。


短冊が風に揺らめく。


『ずっと仲良しでいられますように』


心からの願いごとだった。


「今日は、もうお別れですね」


純菜はこれからも七夕祭りの運営委員として仕事があるのだ。

もっとも「今回は勉強になりました」という挨拶ていどではあるのだけど。そういったことこそが大切なのだ。


「うん、頑張ってね純ちゃん」


「はい」


と言葉少なく純菜は応える。


凛と別れる時は、何時だって寂しく感じる。


でも。


「また、ね」


凛は決まってそう言ってくれるのだ。


バイバイ、でもなく。

さよなら、でもなく。


また会おうと言ってくれる。


「はい、また」


純菜は走って行く凛の姿を見送ったのだった。


んで!

TSである!


リンは翔子と落ち合った。


やっぱりというべきか、翔子とも笹の森に来た。


けど純菜と来たのと別の入り口だから、今度はかち合うことがなかった。


ふぅ、と内心で安堵の溜め息をつくリンである。


「リンさんは願いごと吊るさないんですか?」


「ボク、もう吊るしちゃったから」


言ってから、リンは「翔子さんは何て書いたの?」


懲りずに尋ねてしまうリンだ。


「あたしは、これです」


翔子は純菜とは違って、リンに短冊を見せてくれた。


リンは短冊に目を走らせて


「ずっと仲良しでいられますように」


書かれていた願いごとを口にした。

デリカシーの欠片もない。


これが凛だったらゲンコは確実だったろう。

でもリンなのだ。


翔子はにっこりと頷いた。


「です」


「翔子さんのことだから、漫画のことだと思ってたよ」


「漫画は、自力で叶えることですもん」


翔子は強いなのだ。


そんな翔子が


「あの…」


と言いにくそうに切り出した。


「なに?」


「あたし、今、漫画を描いてるんです。で、その…後だし…じゃなくて、事後承諾? になっちゃうんですけど。ヒロインをリンさんをモチーフにしてるんですけど、許してくれますか?」


「いいよ、そんなの。バンバン使っちゃって」


版権とかゆるゆるな時代なのだ。


「ありがとうございます!」


翔子が嬉しそうに言ったときだった。


ポツリポツリと雨が降り出した。


ピレレ、ピレレ、とポケベルが鳴る。

タックの声真似じゃない。正真正銘、達也からだ。


「ごめん、今日はもう時間切れだね」


ここでお別れだ。


「お仕事、頑張ってください」


翔子に送り出されて、リンは達也のいるテントに駆け込んだ。

そのほうが電話をするよりも近かったのだ。


「おう!」


リンの男装に、達也が目をみはる。


「へへへ、いいでしょ?」


「いや、まぁ…似合ってるけど」


「それよりも、なんの用?」


仕事を始めるにはちょ~とだけ早い感じなのだ。


「それなんだけどな、雨がこれから強くなるらしい。残念ながら、リンの歌は中止だ」


「しょうがないね」


リンは肩を竦める。


「まずいぞ!」


大声がした。


「雨に濡れるのを嫌ったお客さんたちが我先に帰ろうとして、道が詰まってる!」


リンは道のほうに目を向けた。


たしかに大勢の人たちが押し合いへし合いしている。


「このままじゃ、事故になる! スタッフは急いで整理に向かってくれ」


「無理です! そのスタッフがほとんどいません!」


ボランティアはもううに解散してしまっているのだ。


「「 リン! 」」


タックとチックが叫ぶ。


「うん!」


リンは駆けだした。


「何処へ行くんだ!」


「歌ってくる!」


達也に答えて、リンは舞台に向かった。


舞台は無人だった。

コシプロの所属タレントは、舞台脇のテントで雨をしのいでいた。


「ヘイ!」


魔法の口紅をマイクに。


リンは歌った。

みんなの気持ちを落ち着けるのだ。


『おも、しろい…見せて……た。ご…うび』


ふと妖精王の声が聞こえた。


空に立ち込めていた雲が、見る間に薄くなった。

雨が止む。

止んで、夕焼けの光線がリンを照らした。


「こいつぁ!」


テントに避難していたコシプロの大御所タレントが声をもらす。

彼だけじゃない。

芸能界で揉まれているはずの彼等彼女等が、ただただリンに見惚れた。


濡れるのもかまわずにステージを観ていた数十人のお客さんは、後に語る。


まるでリンが雨雲を晴らしたみたいだった、と。


雨が晴れたことで、お客さんたちは平静を取り戻した。

事故の危険は去ったのだ。


リンも、興奮したコシプロの皆さんと踊ったり歌ったりと、当初予定していた顔見せ以上にステージを盛り上げて、いったん帰ったはずの観客が、気づけば満員御礼になったりした。


こうして、七夕祭りは平穏無事に終わったのだ。


もっとも。


「疲れた~」


家に帰った凛はバタンキューである。


おかげでタックとチックのお説教を免れたのだった。

ヒロインが…変わっちゃう!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ