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55:たからもの、な日

今回で、写真集編はおしまいです。

あと。久しぶりに長く書けました。


梢が6歳の時に母親が死んだ。

がんだった。


梢の家は母子家庭で、親戚との付き合いもなかった。

天涯孤独の身の上となったのだ。


「ママ…」


お葬式は、近所の人たちのおかげでどうにかあげることができた。

骨壺を前にしてつぶやく。


悲しいはずなのに涙は出なかった。

自分はなんて薄情なんだろうと思った。


これからどうしよう?

そんなことばかり考えてしまう。


6歳なのだ。役所に連絡して保護してもらおうなんて考えは浮かびもしない。

近所の人たちにしても、誰かがうに連絡しているだろうと思い込んで、まさか6歳の子供がひとりぼっちでいるだなんて思いもしなかったのだ。


こんこん、と薄い合板のドアをノックされた。


幼い梢はドアを開けた。母親に言われていた通りにしっかりとドアチェーンはかけている。


薄く開けたドアの向こうに、大人の男の人がいた。


それが平太だった。


平太は、ドアを開けた女の子を観下ろした。


血を分けた自分の子供だというのは、ひと目でわかった。

似ていたのだ。目つきが、自分に。

輪郭は、かつて愛したひとに似ている。


「…君のお母さんにお別れを言いたいんだ。開けてくれるかな?」


梢は考えた。

知らない人ではある。けど。ママにお別れを言いに来てくれた人でもあるのだ。


いったんドアを閉めて、チェーンを外してから、再度ドアを開ける。


「ありがとう」


狭い部屋だった。

調度もさほどない部屋だった。

しかし、心が和むような生活のニオイがある。


平太は、ちいさな骨壺のまえに座ると手を合わせた。


間に合わなかった。


連絡を受けたのは海外だったのだ。


もっと早くに報せてくれていたら。


けど、意固地な彼女のことだ。自分だけでなんとかしようとして、何とかならなくなっても、別れた男の負担になるのを嫌がったのだろう。まして、子供がいるとなれば尚更だったはず。

そうして決心をつけて連絡をしたものの、遅かったのだ。


馬鹿な奴。だが、馬鹿というなら俺も一緒か…。


失ってはじめて、平太は愛していたことを実感したのだから。


合わせていた手を解いて、平太は梢を振り向いた。


梢はジッと大人しく平太を見ていたのだ。


「俺と来るか?」


それだけ。


梢は「うん」と返事をした。


それだけ。


それだけで、2人は父娘として新しく暮らすようになった。


平太は梢を1人にしないよう、大きな仕事を断るようになった。

梢は、そんな父親の無言の愛に感謝した。


やがて、何時の頃からか。


娘は、父親のカメラを構えた背中を追うようになっていたのだ。






「水着になんなくていいの!?」


「ええ、いいわよ」


そうと聞いて、リンは俄然、やる気が出た。

といっても何をしたらいいのか分からないのだけど。


アイドルの写真集といえば、水着は必須である。

まして売り出し中のアイドルなのだ、言い方は悪いが『エロ』で主な購買層である男性をひきつけてなんぼという考えが常道だ。


なのに水着は要らないという梢の発言だった。


「色々な服は着てもらうけどね」


「そんぐらい、ぜんぜんいいよ」


天全との撮影では1時間に水着を5回、ひどい時には5分間で着替えるように言われたこともあるのだ。


「リンはさ、何をしてる時がいちばん楽しい?」


「サッカー!」


と一も二もなく言ってのける。


このとき。翔子や純菜に見つからないようにリンのバッグの中で息を殺していたタックとチックは「「 この馬鹿ちんが! 」」である。

翔子がいるのだ。気をつけろと言っているのに、これである。


「意外。歌じゃないんだ?」


「歌は嫌いじゃないけど、いちばんはサッカーだよ」


不思議なだ。

梢はつくづく思った。なんというか……アンバランスなのだ。儚いほどに美しい女の子なのに、中身はやんちゃな男の子みたいに感じる。だが、それがいわく言い難い魅力になっているのだ。


撮りたい、と思う。


このリンという少女の魅力を写しりたい!


「サッカーなら……中央公園に行きましょうか?」


「うん!」


ということで、リンたち一行はテクテクと徒歩で出かけた。


車じゃない。移動中も梢がリンのことを撮りたいと主張したからだ。


リンは初めのうちは緊張していた。

携帯もスマホもない時代なのだ。カメラを向けられることに慣れてないのだ。


でも、そのうち気にならなくなった。

リンのスルー能力が発現したのだ。


中央公園に到着。


ここでお着替えだ。

組み立て式の簡易更衣室を設置して、動きやすい恰好になる。


「あ!」とここでリンは気付いた。

「ボールないや」


「ちょっと待ってて、買ってくるから」


梢は走りだそうとしたのだけど


「わざわざ買わないでもいいよ」


リンは言うや


「おーい」と、ちょうどサッカーをしていた中学生たちに突撃した。


リンは金髪だ

美人だ。


思春期真っ盛りの中学生たちが動揺する。


リンは屈託なく話しかけて。


梢たちが見守るうちにも、何故だか中学生といっしょになってサッカーを始めてしまったではないか。


これには梢も苦笑である。


「お仕事なんだけどな~」


「すみません」


達也が申し訳なげに頭を下げる。


「すぐに連れ戻します」


「あ、いいです、あのままにしておいてください」


言いながら、梢はカメラを構えてリンをパシャパシャと撮る。


「いいんですか?」


達也は訊いたが、集中している梢はもはや答えなかった。



そんな娘を見ながら、平太はニンマリと笑った。


「今日は口うるさく梢さんを怒らないんですね」


そんなことを言われた。


見れば、2人の女の子が平太のことを怒ったみたいに見ている。

翔子と純菜だ。


他人の家のことながら。2人は、夢を絶たれた怒りを娘にぶつける平太に物言わねばならないと、決めて、こうして対峙しているのだった。


読者さまにおいては、失礼な子供だと思うかもしれない。

実際、失礼だ。

でも本人たちにしてみたら正義感から発した行動だし、大人の男の人に意見するのだ、勇気だっている行為だった。


平太は、だが、どうして睨まれているのか分からない。

カメラを手にしてない平太は、ただの気のいいおっさんなのだ。


「あ~。…何が言いたいんだ?」


困惑しきりな平太に、純菜が言った。


「わたしたち、知ってるんです。あなたが梢さんに理不尽な不満をぶつけてるって」


「ん?」


意味が分からない。

そんな態度が、翔子からしたら卑怯にも韜晦とうかいしているように見えてしまった。


「ちいさい梢さんを育てる代わりに、カメラマンとしての夢を諦めないといけなかったから、その不満を今になって梢さんにぶつけてるんでしょ!」


直截ちょくさいに言う。


言われた平太は。


「あははははははは!」


大笑いしてしまった。


ギョっとして梢と達也が振り返る。


なんでもない、気にするな。と手を振って2人を仕事に戻してから、平太は言った。


「そりゃ、勘違いってもんだ。順番が逆だ」


そう言われて、今度は翔子と純菜が『?』である。


「いいか? 梢を育てなくちゃならなくてカメラマンとしての花舞台から降りたわけじゃない。逆だ。俺が自分の才能に見切りをつけて花舞台からおりるときに、ちょうど梢を育てることになっちまったのさ」


「だけど、いつも梢さんを怒ってるみたいに叱って…」


「そりゃ、叱るさ。仕事だからな。とはいえ、それが、そっちの嬢ちゃんの言ったように理不尽にうつったんだとしたら、ああ、俺は理不尽に梢を叱ってた」


やっぱり、といった感じに翔子と純菜が平太を睨む。


「まぁ、待て」


平太は両の手の平で押しとどめるような仕草をしながら言い足した。


「俺は確かに梢を意味もなく叱ってたさ。けどな、あれは必要なことだったんだ」


カメラマンというのは、圧倒的に男社会だ。

女の梢は容易に認められないだろう。理不尽な目にも合うだろう。


「だから」


と平太は言う。


あえて厳しく接したのだ。

こんなことぐらいで諦めるようなら、そのほうが良い。そう考えて。諦めないにしても、業界では平太がしている以上に口うるさくされるはずだった。それこそ親である平太では考えたくもない、セクシャルな要求だってあるかも知れない。せめて、耐性ぐらいは持っておいたほうが良いと思ったのだ。


聞いた翔子と純菜が、自分たちの勘違いを知って項垂れる。


「ごめんなさい」


「すみませんでした」


謝る。


同時に翔子は己を悔いてもいた。

編集者に駄目だしをされたぐらいで、何を落ち込んでいたんだろう。平太の言う通りで、これから厳しいことを言われるのは当たり前なのだ。あれぐらいで凹んでるなんて情けない。なにくそ! という気持ちで向かわないと!


「いいさ」


平太は「気にするな」言うと、リンへと視線を向けた。


「おもしろいだな」


思わずつぶやく。


溌剌とした存在。

そこに居るだけで、どうしようもなく視線が追ってしまう。


カメラマンなら、誰だろうと被写体にしたい存在だ。


「天全から、リンを撮りたいと申し込んできたんだよな」


はい。そうです。翔子と純菜が答える。


「なるほどなぁ、奴の気持ちも分かるわ」


梢がやる気になったのも。


「どういうことかお訊きしても?」


純菜に問われて、平太は可笑しそうに教えた。


「きっと天全は、リンという最高の素材を撮ることでセクシーしか取り柄がないと思われている自分から脱却したかったんだろうよ」


けど。


「結局、変われなかった。それで自分自身への不甲斐なさに怒って、その怒りをリンにぶつけたんだろう」


子供だ、まったく。自分勝手、身勝手。あの頃と変わってない。

だが、それでいい。そうじゃないと、アーティストにはなれない。


それに、大したものだとも思う。

天全は39歳だったか。その年齢で、まだひと皮むけようともがいているのだ。

尊敬さえする。


「あの」と翔子がおずおずと質問をした。

「プロから見て、梢さんの腕前はどのくらいなんですか?」


気がかりだったのだ。


「そうさなぁ」平太は無精ひげをゾリゾリと指で掻いて

「天才だ」


そうとだけ言ったのだ。


撮影は1日で終わるはずもない。


次の日も。また次の日も。リンは梢に1週間つきあった。


サッカーだけしていたのじゃない。あの原宿ホコテンに買い物に行ったり。雨の中、傘をさしてブラブラ歩きをしたり。

梢は、リンの日常をフィルムに焼き付けた。



ここからは先の話。


1ヵ月ほど経った7月の終わりにリンの写真集は発売された。

奇しくも藤堂美也子の写真集も同日の発売だった。


売れた。売れに売れた。

美也子の写真集のことである。


増刷を繰り返して、トータルは10万部を売った。


参考までに。元A〇B前田敦子さんの写真集『不器用』の売り上げが112465冊である。


とはいえ、時代はバブルなのだ。

美也子は10万部を売ってしまったのである。


対してリンだ。


売れなかった。ち~とも売れなかった。

初版は1000部だったが、それでも店頭で売れ残っているような有り様だった。


しかし。


徐々に売れ出した。


買ったのは男性ではない。

女性や子供や年配の人が、リンの写真集を購入した。


「この写真集みてると、子供の頃の初恋の男の子のことを思いだすのよね」


ある女の人は言った。


「なんか楽しい気分になれるの!」


ある子供は言った。


「どういうわけか、孫や、子供がちいさかった頃のことを思いだすんだ」


ある年配の人は言った。


だんだんと売れた。

刷る部数は少ない。

それでも店頭に置いたそばから売れた。


最終的に。

リンの写真集は100万部を売ることになる。


盛り過ぎ?


だが、現実世界で最高に売れた写真集が1991年に発売された宮沢〇えの『SantaFe』で155万部なのである。


リンの写真集が売れるとともに、梢の名前も高まった。


後に篠原梢は言う。


「わたしにとって、リンは高みへと連れて行ってくれる天使でした」


写真集『たからもの』


それは天才と称されることになる梢にとっての原点となったのである。

というわけで、翔子が持ち直しました。


次回は、水泳大会!

・・・にしようかと思ったけど、水泳は普通に考えて8月かな?


さて、どーしよう?

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